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第7話 お目見えの後

ユーキの国王へのお目見えの後、それぞれの感想の話です。

前話同日


寒風に吹き続けられた城は、暖房していてもなかなか暖まらない。

冷えが国王の足下から忍び寄って来る。


本日の謁見はファイグル・ツベル男爵継嗣で終わった。

国王が疲れを隠せぬ様子で退出した後、貴族たちもユーキやファイグルについて、好きなことを口々に言いながら謁見室を出て行った。


国王は執務室に移ると、大きな安楽椅子にどっかりと腰を下ろした。

横の同じ様な椅子には王妃が、向き合った応接用のソファには宰相が座った。

侍従が静かに熱い紅茶のカップを配り、部屋の隅に下がって立つ。他には誰もいない。


国王が「はあっ」と大きく息を吐いてからこぼした。


「今日は冷えて疲れたわい。情けない、昔は丸一日謁見を続けても、疲れなど感じなかったがなあ。たった二人でこの有様とは、齢はとりたくないものよなあ」

「その後に城下に忍び出られて、酔っぱらってお戻りになられたことも再々でしたな。王母様にきつく叱られておられました」

「他人事のように言うが、お前も一緒に叱られておっただろうが」

「はっはっは。二十歳を超えて、廊下に直立不動させられるとは、思いませんでした」

「母上は厳しかったからなあ」

「酔いと眠気で姿勢が崩れるたびに、扇子で肩を打たれたことも、今となっては笑い話です」


宰相が如才なく軽い調子で国王に応えていると、王妃が冷たい声で割り込んだ。


「笑い事ではありません。妾は取りなすのが大変だったのですから。妾も怒りたかったのに、母上様の剣幕ときたら、それどころではありませんでしたわ」

「母上は側室であったから、その分、国王の威厳というものを人一倍大事にされていたからなあ。王となった後も、儂には厳しかった。その分、弟たちには甘くて、不公平だと思ったものだ」

