249.カルトン共和国その後③
王子が超特急で色々頑張った結果、
リリーは今、王都で1番人気のジュエリーショップに、1番人気のお針子を連れて、王子と共に座っていた。
通常、王族は誓約式の1年後に結婚式を挙げることが多い。
誓約式の後、婚約者は王城に部屋をあてがわれて住み、花嫁修業を行うことが常だ。
そしてマナーや振る舞い方、来賓の方の名前や事業などを完璧に覚えて1年後の結婚式に臨むことになっている。
それなのに王子が、今回もう誓約式だけでなく、結婚式も一緒に挙げてしまおうと言い出したらしい。
リリーも別にそれで困ることはないため、了承した。
本来結婚できる成人(この国では16歳)までは間があるが、両親が承認している場合は未成年でも結婚することができる。
リリー達は両家とも2人の結婚を認めているので、誓約式兼結婚式(以下、まとめて結婚式)が可能なのだ。
外堀から埋めてしまいたい王子と、面倒臭い式典系を少しでも回避したいリリーの利害が一致した形だった。
リリー達は現在その、結婚式の準備に追われていた。
王族に連なる結婚式のドレスの型は決まっている。
清楚でシンプルな白絹のマーメイドラインのドレスだ。
大枠の型は変えられないため、王族に嫁ぐ女性は皆、刺繍や身に付ける宝石に力を入れるのが常となっている。
そのためリリーは、これまでで1番難しい選択を迫られていた。
全っ然分からないわ…!
前世、今世合わせてもリリーは宝石を見極める機会が無かった。
前世は勿論宝石に触れたことすらないし、今世は与えられた宝石をただ着けていただけだ。
今、どちらになさいますか?と並べられた宝石は、値札がついていない。
いや、例えいくらと言われても、ボッタくられてるのか妥当なのかも分からないのだが…。
ガラスか宝石かも分からないのに、きっと車や家が買えちゃうくらい高いのだろう。
どうしよう…
戦場でも顔色が変わらないリリーの、青ざめた様子に王子は苦笑していたが、
「これはどうかな?」
と、ひとつの宝石を勧めてきた。
リリーの瞳の色と同じ水色の、綺麗な石だった。
アクアマリンとはまた違う感じの宝石だ。
透き通っているのにガラスのような冷たさや軽さのない、澄んだ春の湖のような、深みのある美しさだった。
結婚式の白いシルクのドレスに、よく合いそうだ。
「素敵ですね… 」
リリーでも分かる、気品みたいなものを感じさせる石。
「さすがエルム王子様! こちらはパライバ・トルマリンという大変珍しい石でして、数年に1度、入るか入らないかという貴重なものです。たまたま先週外国から仕入れられられたので、御運が宜しいかと思います」
とても小さい石なのに、値段を聞けば目玉が飛び出そうな金額で手が震えたが、そんな様子で一向に決めきらないリリーに見切りをつけて、王子が購入してしまった。
「リリーにとても似合いそうだ」
王子がつまんでリリーの首元に掲げる。
顔映りも良いらしく、店員さんも王子チョイスに拍手をしている。
国家予算を胸につける形になり憂鬱だが、後ろにいるヤル気十分のお針子が、この宝石を際立たせる刺繍やレース選びに闘志を燃やしているのにも、またため息が出たのだった。
結局、誓約式ドレスの胸元に繊細なアンティークレースをあしらい、裾には銀糸で花柄の刺繍をすることになった。
パライバ・トルマリンはドレスに縫い付けるのではなく、ネックレスとイヤリングとしてリリーを飾る方が良いと勧められたためだ。
最後に、カタログのようなものから刺繍の図柄をお針子さんと選んで、その日は解散となった。
疲れたわ…
共和国で炊き出しや農作業をしても疲労など自分ではほとんど感じなかったのに、今日は足が重いほどに疲れていた。
明後日は王妃様からマナーを指南される予定となっている。
リリーはあらゆる勉強の中で、1番苦手だったのがマナー・教養の講義だ。
王子と結婚するつもりがなかったリリーは興味もなく必要性も感じていなかったから、あまり真面目に取り組んでいなかったのだ。
マルグリット先生から唯一褒められたことのない教科でもあり… ますます気が重い。
婚約期間がない分、これからはなるべく王城で過ごし、王妃様から多くのことを学ばなければならない。
公爵邸は遠いから、明日からしばらく王城で寝泊まりすることになっていた。
「私、大丈夫かしら…」
明日からしばらくお別れになる馴染み深い枕に頭を埋め、いつものふわふわ洗いたてシーツの布団を抱きしめて眠りについた。




