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風の国のお伽話  作者: 花時雨


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第77話 執務室

承前


ピオニル子爵は監察団の先に立って廊下を案内した。

それほどまでに大きな邸ではなく、二階の執務室にはすぐに着いた。


扉に鍵を差そうとするとする子爵に、監察団の随行の一人が尋ねた。


「子爵様、ここの鍵は他にどなたがお持ちなのでしょうかしら?」

「代官に一本預けてあります」

「それ以外には?」

「家令が非常用に全ての部屋の鍵を一本保管しておりますが、それは非常時以外は使用しないことになっています。後ほど家令に確認します。父の私室の方の鍵は母が持っており、私は持っていません。そちらは形見の物が多く、母が片付けたがりません」

「そうなのですか」


子爵は扉を開いて監察団を招き入れた。


「どうぞお入りください」


スタイリス王子を先頭に、中に入る。

部屋はそれほど広くはなく、全員は入れないので半数ほどは廊下で待機することになった。


「ふん」


スタイリス王子が部屋を見回す。


「どうということもない部屋だな」


クレベール王子も同様に見回していたが、首を傾げた。


「酒臭くありませんか?」

「確かにな。微かだが」


スタイリス王子は子爵の方を見て尋ねた。


「この部屋で酒を飲んだことは?」

「ありません。実は継爵してから、私は数度、短時間しかこの部屋に入っておりませんし、父がいた頃もこの部屋には殆ど入ったことがありませんでした。姉はしばしば呼ばれておりましたが」

「ふん、今回、帰領してからもか?」

「はい、概ね私自身の私室の方を使っておりましたので。先程も申しましたが、この部屋のものにはほとんど触っておりません」

「そうか」


スタイリス王子は訝しげに首を捻り、クレベール王子が質問を引き継いだ。


「子爵、以前に入った時と比べて、何か変わったことはありませんか?」

「特には……強いて言えば、何かすっきりとしているように思います。机周りも変わったような……ああ、机の上にあった文房具が片付けられています」

「机か。ユークリウス、調べてみろ」

「はい」


スタイリス王子の命に従い、ユーキが机の後ろに回る。

そこにあったのは、貴族の当主が用いるとは思えない、頑丈そうではあるが飾り気がない木の椅子だった。


「子爵、実用的な椅子を用いておられるのですね」

「は? ……これは父の椅子ではありません。ひょっとするとどこかへ移したのかもしれません」

「引き出しの鍵はありますでしょうか?」

「私は持っておりません。母が持っているかもしれません」

「そうですか」


ユーキが何の気なしに右側の一番上の引き出しを引いてみると、すっと出て来た。


「施錠されていませんね」


順番に開けていくと、一番上と二段目にはペンやインク、紙等の文房具が入っていたが、三段目には何も入っていない。


「大したものはありませんね」

「ユークリウス、左側はどうだ?」

「はい。こちらは……上二段はやはり空ですね。三段目は……あれ? 重いな……酒ですね」


そこには、酒瓶とグラスが入っていた。

ユーキが机の上に取り出すと、クレベール王子がその瓶を手に取った。


「……これは王都製ですね。なかなかの上物です。封は切れていて……中身も減っていますね」

「子爵の物かな?」

「いいえ。そもそも私はこの部屋を殆ど用いていません。継爵後に一度か二度、入っただけで。引き出しには錠が掛かっていたはずですが……確実には憶えていませんが」


子爵はこの部屋に入ってからは淀みなく答えており、表情を見ても嘘を言っているようには思えない。

この部屋は実際に調べもせず、使ってもいないのだろう。


「先代はここで酒を飲んでいたのかな?」

「いえ、父は仕事と私事のけじめをはっきりつけておりましたし、酒は私室の方で飲んでおりました」

「すると、この酒は誰の物だ?」

「やはり、代官と考えるのが自然でしょうか、スタイリス殿下」

「しかし子爵の記憶が確かなら、机は錠が掛かっていたんだろう?」


スタイリス、クレベール両王子が子爵の答えを吟味していると、その間に机を詳細に調べていたユーキが声を出した。


「あ……。この鍵穴を見ていただけますか?」

「ユークリウス、どうした?」

「少しですが、何か白っぽいものがこびりついています」

「これは恐らく、蝋でしょう。蝋で型を取って合鍵を作る、という話を聞いた事があります」

「クレベール、合鍵か。まるで泥棒だな。合鍵で引き出しを漁った挙句に、領主気取りで酒を嘗めて悦に入っていたわけか。せっかく作った鍵も掛けずにいる間抜けがやりそうなことだな」


