第6話 国王へのお目見え
ユーキが国王に謁見します。最初の試練です。
国王によるセクハラ発言が二、三あります。
お嫌いな方は御注意下さい。
王国歴220年2月(ユーキ15歳)
ヴィンティア王国の王城に寒風が吹きつけている。
もちろん城内のユーキがいる控室には外の冷たい風は入って来ないが、ユーキには城全体が冷え切っているように思える。
体が震えるのを感じたが、これは寒いからであって、国王が謁見室で自分を待ち構えているからではない、僕は怖がってはいない、そう自分に言い聞かせた。
ユーキは15歳の誕生日を迎えた。
この国では15歳になると成人と認められ、婚姻も可能になる。
教会での成人の儀の後に、王族や、貴族の継嗣は国王陛下に謁見し、お目見えとなる。
ユーキは大伯父である国王には、私的な席では何度も会ったことがあるが、公式にはこの謁見が初めてとなる。
祖母と家長である母、そして父の立会いの下、王都にある教会の総本部で成人の儀を終えたユーキは家族と共に王城の控室に向かった。
家族はそこで別れ、先に謁見室に入る。
宰相を始めとした主だった貴族も、新たなる成人王族の門出を観ようと広い謁見室の両側に立ち並んでいるだろう。
祖父の実家であるウルブール侯爵や父の実家であるウィルヘルム伯爵など、縁のあるものは暖かい目で見守ってくれるだろうが、それ以外の貴族の多くはそうではあるまい。
身震いを懸命にこらえるうちに侍従に呼ばれ、従って謁見室に向かう。
衛兵の手で大きな高い扉が重々しく開かれ、侍従が脇により、ユーキの名を声高らかに呼ぶ。
「王大甥ユークリウス・ウィルヘルム・ヴィンティア殿下!」
一面に敷物が厚く敷かれた部屋を大股に真っ直ぐに進み、国王陛下・妃殿下の玉座の前の奥行きの深い三段の階を二段上がる。
そこで片膝を突き頭を垂れ、国王の言葉を待つ。
国王は玉座から立ち上がり、王妃を伴ってユーキの前に立った。
「ユークリウス・ウィルヘルム・ヴィンティア。成人を言祝ぐ。これよりは正式に王家の一員として、国のために力を尽くせ」
「ありがとうございます、陛下」
「宰相、剣を」
「はっ、これに」
ミンステル宰相が王家の剣を国王に差し出す。
もちろん鞘も束も金銀宝石で装飾たっぷりで、中身は刃引きした儀礼用の剣だ。
国王はその鞘を握って差し出した。
「汝に剣を授ける。国に事あらば、揮うことを躊躇うな。国民の先に立ち、武を示せ」
「承りました」
ユーキは答えて両手で剣を受け取った。
国王と王妃は玉座に戻って座る。
これであっさり終わるかと思ったらそうではなかった。
国王はユーキが儀礼剣を宰相に返し、再び自分の前に跪く様子を見ながら、重々しく語り掛けた。
「国民を愛せよ?」
「はい、何よりも国民を愛します」
返すユーキに国王はニヤッと笑った。
「汝の将来の妃よりもか?」
「もちろんです、陛下」
ユーキは迷わず即答する。
「あー、そこはちょっとは躊躇って見せんと。今ので、妃の成り手が減ったぞ?」
「で、ですが陛下……」
「妃を愛してくれんと、次代の王族が生まれなくなって、困るのだが……。気持ちはわかるが、そこを何とか、愛し合ってくれんか?」
重々しい声で、陛下はいったい何を言っているのか。しかも大勢の王族貴族の前で。
ユーキの顔が、火が着いたように熱くなる。
真っ赤になっているのが自分でもわかる。
何と言っていいのかわからない。
「陛下、お若い殿下をおからかいになるのは……」
宰相が口を挟む。
「いかんか?」
「いえ、祝賀の宴の楽しみに取っておかれるべきかと」
謁見室に集まった貴族一同がどっと笑った。
ユーキは顔を緋色に染めたまま、黙って頭を下げていることしかできない。
「わかった、この位にしておこう」
国王は威儀を正した。
声は重々しいままだ。
いったいどうやったら、口調も変えずにあのような冗談を言えるのか。
「ユークリウス、立って良い。お前はどのような王族に成りたいか」
ユーキも立ち上がり、姿勢を直す。
「国民を信頼し、また国民から信頼される王族と成りたいと思います」
「どのようにすれば、国民から信頼されると考えるか」
「陛下のお言葉のように、国民のために力を尽くすこと、そして何より国民が幸せに暮らせるように励むことかと考えます」
「恐れながら」
いきなり、国王の両側に立ち並んだ王族の中、ユーキの再従兄であるスタイリス王子から横やりが入った。
「何だ、スタイリス。申せ」
「陛下、ただ国民のために働くだけでは、侮りを受けるだけとなりましょう。尽くせば信頼を得られるというのは、安直に過ぎます。王族たる威厳を示さずに、尊敬されるはずもありますまい」
「ふむ。ユークリウス、どうかな?」
冷汗が脇の下を流れていくのを感じる。
落ち着け、僕はおかしなことは言っていないはずだ。
「スタイリス殿下のおっしゃられること、もっともと思います。ただ、国民に尽くすというのは、行いです。威厳を保つというのは態度です。この二つは両立しうるものと考えます」
「威厳を失わぬながらも国民に尽くすことはできる、と言うのか」
