178.薬草探し③
一度本邸に戻ったから、ジャスプ子爵家に到着したのは、昼の盛りを過ぎた夕方だった。
先触れもなしに夕方突然お邪魔するなんて、マナーも常識もあったもんじゃない。
最悪、怒鳴られたり門前払いも覚悟していた。
ただ、邸宅に入れて貰う必要はなく、子爵家領地の林に生えている、邪魔な臭い草を、分けて貰うことさえできれば良い。
どうか、それだけは許可が頂けますように…!
リリーは祈る思いで、門番の騎士に声をかける。
「あ、あの…
私は北の街のディアマン公爵家が長女、リリーと申します。
ご連絡もせずにいきなり尋ねる非礼をお許し下さい。
どうしてもお願いしたいことがあり、こちらに参りました」
頭を下げて礼をする。
そもそも面識が無いので信じてもらえるか分からないが、馬車も公爵家の紋章が入っているし、なんとか取り次いで頂きたい。
不安な気持ちで顔を上げると、騎士はアッという顔をして、手で中を指し示した。
「お伺いしています、リリー様。
中で子爵様がお待ちです。どうぞお入り下さい」
うやうやしく礼を返され、玉砕覚悟の特攻隊だったリリーは拍子抜けする。
でも、どういうこと…??
門をくぐり、エントランスホールを抜けて右側のレセプションルームに通された。
レセプションルームのソファは革製だったが、全てお揃いの物でなく、黒い革や茶色い皮、黄色みがかった皮など、多様な革で作られている。
座ると包み込んでくれるような心地がした。
子爵を待つ間、なんとなくスルスルと皮を撫で、手触りを楽しむ。
「お気に召しましたかな?」
すると、扉から壮年の男性が現れた。
見事に手入れされた豊かな銀髪を後ろに流している。
平均的な体型だが引き締まった体躯と、澄んだ青い瞳が印象的な、優しそうな人だった。
「私がジャスプだ。はじめまして、ディアマン公爵家リリー様。
ハルディン夫人から話は聞いているよ。
ところで今貴方達が座っている椅子の皮は、私がこれまで狩りで捕まえた動物の皮でできているんだ。
見事だろう?」
ジャスプ子爵はそう言って、向かい側のソファの背もたれを撫でた。
リリーは慌てて立ち上がり、
「はい、とても座り心地が良いです。
柔らかくて、冷たくなくて肌触りが良いですね。
私は、ディアマン・ブロン・リリーと申します。
こちらは、ピンゼルさんです。ピンゼルさんは植物にとても詳しいんです」
リリーは急いで自己紹介と、ピンゼル様を紹介した。
「うんうん。それも聞いているよ。小さいのに、すごいんだね。
なんでも、うちの林にある、あの臭い花に興味があるんだって?」
クックッと笑いを漏らす。
リリー達が、フルフィールの丘を出て本邸に寄る間に、ハルディン夫人はジャスプ子爵にリリー達が来訪することや目的を伝えてくれていたようだ。
本当に… ハルディン夫人には頭が上がらない。
「そうなんです、厚かましいお願いで申し訳ありませんが、いくつか頂けませんでしょうか…」
リリーはいきなり単刀直入すぎたかと焦ったが、ジャスプ子爵は気にする様子もなく笑い飛ばした。
「あんな臭い草、いつでも全部持ってって良いよ。
あるだけで臭いし、切ったら余計臭いんだ」
まさかの根こそぎ奪取許可が降りた。
「ありがとうございます!!」
リリーとピンゼル様は動きやすい服に着替えると、騎士に林までの道のりを尋ねた。
聞くと意外に遠いのに驚いたが、それでもギリギリ陽があるうちに採取できそうだ。
あんまり遅くなったら、陽が沈んで目当ての草の特徴が良く見えなくなる。
一秒でも早く着かなくては。
リリー達はまた、馬車を走らせた。