せせら笑うスタイリス王子に、クレベール王子が進言する。


「殿下、これは早急に代官を取り調べるべきかと」

「うむ」

「子爵、代官はどこへ行ったのですか? 早急に出頭させるように」

「それが……予定では明日戻ることになっております」

「よもや、逃亡したりしないでしょうね」

「いえ、そのような事は。衛兵隊を伴っておりますので、あり得ないと思います」

「衛兵隊を? どこへ行ったのだ」

「……それは……」


慌てて言った答に対してスタイリス王子に問いを重ねられて、子爵は口を手で押さえた。


「はっきり言え」

「……ネルント開拓村です」

「ネルント開拓村? 訴え出た、件の村ですか? 何をしに行ったのですか?」


クレベール王子が声を高めて問い詰めるその勢いに、子爵は俯いて声が小さくなる。


「えっと、それはつまり、和解を求めて話し合いに、と申しておりました」

「和解? つまり、訴えがあったことを知って、直接の話し合いをしようとしたのですか?」

「はい。穏便に済めばと」

「我々がこちらに向かっていることを承知の上で、ですか」

「いえ、その、殿下方のお手を煩わせてはいけないと思いまして」

「それを子爵が命じたのですね」

「いえ、命じたというか、代官からの申し出を許可しただけです」


クレベール王子は目を細めて子爵の目を見詰める。

冷静さを取り戻し、声の調子も元に戻った。


「……衛兵隊とおっしゃいましたが、何人連れて行きましたか?」

「えっと、代官を含め、約20名と申しておりました」

「穏便な話し合いに20名で行ったのですか」

「多かったでしょうか?」

「それを我々に尋ねられましてもね」

「くっ」


言葉に詰まる子爵に、周りから失笑が洩れる。

スタイリス王子も半ば笑いながらも、取りなした。


「クレベール、まあいいじゃないか。領主を相手取って陛下に訴え出るような恐れ知らずの連中だ。護衛を多くしたいと思っても仕方がないだろう」

「それにしても20名とは大仰に過ぎるでしょう。何かの拍子に衝突して、村民を傷つけていないと良いのですが」

「まあ、ここで言っても仕方あるまい。今から慌てて人を遣っても遅かろう。明日にはもう戻ってくるのだろう」

「ええ、代官は帰りを待った方が良さそうですね、殿下。代官がいないうちに、その者の執務室も調べましょうか」

「そうだな。良いな? 子爵」

「では、家令に鍵を持ってこさせます」



代官の執務室は子爵のものより小ぶりで、広さだけを見れば、代官のそれらしかった。

ただ、こちらには壁に一幅の絵が飾られていた。

中天高く昇った満月の下、一面に咲き揃った花の森の広場で、篝火に照らされて優美な妖精たちが舞い踊っている。

その絵を見て、スタイリス王子が感心して声を上げた。


「これは、春月の下で踊るニンフたちか。なかなかのものだな」

「これは……元は、父の執務室にあったものです。それに、執務用の椅子もここの物と入れ替えられております」

「子爵、どうやら、とんだ代官をお召し抱えになっておられるようだな」

「……お恥ずかしい限りです。戻り次第、糾明したく、」

「いや、取り調べは我々が先に行う」

「子爵、絵の裏を調べさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「はい、クレベール殿下。どうぞ」

「では、誰か、そっと外してくれ」

「私がやります」


ユーキがクレベール王子の指示に応じると、スタイリス王子が機嫌よさげに声を掛けて来た。


「ああ、ユークリウス。お前は今回は見習いだ。その調子でどんどん励むことだ」

「はい、スタイリス殿下。有難うございます。……裏はうっすらとですが、一様に埃が付いております。最近は絵を壁からも額からも外していないようです。開けてみますか?」

「ええ、念のため、開けてみてください」

「はい。……特に何もありませんね。ですが、絵の裏に何か書いてあります。……『継爵を祝う。わが友の春が長く続くように、これまでも、これからも、心をこめて祈る。辺境伯ゲアハルト・クリーゲブルグ』」

「友情の証か」

「そのようですね、スタイリス殿下。辺境伯はこの絵を贈った時には、やがて友人の息子を訴えることになるとは思いもしなかったでしょうね……」

「そうだな、クレベール。運命とは妙なものということか?」

「妙。そうですね。美しくもあり、過酷でもあり、でしょうか」


二人が話をしている間、ユーキは何も言わずに二人の言葉を聞きながら絵の裏の文字をじっと見詰め、心の中で「(クリーゲブルグ卿は誰のために訴え出たのだろうか)」と呟いていた。

その後に額を丁寧に壁に戻すとスタイリス王子に尋ねた。


「続いて机を調べてもよろしいでしょうか」

「ああ、ユークリウス、やれ」

「はい。……机の上の書類は、関税の徴収に関するもののようです。税率は別として、通常のもののように思われます。引き出しは……やはり錠は掛かっておりません」

「手癖が悪いのに、自分自身は扉さえ錠を掛けておけば安全と思い込んでいるのか。迂闊な奴だな」

「引き出しの中にも書類があります。農政、……ギルド関連、……衛兵経費、……人件費。領政に関する各種書類が入っているようですが、件の契約書に関するものは、ざっと見た所では無いようです。後は文房具や印の類ですね。この印は恐らく領印でしょうか。その他に特段変わったものは見当たりません」

「ユークリウス、もっと詳しく探せ」

「そうですね。この書類の内容、さきほどの先代子爵の執務室、それから子爵御自身の私室も手分けしてざっと調べさせましょう。殿下、少し時間が掛かるでしょうから、我々二人は一度会議室に戻って待つことにいたしませんか?」

「クレベール、いいだろう。そうするとしよう」


クレベール王子は子爵を振り返って言った。


「子爵、お家の方を各部屋で立ち会わせて下さい。御自身は我々とともに会議室にお戻りくだされば」

「私の部屋には領政関係のものは殆どありませんが、承知しました。立会いを手配します」

「ユークリウス殿下、書棚等も遺漏なく調べるように。では、後を頼みます」

「承知しました、クレベール殿下」

お読みいただき有難うございます。

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