289.花祭り⑥
会場には、鉢植えや切り花が所狭しと飾られ、カラフルなゴム風船やリボンも使われていてかなり華やかだった。
露店もたくさん種類が出ていて、甘い匂いが漂っている。道行く人は皆幸せそうに微笑んでいて、去年が順調であり、来年も豊作が期待できるような明るい雰囲気に包まれていた。
王妃様は来賓席の上座に座り、ニコニコと開会式の準備を見ているようだ。
リリーの位置から王妃様は近く、時々目が合う距離だった。
リリーは背中側に式を見に集まった市民がたくさんいるので、彼らが規定の線より前に出たり近づかないよう細心の注意を払っている。
「それでは皆様!」
南の街の町長さんの、緊張した声が響いた。
「年に一度、我が街の大イベントである花祭りが、今年もこうして無事開けたことに、私も大変感謝しております。
まずは王都から来て頂いた王妃様より、開式の御言葉を頂戴したいと思います」
紹介を受けた王妃様が立ち上がり、ゆっくりと壇上に上がる。
そして参席者に一礼をすると、開式の挨拶を始められた。
壇上に上がった王妃様は、大衆から見やすくなるため言うなれば絶好の的となる。
万一にも物を投げつけたりする者がいないよう、リリーは周囲を警戒した。
しかし結局そのような不届き者はおらず、挨拶は滞りなく終了した。
南の街の代表者から、御礼の花束が渡される。
結婚式でいう所の、フラワーガールとフラワーボーイだ。幼稚園生くらいの小さな子2人が、ほっぺを真っ赤にして王妃様に手渡す。
白と黄色、淡い水色の可愛い花束に鼻を寄せ、
「良い匂いね、可愛いお花をありがとう」と頭を撫でた。
子供達は大役を果たした安心感を顔いっぱいに浮かべて元気に礼をして親御さんの所に駆けていった。
その後はパレット王国、唐国、上総国、カルトン共和国の使者が挨拶を行い、各国からの献上品をお納めする。
中でも、上総国が献上した花が、幾重にも重なったピンクのフリルが大変珍しく可愛らしいと会場が盛り上がった。
あれは、八重桜の一種ね。本当に見事だわ。
そういえば、クルール王国には桜が無い。上総国にはあるのだろう。献上された八重桜の盆栽もとても綺麗だった。
ちなみに、唐国からは大きな白い朝顔?みたいな花が献上された。何か特別な植物なんだと思うから、後でピンゼル様に手紙で聞いてみよう。
そんなことを思っていたら、上総国の妓女さん達の舞が始まった。
楽師の方々も来ていて、笛と琵琶、琴のような楽器で音楽を奏でる。
この世界に来て3年目。琴なんて久しぶりに聞いたけど、とても綺麗な音色だ。それに合わせてベールを揺らしながら踊る舞手の女性達の美しいこと!
くるくると軽やかに回ると、周囲に飾られた花々から風に乗った花びらも舞って、本当に天女のようだった。
神々しいとはこういうものを言うのだろう。
勿論周囲や背後には充分と警戒をしていたが、観衆もその舞に釘付けで、微動だにする者がいなかった程だ。
天女は5人いて、入れ代わり立ち代わり舞い回り、誰が誰だか分からないのだが、1人、舞の途中で王妃様に近寄って自身の頭に載せていた花冠をふわりと降ろし、捧げ持った。
王妃様は直接お手にとらないが、近衛隊長が受け取り、王妃様に渡す。
舞手の女性と王妃様が笑顔を交わす。
花冠は白詰草で作られた素朴なもので、それがまた粋な演出だと拍手を得、鳴り止まない喝采の中で演舞が終了した。
次の演目の準備をしている間も、気を抜かずに警備を続ける。
王妃様を見ると、花冠を眺めたり白詰草を撫でたりしている。白くてコロンとした白詰草は春の代名詞だし、百合子も畑で編んだことがある。
懐かしいなぁ、と思っていたら王妃様と目が合った。
パッと目を逸らしたが、王妃様はこちらをまだジーッと見ている。
リリーは違う方向を向いているが、王妃様の視線がジリジリと耳を焦がしているような気がした。
そしてとうとう、王妃様に手招きをされてしまった。
気づかないフリ…は無理だ。
近衛騎士も見習いですら、王妃様の一挙手一投足は常に視界に入れている。
気づかなかったなんて言い訳は通らないのだ。
リリーは、「何でお前が」と斜め後ろで毒づくバルサムを無視し、努めて明るい表情で王妃様に向かって歩いていった。




