120.王国観光④
陽がゆるやかに傾き、空が淡い橙色に変わり始めた。
タイムスケジュールは100点。
日帰り旅行としては大満足の行程だった。
「そろそろ戻らないと、暗くなってしまうわね」
「えぇ〜〜っ まだ明るいじゃぁん! まだ遊ぼうよ」
ブーたれているピンゼル様をなだめながら、一行は馬車の待つ場所までてくてく歩く。
「そういえば、リリーさんの歌を、結局聴けなかったね」
唐突にトゥシュカ様が呟いた。
「素敵な歌だったんだろう。どんな声で歌うのか、聴いてみたかったな」
とリリーを見て金色の目を細めて微笑む。
リリーは照れて首を振ると、
「全然! 確かに練習を頑張りましたが、所詮は素人なので、皆様にお聴かせするような出来ではありませんでしたわ」
と答える。
すると、
「あぁ、それだったら、来月の僕の誕生日パーティーでリリーに歌ってもらうことになったよ。
僕の誕生日は必ず音楽の催しを行うから、今年は誰を呼ぶか会議があったんだけど、ぜひリリーにという意見が多かったんだ。
楽しみにしてたけど晩餐会で聴けなかったからって」
エルム王子がサラリと言った。
「えっ!? 初めて聞きましたけど!?」
「ははは。ウン、昨日決まったばかりだから。
まだ正式に、婚約者としてお披露目もしたことがなかったし、それも兼ねてということでね、父様もそれは良いって」
「えーーー… (できるなら断りたい) はぁ… 」
リリーはうなだれて力無く歩く。
その会話を黙って聞いていたピンゼルは、胸が鉛のように重くなるのを感じていた。
リリーが晩餐会で歌えなかったのは、つまる所、自分が余興をぶち壊したからだ。
その後ろめたさと、来月王子の誕生日パーティーで、リリーが婚約者としてお披露目をされてしまえば、リリーは本当にエルム王子のものになってしまうということ、
今日が楽しくて、まだリリーと一緒にいたい、帰りたくないという気持ちがぐるぐると渦を巻いて、澱のように胸に溜まり、重く沈む。
もう少し歩いた先の角を曲がれば、馬車に着いてしまう。
「ピンゼル様? 疲れましたか?」
リリーに覗き込まれ、ハッと顔を上げる。
気づけば唇を噛んでいたようで、水色の綺麗な瞳が心配そうにこちらを見ていた。
優しくて可愛いリリー。
離れたくない、まだずっと一緒にいたい。
でも、どうしたら良いのか分からない。
目をギュッとつぶると、走り出した。
「ちょっとだけ、一人になりたいんだ、放っといて!」
そう叫んで、馬車と反対方向に駆け、角を曲がり、闇雲に突っ走った。
「ピンゼル様!!」
「ピンゼル!!」
一瞬遅れをとるが、急いで追いかける。
同じ道を辿るのではなく、バラけて追跡することにした。
王子にはオリバー様も護衛もついているから、ジェイバーにトゥシュカ様を頼んでリリーは全力で走った。
しかしリリーは土地勘がなく、3つ目の角で姿を見失ってしまった。
はぁっ はぁっ
王子が少し遅れてリリーに追いついた。
「リリー 」
「王子、ピンゼル様は… 」
言いかけて、リリーは息を飲んだ。
その後ろには、王子の護衛2人と、どう見ても悪い大人が複数人いるのが見えたからだ。




