39.ダウン
翌日。
「つっ… うぐぅ…」
公爵家のご令嬢にあるまじきうめき声を上げながら、リリーはベッドに横たわっていた。
体育館が完成してから嬉しすぎて、毎日マリーと無茶なトレーニングをしていたので、とうとう身体が悲鳴を上げたのだ。
全身の骨と筋肉が軋んで、ピクとも動けない。
寝返りも打てないほど身体が傷んでいた。
もう何ヶ月も倒れてなかったのに。
あーぁ…
「もぅ、お嬢様… お身体がか弱くていらっしゃるのに、急にダンスの練習など張り切られるからですよ」
リリーをまだか弱いと思っているジニアが、ため息をつきながらおでこに冷たいタオルをあててくれる。
マリーは体育館での運動を、ダンスの練習ということにしてくれているらしい。
ありがたやありがたや
「本当に、最近はマリーとばかりで、少し寂しかったのですよ」
ジニアが少しふくれた顔をした。
んっ?
あ、そうか。
体育館でのトレーニングが楽しすぎて、そういえばマリー以外と全然話をしていないことに気がついた。
周りを見渡せば、ジニアをはじめ、ロータス、カシア、マリー、ジェイバーまでいる。
みんな心配そうな表情で、リリーのベッドを囲んでいた。
白井家は家族みんな仲良しだったのに、ここでは父兄から疎遠にされていたから、リリーを好きでいてくれる人は誰もいないんだと思っていたけど、みんなから愛されていることに急に気づいて泣きそうになった。
みんな私を心配してくれている。
私はもう、ディアマン公爵家の人なんだ。
唐突に胸に落ちた。
今までずっと、『リリーの身体の中に百合子が入っている』という感覚が抜けなかった。
異世界から転生した物語の主人公は、どうしてみんな新しい身体にすぐ慣れることができるのだろう。
百合子はそれが難しかった。
リリーの瞳を通して百合子が見ている世界。
戦隊モノの、ロボの中の人状態みたいに感じていた。
でも何か、もう一緒かも。
私、リリーかも…
転生してもうすぐ1年。
うとうとと眠りにつきながら、私は今世をやっと受け入れることができたのだ。