229.カルトン共和国①
山岩を砕く凄まじい爆発音。
地震と間違う程の地響きと共に、黒煙が立ち上る。
しかも間髪開けずに、次々と砲撃が繰り返された。
共和国は一瞬にして混乱の渦に飲み込まれた。
「一体、何だというのだ!!」
カルトン共和国のガバル・シャン・グヌン元帥は側近を集めて緊急会合を開いた。
興奮からか腹肉が重すぎるからか、酷く息切れをしている。
「こちらを… 」
ムリマ補佐官が書簡を持ってきた。
書簡は2通あった。
ひとつは、クルール王国王室から、ペトラ中佐の領地攻撃に対する非難と、王国の筆頭公爵家の娘を恐喝の元取り結んだ婚姻無効化についての嘆願書。
もうひとつは、パレット王国王室から、開戦の宣戦布告であった。
「どういうことだ… これは…」
「異国からの書簡が同日に届くなど、普通は有り得ません。
もしかすると今回の攻撃は、2国に何らかの関係がある可能性があります…」
ムリマ補佐官はオロオロと周囲の顔色を覗う。
「ペトラ中佐だと… ? 」
名前すら聞いたことがない。
そもそも中佐程度、元帥の前に出ることはない。
その程度の認識は当たり前と言える。
とりあえず直属の上官を呼ぶように言った。
「それで、被害状況は…」
事態が飲み込めなさすぎて、かすれ声で問う。
「幸い、砲弾が落ちた所は山で、しかも廃鉱山です。
山林に囲まれた鉱山だったため、人民や畑に被害はありません。
ただ…」
ムリマ補佐官は乾いた喉を鳴らした。
「その鉱山は、かなり大きい山でしたが… 跡形もなく消滅しました」
たくさんの山に囲まれた真ん中の山が、丸っと消えてなくなったのだ。今は隕石が落ちたように陥没し、広いクレーターとなっている。
そしてパレット王国からの書簡の続きを読み上げる。
「この砲撃を以て、開戦の布告とする。我々の武器については先程知らしめた通りだ。陸に上がらずとも海から広範囲に吹き飛ばすことができ、狙いは10フィートの精度で定められる。また狙いは、決して外さない。
今回は廃鉱山を消したが、こちらはいつでも、そちらの要塞を無きものにできることを肝に命じよ」
「 … !! 」
会議室は静まり返る。
つまりこの書簡はこう言っているのだ。
"パレット王国には簡単に山を消すことができる武力がある"
"今回消した山が、廃鉱山なのは偶然ではない。使われていない山だと知っていて、その威力と精度を示すために消した。
こちらは共和国の情報も、重要施設の位置把握も既に終えている"
と。
もともと、パレット王国は面積が共和国の4倍近くある豊かな国だ。争えば利があるはずもない相手である。
今回の攻撃を、『砲撃』と書かれている。目撃した兵士によれば、何かが飛んできたと思ったら、山が爆発したように見えたらしい。
向かってくる歩兵は切り捨てれば良いが、空から飛んでくるものなど、避けようが無い。
得体の知れない武器が更に不安を掻き立てた。
その時、第4分隊のベルヒ大将が、ペトラーの上官であるヴノ大佐を引き連れて部屋に入ってきた。
報告を促されたヴノ大佐は、突然国の錚々たる面子の前に引き出されて震えながら、知っている話を伝える。
「お、恐れながら、も申し上げます。
ペ、ペトラ中佐からは、国境近くに領地を持つクルール王国の貴族の娘と婚約したと聞いていました。
た…たいそう財力がある娘らしく、かなりの食糧支援を貰い、国境近くに住む多くの国民が飢えを免れたと聞いております。時々国を行き来しているとか…
そ、それ以上のことは、私は何も分かりません…」
床に平れ伏し、何とか話しきる。
誰も何も言わない。
「クルール王国の者と婚約だと!? あの莫大な賠償金を、ようやく返したばかりのあの国の!!」
窓がビリビリと震え、ガバル元帥が机を叩いた。
衝撃で脂汗が飛び散る。
「しかも、書簡からすると、恐喝して婚約を結ばせた感じですね…」
ムリマ補佐官の顔はほぼ真っ白だった。
「その娘は、何という娘なのだ!?」
「リリー、としか… ああでも、あの国境の領地はディアマン公爵の土地ですので、ディアマン・リリーという名前ではないかと思われます…」
床から顔を離さず、大佐は言った。
「ディアマン・リリー…? 聞いたことがあるな…
なぜだ…?」
普段国を閉ざし、外部との接触を全くしない元帥が聞き覚えがある名前とは珍しい。
元帥はしばらく考えていたが、クワッと目を見開いた。
「クルール王国の第一王子の、婚約者の名前ではないか!!!」
半年前に届いた、エルム王子の誕生日パーティの招待状に、婚約者のお披露目も兼ねていると書かれていた。
その婚約者の名前こそ、ディアマン・ブロン・リリーだったのだ。
今年の誕生日パーティ、エルム王子は元帥にも招待状を送っていました(159話参照)
ちなみに、カルトン共和国の階級は、
元帥(大統領の位置、トップ)
大将、中将、少将、准将、大佐、中佐、少佐、大尉、中尉、少尉、曹長 の順で位が高いです。




