表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風の国のお伽話  作者: 花時雨


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

98/112

第95話 新領主

承前


結局、ピオニル子爵は最も厳しい刑は免れた。

死傷者も生じたが、子爵が自ら手を下したものは一つもなく大半はニードが勝手に起こしたこと、増税も子爵の指示にニードがさらに大幅に上乗せしていること、これらを監察団、主にユーキと副使クレベール王子が詳細に説明して弁護し国王も認めた。

しかしながら、契約の無視、ニードへの監督不行き届き、領政を放置しての王都での遊蕩放埓は領主にあるまじきものとされ、爵位を剥奪されて母親と共にクリーゲブルグ辺境伯に預けられることになった。


継爵した当時の寄親である辺境伯がきちんと教育していればこのような事態を引き起こさなかったであろうと、国王は辺境伯にも一部の非があるとし、ピオニル子爵、いや、今は既に元子爵だが、その更生の責任を与えたのだ。

今後辺境伯の下で働いて経験を積み、何かの功を上げれば貴族に戻ることも不可能ではない。

その母親については、監察団の結論通りに前子爵夫人の貴族としての身分が維持された。

これらはかなりの恩情で貴族層にも十分に配慮した処分であり、不満は生じないであろう。



問題は、領主のいなくなるピオニル領をどうするかであった。

国王は宰相と相談し、スタイリス、クレベール、ユークリウスの三王子を執務室に招きよせた。


「スタイリス、今回の監察は成功であった。監察団員は短時間のうちに良く詳細を調べた。見事であった」

「お褒めに預かり、恐縮至極です」

「副使クレベール、それにユークリウスも見習ながら、良く働いたようだな。さぞかし学びになったであろう。今後に活かすように」

「御意」「はい」


国王は自分の前に立つ三人の王子を諭すように、あるいは自分に言い聞かすように、その考えを話す。


「ピオニルは可哀そうな部分もある。父親からも寄親からも碌な領主教育を受けないうちに爵位を継ぎ、若さゆえに欲に溺れて悪辣な代官につけこまれた。もしもきちんと教育されていれば、このような事にはならんかったかも知れん。しかしそもそも、領民が領主のためにあると見誤っておったのはピオニル本人の過ちだ。そこは見逃せん。これは生まれてから今までの間に、あいつの身に沁みついたものだ。そう簡単には抜けんだろう。よってクリーゲブルグに預けて再教育させることとした。五年か十年かはわからんが様子を見て、心を入れ替えることが出来れば領主に戻すことも考える。だが、だめなようならそのまま平民として暮らすことになる。

お前達も、くれぐれも王族であることに奢ってくれるなよ。王族は、国民のためにその生を捧げる存在でなくてはならんのだ」

「はい、心得ております」


正使スタイリスの答えに合わせて王子達は一斉に頭を下げた。

国王はそれを見て満足そうに「うむ」と頷くと話を続けた。


「さてそれで、あの領の領主がいなくなったわけだ。何とかせねばならんのだが、ちと難しい。ピオニルを戻す可能性を考えると、他の貴族たちに与えたり、新たな貴族を作ったりするわけにはいかんだろう?」

「はい」


国王の問い掛けにはスタイリス王子が代表して答える。


「かといって、クリーゲブルグに預けるのも拙い」

「子爵領をそのまま我が物にするため、辺境伯がピオニルをまともに教育しないという恐れがありますね」

「うむ、もちろんあやつはそのような輩ではないが、そうせずとも、他の貴族がそのような讒言をするのが目に見えている」

「つまらない噂でも、他の派閥を弱らせるためであらば、ですか」

「ああ、その通りだ、スタイリス。派閥争いなど下らぬが、貴族とはそういうものだ。クレベールもユークリウスも、心しておけ」

「はい、陛下」


そこまで言って、国王は口調を変えた。

軽い、だが探るような調子で話を続ける。


「そういうことで、あの領は王家で預からざるを得ない。しかし普通に代官を置いては、ただ単に王領を増やしたいがためにピオニルを追い出したと言われるかも知れん。今回は貴族どもは監察を送るのに尻込みをしておったから表立っては何も言えんだろうが、その分、陰口はうるさかろう。それも王家の仕事のうちだが、それを少しでも抑えるために、当面はあそこを若い王族の修行の場とすることにしたい」

