160.誕生日パーティ前②
翌日。
午前中はオーケストラとの音合わせでホールに詰めていた。
何とか納得のいく出来栄えになったため、本日の音合わせはようやく終了になった。
昼食の時間に遅れそうだったため、急いで廊下を戻る途中、待ち伏せでもしたのかというベストタイミングで
「リ〜〜リ〜〜〜〜〜!!」
後ろから聞き覚えのある大声と足音が聞こえた。
リリーが振り返るのと、腰に衝撃がぶつかるのは、ほぼ同時だった。
「しばらくぶりだねリリー! すっごく寂しかった!
僕、公国に戻ってもとても良い子にしてたから、ここに代表で来るのも、許可貰えたんだよー!!」
褒めて褒めてと、あるはずの無いしっぽをぶんぶん振って飛びついてきたのは、もちろんピンゼル様だった。
後ろには、見覚えのあるお付きの人がペコペコしている。
どうやら、ラピス公国の使者は、ピンゼル様だったようだ。
「ピンゼル様、お久しぶり(?)ですね!
…あまり、久しぶりという感じはしませんが…
元気そうで何よりです」
リリーも勢いを受け止めて抱きしめ返す。
ピンゼル様は、公国に戻るとこれまでハマっていた薬草のことや植物学について家族に説明し、クルール王国であったことを伝えたそうだ。
両親は色んな意味で驚き、喜んで、その勉強を本格的に始められる環境を整えることにしたようだ。
海を隔てたお向かいの国に、そういう学問が発展している国があるそうで、今後はそちらの国への留学を検討していることが親書に書いてあったとエルム王子に聞いていた。
何にせよ、自国で自分のすべきことを見つけたピンゼル様は、前のように陰鬱でわがままな雰囲気は無くなり、年相応の明るさをふりまいている。
「うん! 元気だよ! ジニアは??
ジニアが作ってくれたクッションのお陰で、馬車の長旅もだいぶ楽に来れたんだ」
リリーの回りをキョロキョロと見回す。
もちろん傍にはジェイバーしかいない。
「ジニアは昼食の用意を手伝っていると思うわ。
今日はエルム王子様と食べる予定なの。
ピンゼル様は予定よりお早く着かれたようですので、宜しければ昼食を一緒に頂きましょう。
ジニアも喜びます」
「ヤッター! お腹いっぱいで馬車に揺られたら、前のときに酷い目に遭ったから、今日はあんまり食べてないんだ。
お腹ペコペコだよ〜」
ご機嫌に手を繋いで部屋に戻る途中、
「ねぇ、そこの貴方達。」
高めの少女の声で呼び止められた。
「私をお姉様のいるお部屋に案内なさい」
初対面かつ、いきなり上からの命令口調に若干驚くが、どう見ても子どもなので、なぜ一人でこんな所にいるかの方が気になる。
綺麗な黒髪のストレートヘアで、黒曜石のような瞳。
着ている服も、ドレスではあるが、リリー達のそれとは少し違う生地のようだった。
年頃は、ピンゼル様と同じくらいかな…?
「お嬢様は、どなたの娘様でしょうか?
お父様のお名前は分かりますか?」
リリーがかがんで優しく尋ねるが、
「まぁ貴方、お父様に何か仰るつもりなのかしら!
余計なことは考えずに、お姉様がいらっしゃる部屋に案内してくれたら良いのよ」
苛立ったように声を上げる。
(お姉様って誰だ…)
リリーが困っていると、
「何だお前、いきなり現れて偉そうに。
自分で行けば良いだろ。
リリーは今から、僕とお昼ごはんを食べに行くんだ!
お前の世話を焼いている時間は無いぞ。
行こう、リリー」
ピンゼル様はリリーの手をぐいぐい引っ張って先に進もうとする。
「え?? 私をここに置いて行く気!?
信じられない。 なんて不親切な人達なのかしら。
お姉様に言ったら、この国なんて一発で吹き飛ばしてしまわれますのよ」
お姉様、何者…
それにしても、困った。
ピンゼル様と黒髪少女は睨み合い、一触即発状態だ。
"この国"という表現や見たことない容姿からすると、もしかして…
リリーが対応を考えあぐねていると、
「リリー、どうかしたの?
少し遅いから心配して、迎えに来たよ」
エルム王子が現れた。
そして、
「エールトベール王女ではないですか。
このような所で共も連れずに… いかがなさいました」
と言った。




