102.晩餐会の前③
本来ならば、迎賓館の会場には婚約者として王子がエスコートをして入るものだが、来賓の方の案内にかかりきりなので、ジェイバーのエスコートでホールに足を踏み入れる。
ジェイバーも、今日ばかりは正装だ。
既に中は多くの貴族が入っていて、皆談笑をしていた。
見たことの無い子供が晩餐会場に入ったことに驚いたのか、何人かはビックリした顔でこちらを見ている。
形式的には、丁度結婚披露宴の感じで、白いレースのテーブルクロスがかかった丸テーブルが間隔を空けてたくさん設置されており、それらの真ん中には生花が品良く飾られている。
丸テーブル群から少し離れた位置、会場の正面(結婚式会場でいう所の、花嫁&花婿席)に、豪華で大きな椅子がある。その両脇に、ワンサイズ小さいが、これまた豪華な椅子があり、これらが多分王族の方々が座る場所だろう。
椅子の前にある長テーブルにかけられたレースも、より細工を凝らした一級品のようだ。
その王族席と直角の位置に、特別そうな席とテーブルがあり、それが多分、クルール王国の重鎮席(父等)なんじゃないかなと思った。
そして重鎮席と向かい合う形で、線対称の位置に同じような席があり、こちらはラピス公国の方々用と思われる。
王族やら重鎮やらは、まだ会場に到着していないようだった。
壁際の広いスペースに、オーケストラの皆の姿を認め、何だかほっとしてリリーは駆け寄る。
「ノーテさん!オークリーさん!」
リリーが声をかけると、
「お前… 貴族のお嬢様じゃないのか。こういう場所で走る奴、初めて見たわ」
ノーテさんが苦言を呈する。
「リ、リリーは全然緊張していなさそうだね…
僕は昨日から眠れなくて…」
オークリーさんは震える手を握りしめた。
「私が前に聞いた話では、観客をジャガイモやカボチャみたいな野菜と思えば緊張しないとか、てのひらに人(Homme)と書いて呑みこむと良いとか言われていました」
「な… なるほど…」
オークリーさんは何度も手を口に当ててパクパクと飲み込んでいた。
それを見ていた数人が真似ていて、それがおかしくて皆で笑った。
オーケストラは余興も演奏するが、晩餐会の食事中のBGMも彼等の仕事だ。
ものすごい数の曲を弾く予定である。
それは緊張もするな…。
リリーは皆にちょっと同情した。
楽器とメンバーが揃ったので、チューニングを行う。
それを眺めていると、後ろから声がかかった。
グルナ・スカーレット・ローズ侯爵令嬢だ。
「お久しぶりですね、リリー様。貴女もこの晩餐会に招かれていらっしゃったのね」
「あらローズ様、お久しぶりです。 先日は良い匂いのポプリをありがとうございました。」
「いいえ、たいしたものではありませんが、気に入って頂けたなら良かったですわ」
2人で世間話をした後、
「それにしても、ラピス公国の公子様はどんな方々なのでしょう。楽しみですわね。」
「素敵な方だったらどうします?」
ふふっ
年頃の少女達の会話なんてこんなものだ。
そして、そろそろ始まりの合図が鳴り、皆が席に向かい始めた。
小さくゆるやかな音で演奏が始まる。
気がつけば、お父様を始め、ローズ様のお父様や近衛騎士団団長様なども、重鎮席にもう座っていた。