「修行の場ですか?」

「うむ、小さな領を治めることで、国全体の治政の学び、訓練をするということだ。もちろん、補佐は置く。ということで、どうだ、スタイリス、臨時の領主を引き受けてくれんか? 数年の間の事だ」


スタイリス王子は眉を顰め、小首をかしげて考えた後に返答した。


「恐縮です、陛下。まず私を御指名頂いた事、光栄です。しかしながら、御存じのように父の体調が思わしくありません。長男である私としては、今、王都を離れたくはありません。止むを得ず、辞退させていただきたく思います」

「フェブラーはそれほど体調が悪いのか? 儂は聞いておらんが」

「陛下に報告するほどではありませんが、一向に回復される御様子が見えぬらしく、気に掛かります」

「病状が変わらぬのであれば、すぐにどうこうと言う事もあるまい。何とかならんか?」

「申し訳ございません。それに学びの場とはいえ、王族が治めるにはやや小さいのではないかとも思います」

「子爵領の大きさでは不満か?」

「不満というわけではありませんが、普通は伯爵領以上の大きさかと」

「そうか。まあ、体調の悪い父の側におりたいというのでは止むを得まい。では、クレベール、お前はどうか? 頼まれてはくれんか?」


国王はクレベール王子の方に身を乗り出して持ち掛けた。

だが彼は躊躇せずに頭を下げて即答した。


「陛下、誠に申し訳ありませんが、スタイリス殿下が受けることのできなかった座を私が頂いては、僭越となります。何卒、御容赦下さい」

「そう言わず、どうにかならんか?」

「申し訳ございません。私については、スタイリス殿下がしかるべき地位に就かれるまで御放念いただければと思います」

「自らよりも兄を立てたいか」

「はい。それに、スタイリス殿下の父は私にとっても父です」

「そうか。……ふむ」


国王は嘆息した。


こうなるのではないかと薄々予測はしていたが、やはりか。

こやつらの父のフェブラーの病状に変わりは無い事は、侍医から聞いて知っている。

スタイリスは華やかで国民に目立つ王都を離れたくないだけの事だ。

例え一時でも、南部の片田舎の小領に籠ることなど考えられないのだろう。

前子爵が領政を代官に任せっぱなしにして不祥事を起こした、その後継だ。

王都に居続けるなど許されるはずもない、それは真っ平御免被ると言わんばかりだ。

だがそれは思い通りだった。


できればクレベールに承けてもらいたかった。

こいつならばこの難役もこなしてみせただろうに。

こいつは兄を恐れて一歩たりとも前に出ようとはしない。

いや、横に並ぶことすらも避けている。

スタイリスが無役のうちは、どのような小役にも就かなさそうだ。

今回は副使として活躍したようだが、もしスタイリスが正使でなければ、引き受けすらしなかっただろう。


こいつを活かすには、まずスタイリスに何かそれなりの役を与えなければならない。

しかし、スタイリスを大役になどぞっとする。

何かの手を考えんとならん。

だが、監察に出向く前と比べると、兄に対する態度が異なるように見える。

今もスタイリスを『兄』とは呼ばんかった。

何かがあったのかも知れん。それも考えておかんとな。



国王は内心の落胆を隠してユーキに向いた。


こいつはまだ幼い。今回大活躍したように成長は著しくとも、領主とは我ながら無茶な話だ。

引き受ける訳も無かろうが、もうこいつしか残っておらん。


「では、ユークリウス、お前はどうか。お前はまだ若い。臨時とはいえ領主のような難役を頼むのは、儂としても心苦しい。だが聞いての通り、スタイリスもクレベールも事情がある。フェブラーもメリエンネも体が悪い。他の王族は全て既に役に就いている。お前の他にはおらんのだ。難しかろうが、引き受けてはくれんか?」

