302.スピネル男爵家④
「姉さん、と、仰いますと…?」
思わずリリーが聞き返す。
ネーロ氏はリリーを見つめては涙が止まらない様子で、なかなか会話にならない。
落ち着くのをしばらく待つと、だんだん涙も止まってきたようだ。
「ごめんね、いきなり泣き出して」
「い、いえ…(驚きましたが)」
ネーロ氏は何度か深呼吸をしてから質問をした。
「今日ここに来ることを、お父さんに話したかい?」
「勿論、話しました。 そういえば、しきりに理由を知りたがっていたと聞きました。ねぇ、ジニア?」
「はい。伝令役の騎士に何回も尋ねられたと聞いています」
「そうか…。止めなかったのなら、良いのだろう」
ネーロ氏は一人でウンウンと頷いている。
そして、小さな家族の姿絵を持って来た。
そこには、小さい頃のネーロ氏らしい子供と、その横には、ネーロ氏とよく似た少女が笑っていた。
後ろの2人は両親だろう。
ネーロ氏はその少女を指さして言った。
「僕らは双子の姉弟でね、姉はビアンカと言う」
ビアンカ… ?
ビアンカは、リリーのお母さんの名前だ。
リリーは会ったことがないため見覚えはないが、その肖像画の中で微笑む少女は、ネーロ氏にも、リリーにもよく似ていた。
「この女性が父さんのお姉さん? 綺麗な人だね」
ふわふわの金髪にグレーの瞳。色白の肌はつややかに描かれている。
「そうだよ。僕の姉であり、こちらのお嬢様のお母さんさ」
ネーロ氏が答える。
「えっ! ということは…」
「僕らは従姉弟ってこと??」
ネーロ氏は頷き、「その通り。君達は従姉弟だ」と言った。
※ ※ ※ ※
ネーロ氏によると、母様はスピネル家の長女で、ネーロさんの双子の姉だったらしい。
幼少期から病弱で、体調をよく知る近所の幼馴染と婚約が決まっていたそうだ。
そこに、突然勤め先の王国軍部の隊長(リリー父)から求婚話が来たのだ。
公爵家のような上位貴族は、下位貴族である男爵家と婚姻を結ぶことはあまりない。
男爵は平民に近い貴族だから、身分差が大きいのだ。
(公爵>侯爵・辺境伯>伯爵>子爵>男爵>准男爵・騎士)
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しかも、荒くれ者の多い軍部の隊長とくれば、ビアンカの体調面も心配だし、そもそも既に婚約者がいたから両親が猛反対した。
公爵家は王国領土では北側に位置し、スピネル家のある王都からも遠く、両親が頻繁に会いに行くことは難しい。
両親は、公爵家に嫁ぐなら絶縁するとまで言ったが…
しかし結局、反対を押し切って2人は結婚した。
勢いで絶縁すると言ってしまった両親は、内心心配で会いたくてたまらなかったが会いに行けず、そうこうしているうちに、
母様は亡くなってしまったのだ。




