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風の国のお伽話  作者: 花時雨


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第78話 子爵の母

承前


会議室に戻るとスタイリス王子は、机を挟んで子爵と向かい合って座った。

少し遅れてクレベール王子が隣に着座する。

従僕が茶を配って退室するのを待ち、スタイリス王子が薄笑いを浮かべながらゆっくりと口を開く。


「子爵、代官を怪しいと思ったことは無かったのかな?」

「恐れ入ります。シェルケン侯爵から薦められた者ゆえ、ついぞ疑いませんでした」

「シェルケン侯か、ふうん……」


スタイリス王子が小首を傾げていると、クレベール王子が子爵に尋ねた。


「子爵、執務室には金庫の類が見当たりませんでしたが」

「はい、父の頃からあの部屋には金庫はありません」

「現金の類はどうされているのですか?」

「家令のところに小型の金庫があり、当座の入用はそこに入れております。そこには現金しか入れておりません」

「では、それ以上の資金は?」

「父が、金庫の金は死に金だと言って、商人ギルド、職人ギルド、傭兵ギルドに

それぞれ低利で預けておりました。金に、活きも死にも無いだろうと思うのですが……」

「そうですか」

「はい。まとまった金が必要になった場合は、代官と家令がギルドから引き出せますが、事後にギルドから私に連絡が来るようになっております。二度、商人ギルドから連絡が来て、使途を代官と家令に問い合わせた所、私の継爵と王都での経費だと返事がきました。それ以来はありません」

「なるほど。現時点での残高を確認された方が良いかもしれませんね。領印を代官に預け切りにしているのもいかがでしょうか」

「お恥ずかしい次第です。印は父が、体調が悪くなった時に前の代官に預けておりました。今の代官もそういうものだと言うので、信じて預けたままにしていた次第です。そうすべきではなかったのですね」

「もし、」

「子爵、ちょっと領地の方をおろそかにしたな」


恥じ入る子爵にクレベール王子が続けて何かを言おうとしたが、スタイリス王子が楽しそうに声を被せた。

子爵はさらに恐縮した声で答える。


「私としてはそういうつもりはなかったのですが」

「王都では、あちらこちらの宴に出ているようだが」

「さほどではありません。殿下をお見掛けすることもありましたが、なかなか挨拶させていただくことが出来ず、申し訳ありませんでした。殿下は常に座の中心におられて照月のように眩しく、私のような者からは声を掛けさせていただくことも難しいです」

「そうかな?」

「はい。高名な諸侯、令嬢方に囲まれてお話しされているお姿は、私のような田舎貴族には輝かしく眩しく、ただ憧れの存在です」

「ははは、口が巧いな。私としては静かに時間を過ごしたいという思いもあるのだが、貴族や令嬢方の相手をするのも王族の勤めのうちなのでな。止むを得ん」

「心得ております。貴族一同、殿下に感謝しております。今後は私もお話の座に加えていただければ有難く思います」

「機会があればな。が、子爵は宴に出る以外にも、王都では何かと忙しいのではないか?」

「は?」

「見目美しい側女を連れて、王都を闊歩しているそうだな」

「いえ、あれは! ……側女などではなく、ただの侍女でございまして……」

「構わんではないか。貴族家の当主だ、側女の一人や二人がいた所で、何の差支えもないだろう。迂闊に正妃を娶るより、適当に気楽に扱えて良いのではないか?」

「殿下、その仰りようは」


クレベール王子が口を挟む。

彼の母親はスタイリス王子と異なり、側室である。

さすがに気に障ったようだ。


「ん? 何だ? ああ、気にするな、クレベール。軽い冗談じゃないか」

「そうでしたか。失礼しました」



二人のやり取りに子爵が言葉を詰まらせていたその時、トン、トン、トン、トンと扉が叩かれた。


「入れ」


クレベール王子が応えると、静かに開かれた扉から壮年の婦人が同年配の侍女を伴って入って来た。

子爵が慌てて立って歩み寄ろうとするが、婦人は落ち着いて手を上げてそれを制し、子爵の側に回り両王子に向かうと濃紺のドレスの裾をつまんで膝を折り、白髪交じりの灰褐色の髪を結い上げた頭を静かに下げて淑やかに礼をした。

年季の入った優雅な作法だが、ドレスの色が映っただけではないだろう、顔色が良くない。


「スタイリス殿下、クレベール殿下、母を紹介させていただきたく存じます」


子爵が申し出たが、スタイリス王子は断った。


「いや、母君とは旧知だ。ピオニル夫人、久し振りだな」「夫人、お久し振りです」

「正使殿下、副使殿下、御無沙汰いたしております。このような席ではありますが、久方ぶりに御目文字が叶い、恐悦至極に存じます」

「うむ。そう堅苦しくされずとも良い」

「ありがとうございます、スタイリス殿下」

「殿下、夫人は体調があまりよろしくなさそうに思われます。夫人、まずは座られてはいかがか」

「クレベール殿下、お気遣いいただき有難うございます。失礼いたします」


クレベール王子に勧められ、ピオニル夫人は子爵の横の席に座る。

子爵もぎこちなく席に戻った。


「この度は私共の不始末により、国王陛下に御心配をおかけし、両殿下に御迷惑をおかけした事、深くお詫びいたします。申し訳ありませんでした」


席に着いたままではあったが、夫人はスタイリス王子に向かって深々と頭を下げた。机に擦り付けんばかりである。


「うむ、だが、夫人がなされたことではなかろう。お手前が謝られるには当たらぬのではないか?」

「いえ、私共……亡き夫と私の、この者への教育が行き届かなかったために生じた事、私にも責任はあったと心得ております。もったいなくも国王陛下から爵位を戴く貴族の親として、至らなかったことをただただ恥じ入る次第でございます」


