319.SIDE リリー②
「過労ですって」
再び呼ばれたお医者様に、お母様はそう診断されたようだ。今は隣の病室で休まれている。
話を聞く限り、最近禄に眠れていなかったようなので、多分今頃は爆睡されていると思われた。
「あぁ… 母さんまで倒れて… どうしたら良いのよ」
お姉様が顔を覆ってしゃがみ込んだ。
百合子は驚いてベッドから身体を起こし、降りて傍に寄り添った。
「そんなに心配なさらなくても、お医者様は疲れが溜まっただけだと仰られていましたから、きっと大丈夫ですよ」
背中に手を当てて言葉を掛ける。
お姉様は、『何その喋り方』と、引き気味の表情を浮かべながら言った。
「違うわよ、病状はあまり心配してないわ。
それより、もうすぐ舞台でしょう? 私達衣装係の納期は明日までなのよ。
いつもは母さんと二人三脚でするのに、一人じゃ間に合いっこないわ!」
「衣装係? 納期?」
百合子が問い返すと、
「ああアンタ、記憶喪失みたいになったんだったね。
来週から、来季の公演の練習は、衣装を着て行うの。
私と母さんは、その歌姫のドレスを任されてるの。
衣装係の中の花形で、大抜擢なんだから!
なのに… 納期に間に合わなかったら信用を失っちゃう…」
前半は元気一杯話していたのに、後半は消えそうな声で力無く言った。
納期って、しめきりのことかしら。
衣装って、ドレスのことみたい。 とにかく歌姫のドレスを作るのが、間に合わなそうで困っているのだわ。
お姉様はぶつぶつと独り言を繰り返している。
「どの位できているのですか?」
百合子が聞くと、
「百合子の看病しながら作業してるから、隣の部屋にトルソーごと置いてあるわ。
何? もしかして手伝ってくれるつもり?
でもさ… アンタ不器用だもんねぇ…」
「至らない所や力及ばずの部分はあるかと思いますが、少しでもお役に立てたなら嬉しいです」
「お… 本当に変な百合子… 前は絶!対!手伝わなかったのに…」
お姉様はそう言うと、隣の部屋からトルソーごと持ってきた。
「わ〜!!!」
百合子が駆け寄る。
そこにあったのは、夜空のように輝く紺色の、ベロアのドレスだった。
「素敵…」
リリーの国には無い素材だ。
どこの国の織物なんだろう。
フワフワキラキラした美しい生地。
こっちから、あっちからと、四方からドレスを観察する。
どこから見てもヨレ一つなく美しい。
感嘆のため息をつきつつドレスの周りをうろうろしていて、ふと気づいた。
「私、歩いてる!」




