44.初めてのお茶会④
「皆様、ごきげんよう。グルナ・スカーレット・ローズですわ。宜しくお願い致します」
綺麗なカーテシーで挨拶をした。
「ローズ様は侯爵令嬢でいらして、バイオリンがとても得意でいらっしゃるの。確か、去年のアルジェント王子様の誕生祭では演奏者に選ばれていたはずよ」
また隣の令嬢が教えてくれた。
(そろそろこの子の名前も聞かなくては…)
まぁそういうわけで、猫目の令嬢はバイオリンを演奏するようだ。
挨拶を終えたローズ様は胸を起こして構え、深呼吸をひとつする。
弦をつがえたかと思うと一気に弦を引き、叙情的に奏で始めた。
今までの2人の令嬢とは、違う曲調の曲だった。
抑揚が大きく、テンポの速い部分が多い。
きっと、すごく難しい曲なんだろうな、と思った。
こんな難しい曲をバイオリンで弾けてすごいな、と思うけど、それ以上の気持ちになれない。なんでだろ…
ローズ様は、一心に弦を動かしている。
音に乱れや揺れはなく、完璧な旋律だ。
だけどなんだろう、、場の雰囲気が何か違う気がする。
まるで、ここがコンクール会場であるかのような、鬼気迫る弾き方なのだ。
お茶を楽しみ、話に花を咲かせる雰囲気ではない。
静かに演奏に聴き入らなければならないと言う無言の圧力を出してしまう弾き方だと思った。
最後まで息もつかせぬ音の走り。
だが終わった瞬間は、また大きな拍手に包まれた。
「ローズ様、さすがでしたわ!!」
「あのような超絶技巧の曲、他の方では絶対に弾くことはできませんわ!」
「とても素敵な演奏でした!ローズ様の演奏をお聴きできて、今日は幸運でした」
侯爵令嬢の取り巻きA、B、Cが駆け寄り、褒めたたえる。
ローズ様は息を整えた後、チラリとこちらを見た。
リリーは次は誰の番なのかを楽しみにしていたので、その視線に気づかず、周りを見回していた。
みんな、こんなすごい演奏の後ではやりにくいのか、なかなか手が上がらない。
何人か、楽器を持ってきてるっぽい包みが傍にある人もいるのになーと思っていたら、まさかの声がかかった。
「リリー様、はじめまして。今日はマルグリット伯爵夫人のお茶会でお目にかかることができて、とても嬉しく思います」
全然嬉しそうじゃない表情で私に話しかけてきたのは、先程のバイオリニスト・ローズ侯爵令嬢だ。
「リリー様のことは、夫人からよく伺っておりますわ。何でも、お歌がとっても上手でいらっしゃるのですってね」
いやいやいやいや、そんなことないそんなことない。
マルグリット先生、お茶会で余計なこと話してらっしゃる!?
あっ!みなさんが私に注目しちゃったじゃん!
「いえ、お恥ずかしながら、楽器が全くできないので少し歌を嗜んでいるだけで、全然上手などではありません…」
お茶会では極力空気でいたかったリリーは、背中に冷や汗を感じながら、小さな声で何とか答える。
「あら?そうなんですの? マルグリット夫人は、それはそれは素敵な歌声だとおっしゃっていたのに。」
ローズ様はマルグリット伯爵夫人を振り返って言った。
「それは…」
マルグリット夫人はこの流れから嫌な予感を感じていたので、何と話を逸らそうかを逡巡していた。
どうみてもローズ様はマルグリット夫人にかなり失礼な態度をとっているのだが、ローズ様は侯爵令嬢、マルグリット夫人は伯爵夫人なので、身分的にローズ様が格上なのだ。
多少の失礼程度は問題ないとみなされる貴族社会なので、このような状況になっている。
「そんなに素晴らしい歌声ならば、ぜひ聴かせて頂きたいわ。ねぇ?」
ローズ様が取り巻きトリオに声をかけると、
「ええぜひ!」
「ぜひ聴いてみたいですわ!」
と同意の声が上がった。