261.騎士訓練生③
東の庭園でリズの姿に着替えてリリーの私室に戻る。
そして埃っぽい身体をジニアに綺麗にして貰った。
久々に、しかもかなりハードに身体を動かしたから、全身がキシキシ痛む。
湯上がりのマッサージを受けながら、いつの間にかうとうとと眠ってしまった。
晩餐の席で、リリーは翌日から王子妃教育は午前でなく午後に変えて頂けないかと相談した。
理由は、午前より午後の方が時間が長く、王妃様にたくさん教えて頂けるから、ということにした。
王子は驚いたようだが、王妃様は2つ返事で了承した。
もとは毎日丸一日していたのだ。
リリーの病みっぷりで半日且つ隔日にしたが、結婚式まで間がないし、本来ならまだまだ増やしたいくらいだ。
リリーの提案は渡りに船だった。
最近あった王子の誕生日パーティでは問題なく振る舞え、王子妃教育が身に付いてきたと感じていることもあり、このタイミングでの妃教育延長を特に疑問に思われなかった。
良かった良かった。
ひとまずリリーは安心した。
お腹も空いていたから、いつも以上に元気にモリモリ食事を平らげた。
食後、部屋まで送ってくれる途中に、王子が話し掛ける。
「どうしたの、リリー。 妃教育が減って、あんなに喜んでいたのに。時間を増やして大丈夫?」
心配そうな顔で覗き込む。
「大丈夫ですわ。 私にとって価値が分からなかった教養が、どのように役に立つか、先日のパーティでよく分かりましたの。まだまだ精進致します」
部屋に着いたのでニッコリ微笑めば、王子はようやく納得したのか、
「でもあまり無理しないでね。リリーは今のままでも、充分立派で素敵なレディだよ」
手の甲に口づけて一礼し、立ち去っていった。
※ ※ ※
「我が王国騎士隊は、弓騎隊、直剣隊、騎槍隊に別れている。
今日からひとつずつ経験、習熟を進めていく。
入隊後の配属適性も見るから、各自も意識して欲しい。
今から行うのは、騎槍訓練だ。
昨日の試合を見るに、剣の扱いに慣れている者は多いようだが、あまり槍を使ったことのある者はいないだろう。
最近、製鉄技術が上がり、どの国も鎧が頑丈になってきた。
硬い鎧を斬ったり割ったりすることは難しいから、鎧の繋目や弱い部分を突くことで相手に致命傷を負わせる必要がある。
斬ることよりも突くことが有効なことがあるわけだ。
この、突きに特化したのが、騎槍だ。
まずこれの扱いに慣れてもらう」
リリーは見たこともない。
槍かぁ。
どんなのだろう?
アルダー隊長と何人かのお手伝い要員がエッサホイサと何やら担いできた。
全て綺麗な布で巻かれている。
布が外され、初めて見る槍に、リリーは絶句した。
「大っきい…!」
リリーの声が聞こえたのか、隊長は皆に視線を飛ばし、
「歩兵の槍はせいぜい2mだが、騎馬隊の騎槍は2.5〜3.5mだ。他の国では6mのものを扱う者がいると聞く。
何せ、武器の中では大きく重いものに入る。
ただ、盾と兼ねた形状になっているし、離れた敵に向かえるから、接近戦になりにくく剣より安全性が高い」
なるほど…
「10代前半、あるいは小柄な者は2mの騎槍を、後半〜20代の者は2.5m以上の騎槍を体格に合わせて選びなさい」
山と積まれた騎槍に、皆が興味深そうに群がり、各々で持ち上げたり振ったり突いたりして感覚を確かめる。
リリーは今の所、両手で持ち上げるだけで精一杯だ。
リリーだけではなく、ひ弱そうな少年貴族子息達も同様にふらふらしている。
「騎槍を選んだら、まずは片手で持ち、水平に保てるよう練習しなさい。
水平に保つのが楽にできるようになったら、そのまま水平に槍を突き出し、模擬敵の藁束を貫きなさい。
そこまで終わったら、担当の上官に声を掛け、一連の動きの確認を依頼して下さい」
片手で水平保持ですって…!?
昨日の腕立て伏せ試験で受けたダメージが復活できていないリリーは、割と絶望的な気持ちで指示を聞いていた。




