235.カルトン共和国⑤
父様は泣いて縋って大反対したが、もはや言われて聞くリリーではない。
適当にあしらって、明日の予定を決めてしまった。
ペトラーでさえ、さすがにそこまでして貰うのはと遠慮したが、当のリリーが頑固に譲らなかったので、結局折れるしかなかった。
リリーに自覚はないが、基本的に困っている人は人種・国境を越えても助けたい性格なのだ。
さらに、
「(不本意ではあるけど、)このままならペトラー様と結婚するのだし、あちらのご両親に一度も顔をお見せしないというのも、嫁として不義理ですよね。
この機会に、ご挨拶して参りますわ」
などと言って、更に父様を絶望に叩き込んでいた。
その夜、リリーはせっせと消毒や薬瓶や包帯、栄養価の高いドライフルーツや干し肉などを鞄に詰めた。
ふと机の上を見ると、紫の付箋紙が目に入る。
この前ピンゼル様からの手紙に入っていたのだ。
せっかく共和国に行くなら試してみようと、もうひとつ届いた物と一緒に、ポケットに忍ばせた。
「爆発なんて… 何があったんだろう。 まぁ、明日行けば分かるか」
ペトラーは窓の外をボーっと眺めていたが、自分を呼ぶ声に気づいて外に出た。
そこには、共に公爵邸に攻め込んだ隊の部下が焦った様子で立っていた。
「夜分に失礼致しますっ!」
「レインじゃないか。こんな夜に、どうしたんだ?」
びっくりして問いかけると、レインは声を落とすような仕草をしてから、小さな声で言った。
「中佐、今朝、ベルクヴェルク鉱山が爆発したことはご存知ですか?」
「あぁ、爆発した山って、あの山だったのか…。
だけど、あの山はもう何年も誰も作業してない山だろう」
ペトラーは首を傾げる。
ベルクヴェルク鉱山はペトラーの実家が管理しているから良く知っているが、爆発する要素など全く見当たらない山だ。
「僕には詳しいことは分かりませんが、昼過ぎにうちの分隊の訓練場にエライ人が押し寄せて、ルマロン少尉を連れていきました。その時、その山がどうとかって話をしていて…
そして結局少尉は戻ってこなかったのですが、今度は中佐を探しているようです」
「俺を??」
「ハイ… その様子がかなり、何というか雰囲気が、只事じゃないというか、鬼気迫るというか… とにかく普通じゃなかったんです」
「 ……… 」
ペトラーは顎に手を当てて考えるが、ますます分からない。
鉱山のことなら、わざわざ俺を探さなくても父親が分かる筈だ。
「ふ〜ん?
とにかく、明日国に帰るから、俺から出向いてみるよ。
誰が探しに来たんだ?」
「ヴノ大佐です。
…本当に、気をつけて下さい。探しているというより、こんなこと言ってはいけないのですが、捕まえて殺すくらいの気迫がありました。油断されないようにして下さい…」
「ヴノ大佐が… わかったよ、充分気をつける。
お前も、ひとりでこんな遠くまで、有難うな。
俺を、心配してくれたんだろう?」
ペトラーがレインの頭を撫でると、一瞬泣きそうな顔になった。
しかしすぐに礼をして、夜の闇に溶け込んでいった。
レインは入隊した時から面倒を見ている若い兵士だ。
ペトラーを兄のように慕ってくれている。
あの怯え方からみて、ペトラーを本気で心配しているようだった。
ヴノ大佐は直属の上官だが、わりと話の分かる穏やかな人だ。その大佐が、血相を変えて探すなんて、確かに只事ではないのだろう。
ペトラーは邸内に戻り、明日の出発時間を予定より早めて欲しいとリリーに伝えに行った。




