254.王城にて⑤
翌日。
王妃のマナー講座中も注意力散漫なリリーは、また王妃に嫌味を言われながら午前を過ごした。
気もそぞろだった理由は、勿論コンタクトレンズとかつらのことで頭が一杯だったからだ。
終わって部屋に帰る渡り廊下も、いつもなら憂鬱さで足を引きずっていたが今日は嬉し早足だ。
ドレスの裾を、はしたなくない程度の捌き方で急いで部屋に戻った。
「リリー様、ご用意ができております」
部屋に戻ると、すかさずジニアが服を取り出す。
あと、サンドイッチなどの軽食と紅茶も用意してあった。
リリーはサンドイッチをパパッと食べてから、ジニアが用意した服を吟味する。
町娘服、文官服、貴族のお忍び風ワンピース、騎士服に侍女服、普段着用のドレス…
どれもリリーが着たことのない服ばかりで心が踊ったが、王城をうろついても不自然さの無い侍女服を選んだ。
ジニアとお揃いだ。
スポーン!とドレスを脱ぎ去り、コンタクトレンズを付属の液で洗って躊躇なく目の中に入れる。
まとめた髪を少女用のかつら… ウィッグの中に入れて整えれば。
「リ… リリー様!!
すごいです。完全に、別の方に見えます!!」
リリーの"プラチナブロンドのウェーブヘアにアクアマリンの瞳"は、王子の婚約者の特徴として、会ったことのない人や平民の人々まで知れ渡っている。
しかし、セピア色(茶色)のストレートボブに、ココアブラウンの瞳となったリリーは、最早別人だ。
磨き上げられた爪の先と毛穴の無いすべすべ肌は隠しようがないが、それでもリリーと結びつくような部分は全く無かった。
くるりと回ってみれば、侍女服の裾が軽やかに広がる。
鏡でまじまじと見つめても、我ながら別人だった。
ちょっと可愛い侍女、というぐらいだ。
「これなら、誰も私だと思わないわ!」
リリーは上機嫌で両手を上げる。
これで侍女顔をして王城中を自由にウロウロできる♪…と思ったが、はたと考え直す。
考えてみれば、さすがにここは王城。
身分不明の怪しい少女が気軽にウロつける筈が無い。
執事に見つかれば、最悪牢屋行きだって有り得る。
困って顔を上げた先に、ジニアと目が合った。
ジニアの髪は、栗色だ。つまり茶色。
「ねぇジニア。貴方にはたくさんの姉妹がいたわよね…?」
「えっ…? おりますが… 何か?」
リリーの悪代官顔にビビりながら、ジニアは恐る恐る問い返した。
※ ※ ※
そして2日後、ジニアは侍女頭のスリジエの部屋にいた。
背中の冷や汗が止まらない。
「ジニアさんの妹さんが、行儀見習いに、ですか」
スリジエは、ジニアがリリーから預かった手紙を読んで、目の前の少女を見つめた。
ジニアより少し小さいその少女は、俯いて縮こまっており、大人しそうな娘だった。
「ジニアさんは、伯爵家の方でしたか。この方のお名前は、リズさんと仰るのですね」
「はい。伯爵家といってもうちの領地は貧しく貧乏で…
教養は学べません。
妹は人見知りでほとんど言葉を発することがなく…
どなたか高貴な方の侍女となるにも、結婚のご縁を頂くのも、このままでは難しいことを相談した所、リリー様が行儀見習いに来たらどうかと言って下さいまして…」
打ち合わせ通りにジニアが説明した。
ちなみにジニアの家が貧しいのは本当だ(2話参照)
リズはモジモジとジニアの陰に隠れていたが、ひょっと顔を上げたので目が合った。
肩の辺りで髪が揺れている。
長い前髪でよく見えなかったが、パッチリした瞳は可愛いらしく、愛嬌がある。貧しくとも貴族だけあって何となく気品のようなものも感じられた。
「期間は未定… 」
スリジエ侍女頭は手紙をもう1度読んでから少し考えて、
「まぁ、分かりました。
リリー様と親好の深いジニアさんのご家族であれば、特に問題は無いでしょう。
城内のことはジニアさんが教えて差し上げて、分からない所は私に聞いて頂いても宜しいです。
リリー様に失礼のないように気をつけて、しっかり学ばれて下さいね」
リズに向かってにっこりと笑うスリジエに、うしろめたさ満々のリリー(リズ)とジニアは、
「ありがとうございます。これから宜しくお願い致します」
深々とお辞儀をした。