「陛下、暫し考えさせていただいてよろしいでしょうか?」

「うむ。だが、この場でな。存分に考えてくれ」


ユーキは顔を少し下げて考える。


国王の言うように、自分はまだ若い。

王族としてはともかく、領主としての教育は受けていない。

何の準備もできておらず、務まるとは思えない。

それにスタイリス王子が言ったように、王族が治めるにしては領は小さく、大領を治める上位貴族たちから侮りを受けるだろう。

小さな領欲しさに監察を曲げたと、あらぬ噂をされるかもしれない。

その上、上手く治めることが出来なければ国王の叱責や貴族の誹りを受け、失望されることになる。

仮に良く治めることが出来ても、いずれ何年かの先には返上する定めで、自分の領地になるわけでもない。

どこをどう考えても引き受けて得になることは何も無く、スタイリス王子やクレベール王子が断ったのも当然だ。

それを受けては、二人からまた『愚か者』と今よりさらに見下されるだろうとも思う。

これはどうあっても断るべきだ。


だが、ユーキが謝絶のために顔を上げようとした時、子爵領で出会った人たちの事が思い出された。


悪政の苦しみを訴えていた菓子屋の女主人、料理屋の主や給仕、代官の横暴から領民を守ろうと苦心していた衛兵長、黒縮病に苦悩していた農夫。

彼らを思い出すと、その暮らしを良くしたいという気持ちがふつふつと沸き上がって抑えられない。

さらに、ネルント開拓村の人々、マーシーやハンナ、開拓の日々を語った村長夫妻、そして戦いで誰よりも悩み苦しんだだろうケンの顔が目に浮かぶ。

彼らがこれ以上怯え苦しむことがあってはならない。


良い領主、良い王とはどういうものか。

以前からずっと考えて来たこの問いの答えはまだわからない。

けれど一つ、確かなことがある。

彼らに幸せになって欲しい、幸せでいて欲しい。

僕はその手助けができる王族でいたい。


ユーキは決然と顔を上げ、国王にこう答えずにはいられなかった。


「謹んでお受けいたします」

「! 受けてくれるか!」


ユーキの受諾の言葉に国王が立ち上がり、喜色を隠さずに大声を出した。


「ピオニル領臨時領主、謹んでお受けいたします。若輩で微力ではありますが、かの領民のために尽くしたいと思います」

「有難い、礼を言うぞ。ユークリウス、よくぞ決断してくれた!」


国王はユーキの言葉を何度も頷きながら聞き、感慨深げに感謝の言葉を言った。

そして侍従に向いて命じる。


「直ちに内相を呼べ。急いで任命の準備をするのだ!」


命じた終わると国王は今更ながらに厳粛な顔を取り繕って椅子に座り直し、「オホン」と一つ咳払いをしてからユーキの方に身を乗り出して言った。


「ユークリウス。補佐にはできるだけ有能なものを付けるが、何か領政で困ったこと、わからぬこと、その他関係ないことでも構わん。何でも良い、何かあったら直ぐに知らせて来い。助けは惜しまん」

「有難うございます、陛下。お引き受けしたからには陛下に甘えることなく、自分でできる限りのことを致したく思います。ですがどうしても力及ばず領民を救えぬ場合には、お助け下さい」

「良くぞ言った。ユークリウス、領民を頼んだぞ」


満足そうに頷く国王の後を受けて、スタイリスとクレベール両王子が口々に祝いの言葉をユーキに述べた。


「ユークリウス、小さい領の臨時とはいえ、領主となったこと、祝いを言わせてもらおう。私も監察に連れて行った甲斐があるというものだ」

「ユークリウス殿下、私からも。我々が受けられなかった任務を引き受けられたこと、感謝している。我々の分まで励んでくれると嬉しく思う」

「スタイリス殿下、クレベール殿下、有難うございます。また、監察の際の御指導も有難うございました」


国王は表情を緩めて椅子の背もたれに体を預けている。

緊張が解けたのか、顔から心労が消えて血色も良くなったように見える。


「ユークリウス、正式な任命は準備が整い次第だが、明日の午後にはできるであろう。謁見室で行うので、明日はそのつもりで登城するように。領主を命じられたこと、祖母や両親に早く知らせたいであろう。いろいろと準備もあるであろう。今日はこれで下がって良い。スタイリスもクレベールも御苦労であった。ああ、スタイリス、待て」

「陛下、何か?」

「明日から、ユークリウスは領主の役に付く。お前は監察が終われば無役だ。これまでは親族の気安さと見逃してきたが、明日からはユークリウスのことはきちんと敬称をつけて呼ぶように。良いな?」

