291.花祭り⑧
ドダダダダダダ!!!!
バスッバスバスバスバスバスッ!!
倒したテーブルとパラソルに雨のような弓矢が降り注ぐ。
同時に忍者みたいな黒装束の者達が観客の山の中から飛び出してきた。
催事の舞台周辺はいきなりの出来事に恐怖と緊張が張り詰め、悲鳴を上げて逃げようとする人々が大混乱に陥った。
「何者!! 皆動くな!!」
「3、4隊の者は北西に走れ!!」
隊長達の怒号も響き、隊員や見習い達の半数が、矢の飛んできた方に走り出した。
残った1、2隊の者は飛び出してきた黒装束軍団と相対している。バルサムも応戦しているようだ。
剣がぶつかる金属音があちこちで響き始めた。
「王妃様、大丈夫ですか!?」
リリーは矢がこれ以上飛んでこないことを確認すると、テーブルとパラソルをどけて、王妃様を振り返った。
王妃様は見たことのない顔色をして、声も出せない様子だった。
「王妃様、こちらへ!」
近衛隊長が王妃様を安全な場所へお連れしようと手を差し出した時、隊員の間を切り抜けた黒装束が1人、まっすぐこちらに向かって走ってきた。
隊長は即座に王妃様の前に立って接近を阻み、リリーはすぐに剣を抜いて向き合って黒装束が振り降ろした剣を弾いた。
キンッ キンッ ガッガッ ギッ キンキンッ
剣は激しくぶつかり合い、一分の隙も無い。
しかも黒装束の間から覗く瞳は王妃様を捉えていて、狙いは明らかに王妃様だった。
1隊隊長の背に庇われている王妃様は、更に2隊隊長が走ってきて安全な場所に誘導しようとされているが、全く動く気配がない。
どうやら足が竦んで動けないらしい。
リリーはそのことを視界で確認し、王妃様の様子に胸を痛めながら黒装束の相手を続けた。
絶対に突破されるわけにいかない。
剣を払い、脇を打ち、胸を刺そうとするが、すべてするりと躱される。
これまで相対した騎士や兵士のような力任せの剣技でなく、なめらかで柔らかい、しなる手足で鞭のように剣を使う相手だった。
目だけが出たぐるぐる巻きの黒装束のせいで年齢も性別も分からないが、リリーは何となく自分に近いタイプの相手だと感じた。
前に横に後ろに飛び、沈み込んで跳ね上がって斬りつけてくる様は、天衣無縫、まるで踊っているようだった。
実際、騎士や兵士は踏み切る足音がいつもかなり大きいのに、この黒装束軍団は静かで足音がほとんどしないのだ。
ただ、一打一打は鋭く速いが、威力が弱いので剣を離しさえしなければ負けることは無いと感じた。
もしかして、女性…?
相手の繰り出した首を落とす横払いを大きく弾いて飛び退いた。
弾かれた相手が再度斬り掛かったのを受けたのは、飛んできたジェイバーだ。
ジェイバーなら大丈夫。
リリーは黒装束の相手をジェイバーに任せて王妃様の所へ走った。
「王妃様!!」
不安に唇を震わせている王妃様の所に駆け寄り、跪いて声をかける。
「 … 」
変わらず返答は無いが、リリーを見て少し眉尻を下げた。
「王妃様、私と共に、安全な場所まで移動しましょう」
緊張を押し隠し、優しい声で手を差し出して王妃様を誘導しようとする。
両隊長がやや不満そうにこちらを見ているが、知ったことではない。
王妃様は震える唇を噛んで結び、一歩足を出そうとした。
その時、バルサム達が応戦していた黒装束がザシュッと近衛騎士を斬りつけ、騎士がグラリと傾く。
動揺してバルサムと他の騎士が怯んだ隙に、その黒装束はヒュッと間を抜けてこちらへ走ってきた。
「危ない!!!」
観客席から上がった注意喚起でギリギリ気づいたリリーと2隊隊長は、その刃が王妃様に届く前に剣で受け止める。
再び1隊隊長の背に庇われた王妃様は、リリーの汗が見える距離での争いの開始に呆然としていた。
「王妃様、こちらへ…!」
隊長から何度目かの誘導の声掛けを貰うが、王妃様はやはり動けない。
足は地面に縫い付けられたように重く、意志が通じないのだ。
ただハッハッと過呼吸に近い呼吸を繰り返し、蒼白な顔に涙を浮かべている。
色の無い唇は、まだ声を出すことができない。
動かなければ、動かなければ、また騎士たちを危険にさらしてしまう。
そう思うが、足が震えて全く意志に沿ってくれないのだ。
王妃様は思い通りにならない身体が情けなくて、ついに涙を零した。
リリーは、王妃様のためにも早く終わらせなければと意志を固める。
いくら相手が何らかの刺客でも、リリーと隊長VSなのは2対1で歩が悪い筈。
現に2隊隊長はリリーの補助が無くても相手を圧倒し始めていた。
リリーは剣での衝突を隊長に任せてフッと沈みこんだ。
そして、黒装束が隊長に向かって剣を振り上げようとしたタイミングを見逃さず、思い切り鳩尾に肘鉄をめり込ませた。
「んうっ…!!」
黒装束は予想外の攻撃だったのか、呻いて息もできない様子でよろめく。
すかさず隊長は剣で手を打ち付けて小手を払う。落とした剣が回りながら転がっていく。
リリーは鳩尾を押えて丸くなっている黒装束の後頭部に、迷わず踵落としを繰り出した。
ドシャッ!!
「うあっ!!!」
顔面から土に叩きつけられ、堪らず声が出る。
地に付した黒装束の上に、隊長がドスンと馬乗りになって押え、後ろ手を縛り上げた。
ジェイバーも、時を同じくして先程応対していた黒装束の者を斬り伏せ、縛り上げた所であった。
そこからは、他の近衛騎士や見習い達が相対し、怪我や縛ったりして動けなくなった黒装束の者達を一箇所に集めた。