「陛下の周りの我々も、厳しく躾けていただきました」

「母上が亡くなられてもう随分経つ。あの頃の仲間も、一人、一人と減っていく。寂しいのう」

「陛下、あまりお嘆きあそばされますな。古い葉がやがて落ちるのは自然な事。その分、新芽が伸びて来ているのではありませんこと?」

「ユークリウスか」


国王は侍従に目配せをした。侍従は心得て部屋から退出し、衛兵と共に扉の脇に立つ。

国王は宰相に尋ねた。


「ユーキをどう見た?」

「真っ直ぐに育たれたと。微笑ましい限りでしたな」

「正直なのは良いが、あれでは貴族どものいい餌食にされるのではないか?」

「まだ幼いのですから。それはこれから失敗を重ねながらも学ばれることでしょう」

「そうであれば良いが。正直者は、正直だけが正義だと思い込みやすい。それでは王族は務まらん。ユーキには、その徴候が見えるように思う」


国王が心配げに言うと、王妃は純白の扇を閉じたり開いたり玩びながら口を挟んだ。


「妾はそうは思いませんわ」

「何?」

「陛下や皆にあれこれと言われて、怒りや悔しさ、不甲斐なさなどを感じても、それを押し殺そう、平静を保とうと一所懸命努力していましたわ」

「そうだな」

「自分の感情を制御し、誇りを保とうとできる者は、もう、馬鹿正直からは抜け出ておりましょう。妾は、好ましく思いました」

「確かにそうですな。姿勢を常に正し、幼いなりに尊厳を保とうとしておられました」

「それはそうなのだが、儂はもっと幼い頃の印象が強すぎてな。成長していないのではないかと心配なのだ」

「幼い頃、とおっしゃいますと?」

「あの時の事ですわね」


国王は背もたれに体を預けると、上を見上げて思い出話を始めた。


「ああ、十年ほど前、奴が四、五歳ぐらいの時か。儂とこいつとで、奴の祖母のマルガレータの所へ私事で行った時のことだ。茶の席で、ユーキの奴もおってな。良く知らぬ偉そうな儂の前で緊張して岩ゴーレムのようにカチコチになっておった。ほぐしてやろうかと思って、グラスの水を持って来てくれと頼んだ。呼び寄せて褒美に飴をやろうと思ったのだ。ところが奴め、緊張しすぎて近くに来て足がもつれてな。儂に水をぶちまけおった。もう絵に描いたように狼狽して、それでも威儀を正して直立不動で謝ってなあ。王族は泣くものではないと躾けられていたのであろう、目に涙が一杯になっても必死に歯を食いしばって我慢しておるのだ。可哀そうやら可笑しいやらで、こっちもどうして良いかわからんで困った」

「陛下が次から気を付けるように、と許された後、お祖母様の所に行ってまた謝って、泣いても良いと許された後はわんわん泣いていましたね。あまりの可愛さに、妾は笑いをこらえるのに苦労しました。あのころから正直で真面目な子でした」

「その印象が強すぎて、なかなか成長が目につかんのかもしれんな」

「母親似ではありませんわね。笑いをこらえると言えば、あの子の母親のマレーネのお目見えの時と言ったら……」


王妃は扇を拡げて笑いを隠す。


「御妃様は笑いを我慢しすぎて腹痛を起こされましたな」

「そうよ。思い出しても笑いが止まりませんわ。陛下に『女性王族としてどう国に貢献するか』と問われて、マレーネったら『私は王族としてこの一身の全てを国に捧げるつもりでおりましたが、そう問われるということは、王族は男女で差があると陛下はお考えの御様子。大変に興味深く、どのように差があるのか具体的に御教示いただきたくお願いいたします』って問い返したのよ。陛下が言葉に詰まって、鼻をつまみ上げられたコボルドのように口をパクパクさせた所、妾はあの時始めてみましたわ」

「そうでした。その後さらに、三代前の女王陛下を引き合いに出されて……」

「その話はもう、止めてくれ。あいつは母親似の気の強い女で、儂は本当に苦手なのだ。いつか、ギャフンと言わせてやりたいものだが。ユーキはそこは似ておらんで良かったわい」

「そうかも知れませんわね。優しくて、頭は良い子で、武術も勉強も真面目に取り組んでいると聞きます。今日のスタイリスのあしらい方も、ただの正直者にはできませんでしたわよ」


国王は宙を見たまま、嘆息した。


「スタイリスか。あれはいかんなあ。あれは姿形は良いが、中身はただの猿だ。自分の方がユーキより順位が上だと、皆に見せつけようと詰問したのであろう。ユーキに人気を褒められて満足したのだろうが、手を振るだけの人形扱いされたのに気が付いておらんとはなあ。この先、心配だ」

「そうおっしゃいますな。スタイリス殿下は、確かに庶民人気を気にしすぎるところはお持ちですが、自分の地位をきちんと意識するのは、王族として当然のことと思います」

「その地位をどう使うべきかまでは、頭が回っておらんようだが」

「それはしかるべき役を得た後のことでしょう」

「お前は相変わらず、スタイリスには甘いな」

「気を付けます」


国王は気分を変えようとしてか、体を起こした。


「まあ、スタイリスもそうだが、ユーキはまだまだこれからだ。どう変わっていくのか楽しみではあるな」

「そうですわね。陛下も、見所があると思えばこそ、あのような問答をされたのでしょう? だめと見限られた者には、さして時間を掛けられませんもの」

「まあな。それではいかんのだが、最近はもうこらえ性が無くてなあ。詰まらん者の相手をすると、気力が続かん」

「ツベル男爵の息子のことですかな?」

「あれはだめだ。いずれ問題を起こすだろう。かといって、儂らが今からどうこうするわけにもいくまい。親も頭が痛かろう」

「私の寄子でなくて、有難い限りです」

「儂にとっては、王族も貴族も国民もみな我が子だ。親や寄親が見放さずにうまく育ててくれれば良いが。まあ、この話はこれまでにしよう。済まんが侍従を呼んでくれ。茶をもう一杯もらうとしよう」


