第90話 代官の部屋
前話翌日
ユーキが領都に帰還したのを受けて、監察団は情報の共有と認識のすり合わせを行うために一堂に会した。
他の全員が席に着いたのを見計らったかのように、正使スタイリス王子が副使クレベール王子と従者を従えて最後に悠々と部屋に姿を見せ、中央の席にゆったりと座る。
「では、皆の報告を聞こうか」
スタイリス王子がおもむろに切り出した。
「まずは代官だ。こちらに戻って来ていないようだが、結局どうなった?」
「それについては、私が報告いたします」
「いいだろう、ユークリウス、聞かせてもらおうか。村を調べたら子爵の責任は明らかになったのかな?」
「いいえ。最初に、代官は死亡しておりました」
その言葉にざわつく一同をそのままに、ユーキは報告を続ける。
「代官が率いた衛兵隊は、ネルント開拓村への途上にあるフォンドー峠で同村の村民の一団と遭遇して、これを襲いました。しかし反撃を受け、その過程で代官本人と衛兵伍長一名が死亡しました」
「代官と衛兵が、村人に負けたというのか?」
「はい」
「では残りの衛兵は? なぜ戻ってこなかった?」
「村人に降伏し、全員が捕虜になっておりました。代官が臨時に雇った傭兵は戦の途中で離脱して戻ったようですが」
「ブッ」
スタイリス王子は吹き出し、大笑いした。
「あ、はははは、な、何なんだそれは。散々悪事を働いた末に、村人ごときに負けて死んだとは、お笑い種じゃないか。しかも全員捕虜だと? 情けない連中だ。あはははは。ああ、笑いが止まらんぞ」
「正確には、代官は後に死亡した衛兵伍長に裏切られて殺されたようです」
「ま、ますます笑えるな、そりゃ」
「詳細は、衛兵隊側と村側の戦闘報告を作成させましたので、お読みください」
ユーキは二通の書類をテーブルの上に出し、スタイリス王子の方に押しやった。
「そうか。それは後で確認すればよかろう。契約については?」
「村側で保管されていた契約書を確認しました。契約書は開村時の条件について、地租以外の件も書かれていましたが、地租については訴状との間に矛盾はありません。代官が突きつけた新しい契約書には、地租を現金で納められなかった場合の物納と賦役についての条件も記載されていましたが、さらに酷い条件でした。そちらはディートリッヒ嬢が記録を採取しておりますので、後ほど御確認下さい」
「ふーん」
「それから、元の契約書と代官が新たに突き付けた契約書案の双方に、同一の領印が捺されていました」
「ああそうか」
「それは確かか?」
クレベール王子が横から確認を求め、ユーキは答える。
「はい。他の書類とも照らし合わせ、ディートリッヒ嬢と共に確認しました」
「何を言ってるんだ? 当たり前だろう?」
「はい。失礼しました、兄上」
スタイリス王子が胡乱気な目で尋ね、クレベール王子は引き下がった。
ユーキは報告を続ける。
「また、増税交渉の過程で代官と衛兵伍長一名、戦いで死亡した者ですが、これらが女児を奪おうと暴力を揮い、奪還しようとした村民一名が重傷を負ったことが確認されました。なお代官の狼藉については、ネルント開拓村の手前の麓の村でも無理強いによる増税と暴力が確認できました。庶民の死者も出ております」
「ああ、もういい。代官がとんでもない悪党だったことはもう明らかだ。それについてはもうたくさんだ」
「……最後にクリーゲブルグ辺境伯との契約に関連して、道中の各所、および領境の近傍でも小麦の大量の作付けを確認しました。さらにその付近の畑で黒縮病の発生を確認しました。以上です」
「黒縮病? 何だそれは?」
「麦の疫病です。侵された麦は毒を作ります。食べると精神に異常をきたし、死に至ることも多いものです。係る農民に直ちに焼却を命じ、代償として金銭を与えました」
「また勝手な事をしおって……。貴族領の事に王族が口を突っ込んで、問題が生じたらお前の責任だぞ!」
