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188.熱病その後①

「して、その条件とは如何なるものか」


「はい。 まだ先方のご意思を確認していないので、僕の提案を快諾して頂けたら、で構いません」


と前置きしてから、


「この熱病薬の元となる薬草の栽培と、薬効の抽出作業の権利を、ハルディンさんにお渡ししたいのです」


と言った。

予想外の提案に、王様、王妃様も驚いた顔をしている。


「そもそも、この薬液の作り方は私が発見したものではありませんから、このことで金銭的な利益を得ようとは思いません。

ただ、この情報は、我が国が海を隔てた遠い東の国との交易で得た植物図鑑によるもので、この大陸で知る人はいないと思います。

それならば、製造の権利ぐらいは、僕があげられるのではないかと思うのです」


「なるほど。でも、そのようなことで良いのか?

製造権だけでも、莫大な財が手にできるのに、それを他国の貴族に渡してしまって、そなたは何も得をしないではないか」


「私と私の国は、かの国と交易をしていませんし、また製造方法は私が知っていて、多分薬草も自国にありますから、万一流行しても対処は簡単なので問題ありません。こちらの国で製造され、この病で困っている方々に適正な価格で流通できるなら、僕も役に立てて嬉しいです」


ピンゼル様はニッコリ笑って言った。そして、



「ハルディン夫妻は、今回の薬草探しで協力頂きましたし、お話しする中で、我が公国との交易の陰の部分を被ってしまっていることを知りました…。


今後、製布や染色は、機械化が進んでいき、日常使いのものは大量生産した安価な布に変わっていくでしょう。

このままでは、あの丘で大切に育てられた植物は役目を果たせなくなるかもしれないと、夫妻は気落ちされていました。


何かお力になりたいと思っていたのですが、あの丘で育っている、ローズマリーやセージ、カモミールは実は薬草としても使えます。

丘の周りに植わっている白ヤナギの木からは、痛み止めのお薬を作ることができます。

日当たりがよく肥沃な土地で、管理もしっかりされていましたし、何より染色に使う器具は、薬液の抽出作業に使うものとよく似ています。

染色は規模を少し小さくなるかもしれませんが継続されながら、薬草園として領地生計を立てられるのはいかがかと思ったのです」



ピンゼル様、そんなことを考えておられたの…!

リリーはこの天才少年の底知れなさに愕然とした。

たった1回訪問しただけで丘の植物を把握したなんて。

そういえば、色の理解の旅で初めてフルフィールの丘に行った時、昼食のサンドイッチを食べたのは、確かに白ヤナギの木の下だったわ…



「本当に、公子には驚かされる。

いや、最初の晩餐会とは別人のようだ。大層頭脳明晰であるし、情に厚く優しい考えをなさる…


勿論だとも。今回は適正な価格でパレット王国にも薬が届くよう手配するし、その製造を請け負ってみないか、私が子爵に聞いてみよう。


子爵家からの税収は年々減っていて、今年は特に難しいように心配していた。

植物栽培の知識を生かしながら新しい事業を始められるなら、丁度よい頃合いかもしれない」



王様は乗り出した身を、再び背もたれに埋めてため息をついた。


ピンゼル様も、要望が届いたことでホッとしたようだった。



「薬の利権についての話は終わったが、公子への協力に対する報奨はまた、大公と相談して用意する。

此度の件、本当に世話をかけた。」


王様からの謝辞で、御前会議は幕を下ろした。


王城から辞するために門へ向かう途中は、リリー父からも重ねて感謝を伝えられ、リリーはハルディン夫人の件で興奮していて、ピンゼル様とギャーギャーしながら歩いた。



「そういえば、痛み止めの薬の件、本当なの?」


「うん。 白ヤナギの木からは、"アスピリン"という痛み止めができるんだ。

ただ… 今回のクソニンジンやアカネカズラより抽出が難しくて、実はまだ、僕は方法を詳しく知らないんだ」


馬車の前に着き、ピンゼル様がリリーに向き直る。


「僕、ずっと自分のやりたいことが分からなくて、リリーと会って植物の研究でもしようと思ってたけど、今回のことで決めたよ」


金色の猫目が、前髪の間からキラリと光った。


「僕、来年から東の唐国に留学するよ。もっとたくさんの植物や薬草、抽出の勉強をして、公国と王国の助けになるよう頑張る!」


「留学… それって、どれくらい?」


「まだ決めてないけど、薬草学の学べる学校は4年制だから、4年間は行くと思う」


「4年…!! 長いのね… 寂しくなるわ」


リリーはピンゼル様をギュッと抱きしめる。


「年に何回かは帰って来るから、リリーも会いに来てね」


「ええ、勿論行くわ。とりあえず、痛み止めはとても助かるから、できたらぜひ早めに教えて」


ちゃっかり予約をしておく。

ハルディン子爵も、足腰が痛いみたいだったし、根治も大切だけど当座の苦痛を取れるなら喜ばれるだろう。



そんな話をしていたら、


「リリー、ディアマン公爵、お疲れ様でした。

話は報告で聞いていたけど、さっき父様からも聞いたよ。大変だったね」


と声を掛けられた。振り返ると、


「熱病の件、死者を出さずに解決できて本当に良かった。しかも製造権を我が国に委譲して頂いたと聞いた。

公子には本当に、感謝してもしきれないよ」


公爵とリリーの見送りに、王子がやってきたようだ。



そもそもは王子の誕生日パーティーで集まった面々だった。ピンゼル様なんか、帰国予定をとうに過ぎている。

今晩は急いで帰国の用意をされるのだろう。

公国がピンゼル様に甘い(自由な)国で良かった。


リリーも、別邸のジニアを拾ったら、本邸に帰らなければならない。

ハルディン夫妻との打ち合わせは、父様とリリーですることになったし、やることが山積みだ。



「王子も、公国への連絡や調整をありがとうね。

本当に助かったわ」


「いや、今回も僕はほとんど何も役に立たなかったね。

次はきっと、君の役に立ってみせるよ」


王子が少し拗ねた顔をして言った。


「次って… ふふっ

こんな問題事、そうそう起きてはたまりません。

しばらくは王子も誰の手も借りない、穏やかな日常が続くことを願っていますわ」


「確かにそれはそうだね。

あぁ、アン王女への連絡や、パレット王国との交渉は、僕がすることになった。

薬ができたことを知ったら、多分 とても喜ぶと思う。また、リリーに報告するね」


次回月一のお茶会の話題は、もう決まったようだった。



3人は抱き合ったり握手をしたりして別れを惜しみ、解散した。


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