-------------------------------


ユーキは控室で椅子に座ってぐったりと体を伸ばし、謁見が済んだという安堵感に身を浸して休んでいた。

そこに前触れもなく扉が開き、品の良さそうな老貴婦人が勢い込んで入って来た。

ユーキが立ち上がると、駆け寄っていきなり抱き着いてくる。


「ユーキ! 素敵だったわ! さすがは私の孫ね! お母さん、鼻が高かったわ!」

「お祖母様、お久しぶりです。痛いです。お放し下さい」

「あらやだ、昔のように、お母様と呼んで?」


ユーキの事を抱きしめたまま放そうとせず、むしろぐいぐいと腕に力を込めて来る。

この老貴婦人、ユーキの祖母で国王の妹であるマルガレータ王女は、ユーキが幼い頃は同じ邸に住み、忙しい母と交代でユーキの相手をしてくれた。

その時に『私はまだ婆ではない』といい、ユーキに実の母は『母上様』、自分の事は『お母様』と呼ぶように強制したのだ。

それを見て実の母のマレーネ王女まで『じゃあ私は『お姉様』で』とか言い出して、ユーキや周りの者が混乱することもあったが、それを見て『私は若いから、間違えられても仕方がない』と喜んでいるような人物だ。

今は別に住んでおり未だに元気に公務に励んでいるが、夫が亡くなったのを機に王位を継承する意思はもう無いことを国王に伝えている。



「もう大人ですので。お祖母様」

「つれないこと。女性の扱いを憶えないと、陛下のおっしゃった通りになるわよ? そうだ、クルティス、クルティスはどこ?」

「クルティスは未成人なのでここへは来られません」

「そんなの気にする必要ないじゃない。久し振りにあの子も堪能したかったのに……」

「クルティスは七つの頃からお祖母様の腕を逃れる術を身に付けたじゃないですか。もう捕まりませんよ」

「そんなこと試してみないとわからないじゃない。私も最近、腕を上げたのよ? ほら」


マルガレータは抱きしめた腕にまた力を込め、放そうとしない。


「何の腕ですか……とにかくお放しください」



何とかマルガレータの腕から逃れ出ようともがいていると、ユーキの両親であるマレーネ王女とユリアン卿が入って来た。


「ユーキ、立派だったぞ……っと、義母上様、何をなさっているんですか」

「何って、久し振りのユーキを堪能しているの」

「ずるいですわ、母上。ユーキは私のですわ」

「いーえ、私のなの」


母のマレーネとユーキの取り合いを始めて祖母の腕が緩んだところを、何とか振り払った。


「お二人とも、いい加減にしてください!」

「はーい」

「……ケチ」


ユーキは二人から離れ、慎重に距離を取って立つと、姿勢を正した。


「お祖母様、母上様、父上様、本日は私の成人の儀に御出席くださり、誠に有難うございました」


挨拶して、頭を下げる。


「あらあら、ご丁寧に。ユークリウス、成人おめでとう」

「ユークリウス、おめでとう」

「ユークリウス、これからも変わらず励めよ」

「はい」

「堅苦しいことはこれで良いだろう。座って話そう。クーツ、茶を頼む」

「かしこまりました」


全員が椅子に座ると、クーツが茶の準備をするのを待たず、ユリアンは話を始めた。


「ユーキ、さっきはよく頑張ったな」

「陛下は若い者と問答をするのが好きなのよ。というか、若くて見所のある者ね」

「そうですわね。私の時も、伯父様……陛下にはいじめられ……鍛えられましたわ」

「マレーネ、貴女の時は、『数少ない女性王族として、どのように国に貢献するつもりか』でしたっけね」

「へえ……母上は何と答えられたのですか?」

「そうねえ、要約すると、『働くのに女も男もあるもんか』って言ったかしら」

「へ、へえ。それは、いいのでしょうか」

「そうね。貴女、つづめて言うと『三代前の女王陛下にも、そんなふざけたことが問えんのかよ』みたいなことも言っていた気がするわね」

「母上、それはさすがに陛下に対して失礼では」

「そうかしら? 陛下は全く何もおっしゃらなかったわよ」