「はい、私の責任で行ったことです」
「そうだ。俺は知らんからな!」
スタイリス王子はユーキを睨みつけてから、クレベール王子に向いた。
「他はどうだ、クレベール」
「はい、各ギルドや教会、他の村に対しても増税を試み、賄賂を受けてこれを一部免除する、言う事を聞かぬ者に対して暴力を働く等、代官の悪事については各地で明らかになりました。こちらでも庶民の死者を確認しています。小麦の作付け増加は領内の調べた範囲の全てにわたっています。ただ、指示命令は全て代官から出ており、子爵の直接の関与を示すものはありませんでした」
「やはりな。俺が子爵を伴って視察した先でも、子爵の悪口を言う民はいなかった。それどころか、代官についても文句は聞かれなかったぐらいだからな」
「兄上、それは子爵のいる前でお尋ねになられたのですか?」
「当たり前だろう。子爵のいない所でしか言えないような陰口など、何の意味も無い」
「ですが、子爵の報復を恐れて言えないということもあるのでは」
「何を言っているんだ。監察の正使たる俺に告げるのだぞ。事実を正しく訴えるのを怖れるなどあって良い訳がなかろう。讒言だからこそ怖れるのだ。違うか? 俺は正使だぞ」
「……」
クレベール王子は表情を消して沈黙したが、スタイリス王子は気にも留めずに問い続ける。
「それより、子爵側の契約書はどうなのだ? どこかで見つかったのか?」
「いいえ。子爵邸についても代官が使用する可能性のある部屋は全て探しましたが、どこにも見つかりませんでした」
「領都のどこかに隠し場所を持っているんじゃないか?」
「それは無さそうです。兄上、代官は机に錠を掛けないほどに不用心な性格です。秘密の場所を他に持つようなことはしないでしょう。実際、念のために代官の立ち回り先も聞き込みましたが、それらしい場所の情報はありませんでした。ですから、もしまだ保管しているとすれば自分の部屋、つまり下宿先か子爵邸のどちらかですが、そのどちらにもありませんでした」
「じゃあ、これで決まりだな。悪いのは全て代官だ。それを背負って死んでいったのだから、自業自得、御苦労な事だったと言う事か。契約書も代官が処分してしまったのだろう。だから子爵は直接の責任は無し。ユークリウス、やっぱりお前は愚か者だったろうが」
スタイリス王子が皮肉な薄ら笑いを浮かべながらユーキに宣告したが、ユーキは顔色一つ変えずに応えた。
「その事ですが、殿下。代官の住居を確認させていただきたいのですが」
「何だって?」
「代官の部屋を私にも見せていただきたい、と申し上げました」
「ユークリウス殿下、それはいかがか」
ユーキの申し出を、横からクレベール王子が止めた。
「あそこは、既に捜索済みだ。書類は全て押収してある。もう、見ても仕方がないだろう」
しかしユーキは揺ぎ無い態度で言う。
「お願い致します」
「他の者が調べたのが信用できない、そういうことか? ユークリウス殿下、それは失礼だろう」
「いえ、そうではありません。前回の捜査では重要な書類が押収され、それによって代官による経理表の捏造、そして恐らくは横領がなされたことが証明できます。ですから、前回が非常に有意義な捜査だったことは間違いありません」
「では、何のために?」
「お願い致します」
「ユークリウス殿下、それでは……」
「クッ、ククク」
クレベール王子とユーキの間で押し問答になりそうなところで、スタイリス王子がまた笑い出した。
「アッハハハ……やはり愚か者は愚か者だな。クレベール、構わん、好きなようにさせてやれ。やればやるほど、己の愚かさ加減が嫌になるだろうからな」
「兄上、よろしいのですか?」
「ああ。構わんとも。無駄足を踏んで大恥をかくのも若い未熟者には良い経験になるんじゃないか? 俺ならごめんだがな」
そこまで言ってスタイリス王子はいきなり真顔になった。
