252.王城にて③
予定通りの寿司詰め王子妃教育を2週間受けたリリーは、もう色々ズタボロだった。
貴族の名前と役職と経歴、家族構成、王国の領地、領主名、特産、好みや注意点、テーブルマナー、手紙や招待状の書き方、返信のマナー、パーティやお茶会でのふるまい、心配り… etc
リリーの頭は爆発寸前、変な緊張で肩や背中がバキバキ、足腰は弱々になった気がする。
リリーの頭は基本一般市民(大卒程度)だ。
かなり情に厚く回転は早い方だし家庭医学的知識はあっても、基礎的な記憶力などはごく普通の人間である。
だから、貴族関係の暗記等がなかなかできず、何度も同じことを聞いたり答えられなかったりするのだ。
その度に王妃は落胆してため息をつき、頭が痛いとばかりに首を振るものだから、嫁としてはやはり辛いものがある。
物覚えが悪くて本当に申し訳ない。
そんな2週間が終わった。
身体も精神もズタボロなリリーの表情が日増しに暗くなっていくのは、さすがに王子が気づいていた。
王子が晩餐の席で、いきなり初っ端から王子妃教育を飛ばしすぎじゃないかと王妃に進言し、『あれしきのことで…』と嫌味を言われながらも、毎日丸1日朝から夕方までミッチリ寿司詰めでなく、週4日のしかも半日だけに緩和された。
今は、久々の自由時間を貰ったけど特にすることがなく、ベッドに大の字で寝転がっている所だ。
ストレッチも基礎トレーニングもしていないけど、何もする気が起きない。
リリーは虚ろな目で天井から下がるシャンデリアの装飾の粒を数えていた。
コンコン
「リリー様!」
ノックと共に、ジニアの弾んだ声がした。
「… ジニア? どうしたの?」
「ピンゼル様からお荷物が届いていますよ」
「えっ! 本当??」
リリーは飛び起きた。
急いでジニアから小箱を受け取り、気をつけて蓋を開ける。
まず添えられている手紙を読んだ。
そして、小箱の中にある、更に小さなケースをそっと開けた。
「これは…!」
前の世界ではよくお世話になった、文明の結晶だ。
ピンゼル様からの手紙にはこう書いてあった。
『リリー久しぶり。
カルトン共和国の方は、順調に復興できているようだね。
送った種も無事に芽吹いたみたいで嬉しいよ。
僕もいつか行きたいな。
あと、変な男との婚姻解消おめでとう。
そして、エルム王子との結婚を決めたそうだね。
正直、兄様を選んで僕の姉様になって欲しかったから寂しいけど、リリーの幸せを一番に願っているから祝福します。
ささやかだけど、リリーの結婚前祝いのプレゼントを贈るね。
この、僕が留学している唐国は、本当にすごいよ。
薬草から作る薬だけでなく、刃物で身体を切ったり糸で縫ったりして病気を治すんだ。
見たことのない器具や方法で人が治っていくのは魔法みたいで、すごく勉強になるね。
毎日とても充実しています。
その唐国で今流行っているのがコレ。
何だか違う人みたいになれるからって、若い人を中心に普及してるんだって。カツラと使えば、本当に別人になれるらしいよ。
リリーのことだから、そろそろ退屈してるんじゃない?
別人になりたい時は今後きっとありそうな気がする。
そんな時、もし良かったら使って下さい。
僕から結婚前祝いの品として贈らせてもらいます。
使うの怖かったら無理しなくても良いからね。
ではまた(*^^*) ピンゼル』
「何が入っていたのですか? 見たことないですね」
ジニアに聞かれてリリーは答える。
「これは、"コンタクトレンズ"よ。
しかもこれは、カラーコンタクトレンズね」
キラキラ輝く丸いそれを、リリーはじっと見つめた。