夫人はぴくりとも頭を動かさずに答える。

息子に代わって謝罪と恭順の意をひたすらに示そうとする夫人に、スタイリス王子も絆されるものを感じざるを得ないようだ。


「殊勝な物言い、感じ入ったぞ。面を上げられよ。現時点では、どうもこちらの代官の手落ち、いや、不心得が端緒となっているように心証を得ている。良い代官を得られなかったこと、不運であられたな」


スタイリス王子が労わる声を出すと、夫人は少しだけ頭の角度を上げた。

それでも、視線は机に落としたままである。


「恐れ入りましてございます。あの者がここへ初めて参った時、貴族家で重要な役割を担うような者ではない、それどころか私を見下すようにすら感じました。

ただ、この子にはこの子の考えがあり、現在の当主の決定は尊重せねばならぬと。

今思えば、あの時に強く反対すべきでした」

「後悔しておられる、と」

「はい。この子が王都に戻りましてからはあの者の専横が目立つようになり、注意しようとしましたが多忙を言い張って私と会おうとせず。私の侍女の一人が抗議したところ、その者は辞めさせられました。長く勤めてくれた者でしたが」

「それはまた、御無念であったろう。何とかできなかったのか?」

「クリーゲブルグ辺境伯様と通じていると言われまして。実際に昔に辺境伯様に薦められて用いた者でしたので、何ともならず」

「つくづくお気の毒であったな」


スタイリス王子の口調がますます優しくなるのに力を得て、夫人はようやく頭を上げ王子の顔を見た。


「有難うございます。正使スタイリス殿下の御厚情に甘え、お膝に縋らせていただきたいことがございます」

「何かな?」

「この度の事、子爵に監督不行き届きがあったことは申し訳なく、お詫びいたします。ですが、代官がしでかした事がこの子に押し付けられ、その罰まで引き受けさせられることの無いよう、何卒御温情を賜りたく、お願い申し上げます」


そう言って夫人はまた深く頭を下げた。横で子爵も慌てて頭を下げる。

しかしながら、処断を監察使が勝手に決める訳には行かない。

正使がそれを言っては角が立つので、クレベール王子は横から答えようとした。


「夫人、お気持ちはわかりますが、我々は事情を調べて陛下に報告するのみ。全ての御裁断は陛下が下される事を御承知おきください」

「まあ、待て、クレベール。それはその通りだが、事実を伝えるとともに我々の心証もまた陛下に報告せねばならん。夫人はそこの所を言われているのだろう。それに代官の罪で生じる罰を受けるべきは代官だ。夫人の言われる事にも無理は無い」

「しかし、殿下」

「くどい。控えておれ」

「はい」


スタイリス王子は慇懃な態度を取り続ける夫人に対して鷹揚さを崩さず、美顔を一層柔らかくして微笑みかける。

どうやら場の雰囲気に酔っているらしい。


「夫人、代官に全ての非があるかどうかはこれからの調査次第。だが、子爵家は何代も続く古い家柄、陛下も無碍にはなさらんと思う。正使である私もまた同じ気持ちだ」

「殿下、嬉しうございます」

「其処元のお気持ちは伝わったので安心されよ。顔色が良くないようだ、後は子爵に任せて休まれてはどうか」

「はい。お優しいお言葉、有難うございます。くれぐれもよろしくお願いいたします」

「うむ」


場の成り行きはもうどうしようもない。

クレベール王子は呆れたが、そちらは諦めてそのままにして、別の段取りを進めることにした。


「殿下、ちょっとよろしいですか?」

「何だ、クレベール」

「はい、夫人にお願いが」

「何でしょうか」

「いずれ、先代の子爵の私室を拝見させていただくかもしれません」

「それは……形見の品が多くございますので。代官も立ち入らせてはおりません」

「もちろん、大切な品々を傷つけるようなことはしませんが、役目柄、必要であれば確認せざるを得ませんので」

「私や娘の……子爵の亡き姉の部屋もでしょうか?」

「いえ、そこまでは結構です。もしどうしても必要な場合には、改めてお願いいたします」

「承知いたしました。先代の私室の鍵はこの者に預けておきます。立会いもこの者にさせて下さい」

「はい」

「では、失礼いたします」


夫人は立ち上がる際によろけそうになったが、侍女の手を借りて礼をすると、静かに部屋を退出した。



「親というのは有難いものですね」


クレベール王子がぽつりと言った。


「そう思うなら、せいぜいお前も自分の親に孝養を尽くすことだな」


兄弟とも思えぬスタイリス王子の答えに、クレベール王子は一瞬息をのんで顔を歪め、目を鋭く細めてスタイリス王子の方に走らせたが、それと気づかれぬうちに静かに答えた。


「はい、そのように努めます」


お読みいただき、有難うございます。


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