「但し、何も成果が無ければ、先に捜査に行ったこいつらに謝罪が必要だぞ。王族が貴族に頭を下げるのだ。その意味はわかっているな? 陛下にも報告するからな」
「有難うございます。もちろんです」
ユーキの返事を聞いて、スタイリス王子はもう一度笑い出した。
「ククク……ここまで言ってやっても、まだ恥を掻きたがる。愚か者の考えている事は、俺にはわからんな。クレベール、構わん、行かせてやれ」
「わかりました、兄上。ユークリウス殿下、兄上の御許可が得られたのだ。思ったようにするが良い。私も立ち会わせてもらう」
「有難うございます。では、早速向かいたいと思いますが、宜しいでしょうか」
「若いと我慢が利かず、すぐに飛び出すな」
スタイリス王子が言うと、その従者がにやにやと笑う。
だが、ユーキに気にした様子はなく、他の者たちも笑おうとはしない。
「よかろう。では行こう」
クレベール王子が立ち上がりながら言った。
「兄上、今日明日中には全てが片付くでしょう。王都への帰還準備を始められてはいかがでしょうか。陛下への報告の案も作り始められては」
「おいおい、それはお前たちが作るんだろうが。案が出来たら、俺が見てやる」
「わかりました。我々がいない間、他の者は既に判明している事項について、案の作成に取り掛かってくれ。兄上、行って参ります」
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結局代官の部屋には、ユーキとクレベール王子、そしてスタイリスに近しい者のうちで先にその部屋の捜索に当たった一名、そしてそれぞれの従者の六名が向かった。
ベアトリクスも随行したいとユーキに懸命にせがんだが、居残って村での調査結果の報告案を作ることを命じられ、両手を握り締めて無念そうにしていた。
現地に着くと先に捜索に当たった者が貸主から部屋の鍵を借り出して来て部屋の扉の前に立ち、その鍵で開こうとした。
だがユーキはそれを押し留め、ポケットからニードの遺品の六本の鍵束を出した。
「それは?」
「これは代官ニードの遺体から発見された鍵です」
クレベール王子の問いにそう答えると、鍵穴に差しこんで回す。
一本目、二本目の鍵は合わなかったが、三本目でがちゃりと錠が解ける音がした。
扉を開け、従者たちを廊下に残して三人が部屋に入る。
突き当りの窓には厚手のカーテンが掛かっており、暗い。
ユーキは窓に近づきカーテンを開いて鎧戸を押し広げる。
外光が差し込んで室内の様子が一時に明らかになった。
「確かに狭い部屋だな。それに物が少ない」
入り口から右側の壁際の机とベッド。左側には広い敷物の上の大きな水瓶、そして書棚。
部屋の中の家具類を見回して、クレベール王子が率直な感想を述べた。
「そうですね」
ユーキは答えると机に近寄り、また鍵を差して回した。
今度は二本目で音がして、錠が掛かった。もう一度回して解錠する。
その様子を見て、クレベール王子が問い掛ける。
「六本のうち、これで二本が済んだ。後の四本は?」
「部屋の鍵二本は子爵邸の先代と代官の執務室の扉の鍵でしょう。残り二本のうち一本は子爵邸の代官の執務机用として、もう一本はかなり新しいように見えます。恐らく、代官が作成した子爵の執務室の机の合鍵かと思います」
「では、六本の鍵の全てが六個の錠と対になった訳だ。やはり、もう何も無いのではないか? この部屋にも何も無さそうだぞ、ユークリウス殿下」
クレベール王子の疑わし気な声が聞こえるが、ユーキは答えずに考える。
確かに何も無い。無さすぎる。
「本当に何も無い部屋ですね、殿下」
入り口で控えていたクルティスが部屋を覗き込んで言った。
「それに、狭いっていうか、壁が迫ってくる感じがするというか」
「そうだね」
クレベール王子達が無言でこちらを見詰める中、ユーキは顔を上げて部屋の反対側を見た。
