243.カルトン共和国を救う方法⑤
2ヶ月後の監査の時には、共和国はだいぶ変容を遂げていた。
まず勿論、リリーの婚姻は解消された。
ペトラーは牢屋でことの顛末を聞かされ、出されてからリリーに土下座して謝罪と感謝をした。
間違った方法だと分かっていたし、リリーにはずっと申し訳なく思っていたこと、それなのに今回の対応で国を助けて貰って何と御礼を言って良いか分からないと、額を擦りつけて繰り返した。
最後の方は涙と嗚咽で何を言っているか分からなかったが、これ以上国の皆が飢えることがないよう、与えられた使命を死ぬ気で務めると誓ったようだった。
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共和国がまず必要だったのは、人材の確保だ。
検討の結果、大陸で隣接する国々が攻め込まないのに、軍備など今は不要という所で、軍隊に所属する兵士を人手として積極的に農地改革に転用することになった。
宝石や鉱石を掘る事業は一時的に休止し、消石灰を作るための石灰石の採掘や焼成作業などに取り組んで貰った。
消石灰は酸性土壌を中性に近づけるためのアルカリ剤として必要なのだ。これは、ペトラーの伝手を利用すれば、比較的スムーズに可能だった。
兵士が農民とが力を合わせて土を起こし、配布された即席リトマス紙で土の状態を見ながら消石灰や砕いた貝殻、パレット王国から購入した(ペトラーマネーにて)堆肥を混ぜ込む。
そうしていたら、共和国は水資源が豊富な上に比較的日当たりの良い場所が多かったので、徐々に雑草が生え始めた。
元は雑草すら生えない殺伐とした荒れ地であったことを考えると、かなりの進歩だ。
いくつかの場所では、ピンゼル様から送られてきたもう一つのものである、植物の種を植えている。
既に双葉がピョコンと顔を出しているものもあって、皆の頑張りが成果として現れていることが嬉しく、時々様子を見ては我が子のように可愛がられていた。
ペトラーは石灰作業だけでなく、農作業、開墾にも積極的に加わっている。慣れない作業で疲れた皆を、いつもの話術や明るさで励まし、一緒に汗水垂らして働く中で、輪をまとめていた。
よく気が付き、動くペトラーは皆から好かれ、この事業のムードメーカーであり、立派な責任者だった。
あと、例の木の樹液を集めて煮詰めた所、やはりメイプルシロップと同じ味がした。
温かい国でしか採れないサトウキビから作る砂糖は、長く共和国では高級品であり、甘味などを一般民が口にする機会は無かったらしい。
今はメイプルシロップやメイプルバター、メイプルシュガー等が広く出回り、ほぼ全国民が口にできている。
トゥシュカ様に手紙で今回のことを報告したら、ラピス公国からは大量の干し肉が届いた。
これらはすぐ各家庭に配布されたため、『今まで塩しか味がなかったオートミールやスープに、最近は肉が入ってとても美味しくなった』と喜ぶ声が方々から聞こえるようになった。
作物に関する本もたくさん差し入れがあった。トゥシュカ様にも、御礼を伝えなくては。
クルール王国からの家畜の譲与については、もう少し草や場所を整えてから受け入れるようになっている。エルム王子は時々共和国へリリーと一緒に来て、作業の手伝いや炊き出しをしてくれている。
10年前には色々あったが、この厳しい食糧事情によるもの。
罪を憎んで人を憎まずの精神で、今や国境の垣根を超えた交流ができているのだ。
まだまだ小さな幸せではあるが、長く快感情を感じていなかった国民は、この変化に敏感だった。
最初は何をやっても無駄だと加わらなかった人や、外国の奴の手を借りるなんてと動かなかった人々も、皆の様子を見て少しずつ参加するようになった。
全国民が一丸となって取り組み、それらで少しずつ生活の質が上がっていることを実感した人々は、更に熱心に改善に努め、また良い結果につながるという正のループが回せるようになったのだ。
皆毎日生き生きと作業を進めている。
報告を聞き、また作業の様子を目で見て確認したアングール王女は満足げに頷き、追加の堆肥輸出を約束し、引き続き務めるようベルヒ大将とペトラーに言って、自国に戻っていった。
ちなみに、ガバル元帥はというと、あれから部下からクーデタが起こり、迅速に失脚したらしい。
国の窮地に我儘ばかりで自分だけ逃げた元帥を守る者は誰もおらず、今は北の離宮に事実上の軟禁をされているとのこと。
ものすごく喚いて抵抗したらしいが、多勢に無勢でチャッチャと離宮に押し込まれたそうだ。
衣食住は保障されているのだから、存外悪くないのではと思う。
ガバルの後には、一時的に国の代表としてムリマ補佐官が立っているが、柄ではないと固辞するため、いずれは別の元帥を決めるそうだった。




