175.北の街の異変⑥
「死者… 」
それを聞いてリリーは絶句する。
確かに、マラリアとかデング熱とかの熱病は、アフリカで死者を多く出していた。
それが、アシュトン父様や街の人にふりかかることまでは何故か考えが及んでいなかった。
思えば当たり前のことなのに。
胸が重苦しくなり、場を沈黙が支配する。
「公爵領が、そのような事態になっていたとは。
全く知らなかった…」
エルム王子も沈痛の表情で呟く。
まだ、事態は起きたばかりであり、王族まで情報は回っていないらしい。
しばらく考えていたピンゼル様が、思い出したように顔を上げた。
「その黒い羽虫は、東の国では蚊とか、西の国ではモスキートとか、パレット王国ではアノフェレスとか…
種類なのか言葉の違いが分からないけど、色んな呼び方があるよね。
今回のやつに効くかどうか、確信はないけれど、これらの虫が運ぶ病気や熱に効く薬草には、心当たりがあるよ」
「「えっ!!!?」」
4人は目を丸くしてピンゼル様を見つめる。
「僕の植物図鑑に、そんな薬効の草があったなと思って。
その草の名前があまりに下品だから、一回見たことがあるだけだけど、印象に残ってたんだ」
「すごいです!! さすがピンゼル様!!」
リリーは涙が出そうだった。
「もしそんな薬草があるのなら、当国も大変助かりますわ。
毎日、たくさんの人が苦しみ、亡くなっておりますの」
アン王女も身を乗り出す。
「で、何ていう草ですの?」
エールトベール王女に聞かれて、ピンゼル様は少し恥ずかしそうにモジモジしだした。
そして、小さな声で答えた。
「ヨモギ系の薬草でね、、
"クソニンジン"っていうんだ」
ク… クソニンジン…!!
想定外の酷いネーミングに、乙女たちは赤面するやら気まずいやら。
リリーは分かるが、王女達も、クソ=糞便ということは理解しているらしい。
ピンゼル様が口にしにくい名前であることは間違いない。
そもそも、蚊が媒介する南の熱病に効く薬草なんて、北国のラピス公国に住むピンゼル様は知らなくて当たり前だ。
でも、確かにこんな個性的な名前の草は、一度聞いたら忘れられない気がした。
「その草は、珍しいのですか?
どんな場所にあるのでしょう」
せっかく得た有力情報だが、もし雪山の断崖絶壁にあるとなれば話にならない。
リリーは不安な気持ちで聞いてみた。
「クソニンジンは、うちの国で見たことがあるから、多分、気候や土壌が似ているこの国にもあると思うよ。
あまり暑い地域には無い草だから、パレット王国では育ちにくいかもしれないけど」
ヨッシャァァア!!!
リリーは手近に薬草が手に入りそうな雰囲気に、思わずガッツポーズをしかけてぎりぎり思い留まった。
明るい表情のリリーと反対に、アン王女とエールトベール王女は沈んでしまっていたからだ。
「まだ、効くと決まったわけじゃないし、この王国でクソニンジンを見つけてもいない。
とりあえず、死者が出る前に、クソニンジンを探そう」
ピンゼル様が重い空気を払うように提案した。




