その執事、性悪につき
「アルヴェルト様、恋人は居るのかしら?」
先日、クロード家に新しく奉公に来たメイドは、頬を染めながらそんなことを呟いた。若いメイド達はその言葉に色めき立つ。
「この間、本人に聞いてみたらいらっしゃらないと言ってたわ!」
「貴女、凄い勇気ね……」
「でもでも、御本人がそう仰ってたなら、居ないのよね……! 私にもチャンスあるかしら!」
「駄目よ! あんな素敵な方、私達じゃ不釣り合いに決まってるでしょう? 特に顔面……」
「だけど、アルヴェルト様はきっとお顔で判断するような方ではないわ」
きゃいきゃいと騒ぐメイド達に近づく人影。ドン!と洗濯カゴが勢いよく机に置かれた。メイド達はビクッと身体を揺らす。恐る恐る後ろを向けば、メイド次長のアリシアが鬼の形相でメイド達を見下ろしていた。
「貴女達……随分と楽しそうね?」
「あ、アリシア様……」
「今は休憩時間だったかしら? あの時計は壊れてるのかしらねぇ…」
アリシアはにっこりと笑みを浮かべる。だが、メイド達はさあーと顔を青ざめさせ、各々の仕事場へと逃げるように散っていった。一人残ったアリシアは深いため息を吐き、再び洗濯カゴを抱える。そしてぼやくように呟いた。
「そりゃアイツは顔だけで惚れただけじゃないけど……まあ、あの方のお顔以外はきっと興味もないわね」
「そんなことはないが」
甘く低い声が部屋の中に響いた。アリシアは、心底嫌そうな表情を浮かべ、その人物を見る。開いたドアの所にもたれかかり、男が立っていた。艶のある黒髪をきっちりと整え、白いシャツにベストを着た男は、その涼しげな切れ長の青い瞳をアリシアに向けた。
ゾッとするほど整った顔立ちをした男だが、アリシアは冷めた目でその男を見つめる。
「アル……お嬢様は?」
「お嬢様は今メイド達が着替えをさせてるよ。俺の出番は残念ながらまだだ」
「はっ…! よく言うわ。毎朝そのあまぁい声でお嬢様を起こしてるくせに」
「まあな。……それより、俺がお嬢様の顔以外興味はないって?」
「違うの?」
「君の顔もグレンの顔もちゃんと覚えている」
朗らかにそう答えるアルヴェルトにアリシアはフン、と鼻を鳴らす。
「それは私達が昔からお嬢様のお世話をしてて、お嬢様が懐いているからでしょ? 結局あんたはお嬢様にしか興味は無いのよ」
「そりゃあ、俺の世界の中心はお嬢様だからな」
くくっとアルヴェルトは楽しげに笑う。そして悪い表情を浮かべ、ニヤリと口角を上げた。
「彼女の為なら俺はどんなものでも利用するし、誰であろうが蹴落としてやるよ」
「___……クズが」
アリシアは忌々しげに吐き捨てた。