「……陛下の御命令とあらば、是非もなく。承りました」

「うむ。では、下がって良い」

「はい、失礼いたします」


-------------------------------



国王の執務室から廊下に出ると、急ぎ足で去るユーキの小さくなる背中を弟と共に見送りながら、スタイリス王子が言い放った。


「ユークリウス殿下、か。敬称が欲しければ自分で言えばいいものを。気の小さい小物め。何度言ってやっても威厳というものが身に付かないから、いつまでたっても小物なのだ」

「そうでしょうか」

「ああ、そうだとも。今回俺が連れて行ってやって少しはましになったから、目を掛けて使ってやろうかと思ったのにな。あんな田舎の小さな領を引き受けて嬉しそうにしやがって。何の良いこともないだろうに」

「かの領民を救いたいと思ったのでは」

「いや、むしろ自分の身の程をわきまえたのだろうよ。どうせいずれは臣籍降下の身の上だったのだ。行先が早く決まっただけだな。そのうち子爵位を授けられて、小物らしく田舎に埋もれて行くのだろう。あいつにはお似合いだな。俺が殿下と呼んでやるのも、しばらくの間だけだ」

「陛下は臨時とおっしゃっていました。少なくとも一度は中央に戻されるおつもりでは」

「ふん、どうだかな」


クレベール王子の答えを、スタイリス王子は鼻で笑って振り返った。


「クレベール、お前はどうなんだ? 一時の事だと思うなら、俺に遠慮せず、引き受けても良かったんじゃないか?」

「遠慮してはおりません。得にならないと思っただけです」

「そうか? 俺からうまく離れる好機だったんじゃないのか?」

「そのようなこと、考えたこともありません」

「嘘を吐け。俺の目の届く所にいたのでは、いつまでも芽が出ないと考えているくせに」

「そんなことはありません」

「はっ、まあいい。ああ、控室に茶を持ってくるように言ってくれ。俺は先に行って休んでいる」


言い捨てるとスタイリス王子はすたすたと歩いて行ってしまった。


「ユークリウスが、領を引き受けるのが領民のためになると思ったように、従者代わりにされてでも今は貴方の側にいることが国の得になる、私はそう思っているだけですよ」


クレベール王子はつい口に出してしまい、慌てて周りを見回した。

幸い近くには誰もおらず、ほっとした。


『ユークリウス殿下は気の小さい小物』、これも貴族の間の噂にするのだろう。

『馬鹿正直の糞真面目』、これは陛下が冗談でユークリウスに言ったことをスタイリスがパーティーなどで面白おかしく広めたものだ。

ユークリウスがその通りの小物なのなら構わない。

だが、もしそうでなかったら、広めた噂は反って広めた者に仇なして『小物は一体誰なのだ』と戻ってくるだろう。

多分そうなりそうだ。


『威厳が無い』と言うが、威厳とはスタイリスのように地位を笠に威張ることとは違うのだ。

監察の際の最後の会議で、あるいは今日の子爵への裁断で、ユークリウスが意見を述べる堂々たる態度に多くの貴族が敬意を払うのを目撃した。

あれこそが威厳と言うにふさわしい。

陛下はスタイリスに、ユークリウスを敬称付きで呼べと言った。

それは多分、陛下の心中ではもう既に二人の地位は逆転していることを意味しているのだ。

もしユークリウスが臨時領主の難役を見事にこなして見せれば、王都に戻される時には間違いなく大きな役が与えられる。

そこでも成果を上げればその先はどうなるか。


一方のスタイリスは、自分の血が陛下に近い、容姿抜群で庶民に圧倒的な人気がある、その二つだけに頼り切っている。

これでは将来は先細りだし、仮に王となったとしてもお飾りにされて終わるだろう。

ユークリウスを「使う」と言ったが彼を使い切れる訳もなく、むしろスタイリスが「仕う」になってしまうのではないか。


さてでは自分自身はどうかと言えば、玉座に着き周囲の畏敬を集めるような人物ではないことはわかっている。

他に生きる道をみつけねばならない。

そうだとすれば、誰を抑え誰を扶けるべきかの決断の時が近付いている、そう思わざるを得ない。

だが、何があっても母は絶対に護らなければならない。どうするべきか。

母を父から引き離し、スタイリスから護ることさえ出来れば。


クレベール王子は思案を巡らしながら、従者を探しに行った。




その頃、国王の執務室を次の面会者が訪れていた。

お読みいただき有難うございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