「それは呆れて絶句されたのでは……」

「かもね。マレーネの答えを聞いているうちに御妃様が急な腹痛を起こされて、私たち、心配で陛下どころじゃなかったしね」

「陛下どころって……御妃様は大丈夫だったのですか?」

「ええ。私も心配で控室に戻られるのに付き添ったのだけど、謁見室を出た途端、大声を出して笑い転げていられたわよ」

「あら、そうでしたの」

「母上……」


ユーキの母親への視線が冷たくなりそうなのを見て、ユリアンが慌てて話題を変えた。


「ま、まあ、マレーネの事は置いておこう。今日はユーキ、お前が主役だ。話を戻すが、陛下の問いに、良く答えたぞ」

「あれで良かったのでしょうか。自分では、不甲斐なかった、もっと良い答えがあったのではと、今も考えていたのですが」

「何を言っているの、ユーキ。良かったわよ。国民を第一に考えろと、陛下もいつもおっしゃっているでしょ。満点よ。お母さん、嬉しくってよ」

「そうね。この後のパーティーでも貴族たちからいろいろ言われるでしょうけど、同じように頑張ってね」

「疲れるだろうが、最初が肝心だからな。一度舐められると、取り返すのに時間が掛かる」

「……緊張します」

「なーに、迂闊な事を言わずに、胸を張って笑っておけばよい。『コボルドは吠えるがフェンリルは無口だ』と言うだろう。口数が多いほど、中身が少なく見えるものだ」

「そうね、それに、しばらくすればどうせスタイリスが話題も人も全部持って行ってくれるから、そしたら帰っちゃっても大丈夫よ」


祖母の言い様にユーキは苦笑いした。

スタイリス王子はその美形ぶりで、常にパーティーの花形である。

どんな目的のパーティーでも、途中からはスタイリス王子の周りに令嬢方の人垣ができ、その周りを男たちがうろうろしている、というのがお馴染みの光景である。

スタイリス王子自身も嫌がるどころか、それが当然として振る舞っているので、人垣は厚くなる一方なのだった。



結局この日もパーティーの当初こそ、新王族であるユーキに注目が集まったが、すぐにスタイリス王子がおのずと視線を全部持って行き、ユーキとしては無事にすますことができて幸いだった。

もちろん、ユーキが初めて大勢の目の前で踊ったダンスをスタイリス王子は『マリオネットの棒人形のようだな。あるいは魔力の切れかかった木ゴーレムか?』と御高評下さり、さらにその後にあてつけがましく、そばにいた伯爵令嬢を相手にお手本のようなダンスをお見せ下さったのだが。

あまりに鮮やかなステップに、周囲はその前に踊ったユーキの事を忘れ去ったほどで、有難くもあり、また苦笑いするしかなかった。

いみじくも、マルガレータが言った通りだった。


「こういう時だけは役立って便利なのよ、あの子」


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その日のパーティーでは、会場の片隅でこんな会話もなされていた。


「シェルケン侯爵閣下、ユークリウス殿下が気に入ったの?」

「ペトラ姉さんか。びっくりするから後ろから声を掛けないでいただきたい」

「あら、後ろ暗い事でもおあり? そのしかめ面、謁見室での作り笑顔とは大違いね」

「人聞きの悪いことを。あんな若僧、どうでも良いが、ああ言っておけば印象はいいでしょうからな」

「あら、私は悪くないと思ってよ。若くて可愛い子じゃない」

「スタイリス殿下には程遠いと思いますが?」

「嫌よ。スタイリス殿下はもう薹が立っちゃっているわ。私には、これからフローラがやって来るユークリウス殿下の方が。それに、そこまで美形でなくても、王族の血が入っているだけあって、悪くない顔よ? 上手く取り込めたら、私に頂戴ね。ふふふふ、楽しみ」

「しっ。声が大きいですぞ、姉上」

次話、王太子の長女、メリエンネが登場します。

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