大きな書棚の隣に、剣立て代わりの水瓶が敷物の上に置かれており、粗末な模造剣が三本無造作に突っ込まれている。
もう一度、机と寝台を見る。他には何も無い。
代官はこんな簡素な部屋でどう生活していたのだろうか。
考えろ。考えるんだ。代官は死んだ。もう、自分で想像するしかないんだ。
ユーキは『頭の中で自分を動かすの』『想像力を豊かにすることよ』というメリエンネ王女の言葉をふと思い出した。
よし、自分が代官だと思い、頭の中で一日を暮らしてみよう。
この部屋で朝起きて、共同洗面所へ行って用を足して顔を洗い、着替えて子爵邸に出勤する。
昼間中働いて子爵邸で夕食や入浴を済ませて帰って来て、集めて来た請求書や領収書をまとめて裏帳簿の表に記入する。
翌日にそれを子爵邸に持って行って、経理表に適当に上乗せした金額を書くためだ。
終わったら夜着に着替え、暫し酒を飲んで楽しみ、その後に眠りにつく。
…………
ああ、そうか。着替えられない。
何が無いのか、わかった。
顔を上げると、クレベール王子達は全く同じ姿勢でまだこちらを見ている。
自分では随分長く考えたように感じたが、実際にはまだ1分も経っていないのだろう。
ユーキはちょっと自分が可笑しくなって、ニヤリと笑いながら書棚に歩み寄り、そしてその下段の酒瓶を机の上に動かしながら言った。
「クルティス、その水瓶を動かして、敷物をめくってみてくれないか」
クルティスは「失礼します」とクレベール王子に断って部屋に入ると手早く水瓶をどかし、敷物を大きくめくる。
……その下から現れた床板には、物を引きずった跡が付いていた。
全員の目が一斉に集まる。
床のその傷跡は、書棚の下へと続いている。
「クルティス、手伝ってくれ」
「殿下、私一人で大丈夫です。軽いもんです。よっと」
クルティスはそう言うと、書棚を軽々と持ち上げる。
そのまま横に動かしていくと、書棚の後ろに隠れていた小さな扉が現れた。
「……殿下、書棚に本の類が入っていないのは、こういう事だったんですね」
「衣裳部屋か。クローゼットが足りない、ユークリウス殿下、そういう事だったのだな」
クルティスの言葉にクレベール王子が応え、扉に歩み寄って握りを回そうとしたが、錠が掛かっていて回らない。
ユーキは近付いて行き、もう一本の鍵を取り出した。
村の塔の上でケンに渡された鍵だ。
「それは?」
「これも代官の遺体から見付かった鍵です。部屋や机の鍵とは別に持っていたようです。別に持っていたと言う事は、別の意味があるのだろうと思いました」
言いながら鍵穴に差してゆっくりと捻ると、コトリと音がして、回った。
「そんなものを持っていたのなら、なぜ、スタイリス殿下の前で出さなかったのだ? そうすれば、あんな事を言われずに済んだだろうに」
「先に出せば、私がここに来るのを正使殿下にお認めいただけないかもしれないと思いましたので。今回の調査で色々と学ばせていただきました。何を言われても動じるべきではない、手札の全てを先に出すべきじゃない、というのもその中に入っています。クレベール殿下や他の皆も欺くようなことになってしまいましたが」
それを聞いてクレベール王子は「フッ」と笑った。
「策とあらば、止むを得まいな。私たちは殿下にものの見事に踊らされた訳だ」
「真に申し訳ありません」
頭を下げようとするユーキを、クレベール王子は右手を上げて人差し指を左右に小さく振って制する。
「いや、謝罪は不要だ。調査のためだ、気にせずとも良い。折角の趣向なのだ、最後まで踊らせてもらうとしよう」
そしてニヤリと笑顔を造り上げると、その右手を扉の方にヒラリと振りながら芝居めかして言った。
「それでは、いざ、いざ、開けて頂くと致そうか。洞穴から飛び出すのは、さあて、ただの蝙蝠か、あるいはヴァンパイア閣下の御登場かな?」
お読みいただき、有難うございます。