「できます。できると信じております」
「確かに信じることは誰でもできましょう。それが実際にできるかは、別の話では? ユークリウスの言ったことは、夢の中……失礼、幼い者の理想論に過ぎないように思われます」
再びスタイリス王子が口を挟んだ。
「ふむ。スタイリス、お前も儂から見ればどっこいどっこいの若さだがのう」
国王が疑わし気にスタイリス王子に応えると、貴族たちの間に声を抑えた笑いが広がる。
国王はその笑いを気に留めず、ユーキに向いた。
「ユークリウス、具体的な事を述べてはどうかな?」
確かに僕はこの場で一番若い。だが、幼児扱いされる謂れはない。
声が高くなりそうなのをこらえて答える。
「陛下は常々、王族は国民の事を良く知らねばならないと仰せになります。御自身も御即位の前、あるいはその後も暫くはお忍びで市井に出られ、民と交わることも多かったとか。それでも威厳を失い、侮られるようなことはなかったと伺っております」
「追従はうまいな」
スタイリス王子が独り言のように大声で言う。
ユーキの顔はさらに赤くなる。
声が大きくなりそうなのを、手を握りしめてこらえる。
「あるいは、スタイリス殿下もそうです。陛下の誕生日の参賀の場で国民の前に王族が立つ際に、陛下、妃殿下の次に歓声や拍手が多いのはスタイリス殿下です。それに答えて、親し気に手を振られる際の態度、それは威厳と親しみの両方を備えておられ、手本とすべきものと心得ています」
スタイリス王子は急に満足そうな顔にかわった。
先ほどまで吊り上げていた眼が、今は笑っている。
陛下を讃えれば追従扱いしていたが、自分のことになると満足げだ。
「失礼ながら、それは陛下やスタイリス殿下の御人徳では。ユークリウス殿下御自身はいかがなのでしょうか」
スタイリス王子の取り巻きのブルフ伯爵だ。
スタイリス王子が緩んだから代わりに追及か。
だが、王族でない者にどうこう言われる覚えはない。
ユーキはそちらに向き直る。
「私に威厳が無いと言われるのか」
「これまでに威厳を示されたことは無いように思われますが」
また笑いが広がる。今度のは僕を侮る笑いだ。
俯かない。俯いてなるものか。
背筋を伸ばし、毅然として伯爵を見る。
「ではお尋ねする。私は本日始めて、陛下に成人王族とお認めいただいた。これまでに王族として威厳を示すべき場があったと言われるなら、それはどこであったのか。今日この場で威厳を失ったと言われるなら、それはいつであったのか。是非お教えいただきたい」
「そ、それは……」
「愚生には、お若いのに誠に立派な御様子に見えますな。……これは失礼」
宰相の次官であるシェルケン侯爵が口を挟み、スタイリス王子に冷ややかな目で見られて頭を下げた。
ユーキはもうブルフ伯には目もくれず、国王に真っ直ぐ向き直る。
「私はまだ、何の経験もない身。至らぬ点も多いと承知しております。その分、先人の事跡を学び、陛下や皆様を見習い、王族としての誇りを忘れずに国民のために働きたいと思います」
それを聞いて宰相が国王の方を見て言った。
「確かに殿下は王家の方々の中で一番お若い。功績も何も持っておられません。しかしその分、これから経験を積み、伸びていく余地も最もたくさん持っておられる。楽しみなことですな、陛下」
「それはそうだな。ユークリウス、一つで良い。現在の国の状況で、何か気が付いたことがあれば言ってみよ。何でも良い。そうすれば、皆もお前が口先だけの男ではないとわかるだろう」
国王の、ユーキのこれまでの学びを試す問いに、ユーキは背を伸ばし胸を張った。
大きく息を吸い、逸る心を鎮めてから声を張った。
「では、申し上げます。私は国内諸領の産物について、導師から学びました。その中で、主たる農作物が、ほとんどの領でことごとく小麦であることに気が付きました」
「それは国民の主食であり需要が大きいから、当然ではないのか」
「はい、当然かもしれません。国内どこでも、当然のように小麦を作る。そうしますと、豊作の時は国全体が豊作に、不作の時は不作になります」
貴族たちが顔を見合わせる。ひそひそとささやく声が、漣となって拡がる。
「それはすなわち、豊作・不作の際の価格変動が著しくなりかねない危険を秘めています。また、ひとたび病虫害が生じれば、国全体の凶作として国民の生命を脅かしかねません。その不安を減らすためには、小麦以外に主食となり得る作物を奨励すべきかと存じます」
「なるほど。どの領も人口が増えており、小麦の作付けが増えているのはその通りです。このところ長く平作が続いて小麦の価格が安定しておりましたが、殿下のおっしゃる危険性は確かにありますな」
宰相の口添えに、国王は頷きながらもユーキへの問いを重ねた。
「うむ、しかし、何を作るかは、各領に任されている。危ういと言われても、それぞれが対処するのは難しくはないか?」
「であればこそ、国が主導して各領を、国民を導くべきかと」
「具体的には?」
「新たなる作物の種子の無償あるいは安価での配布、作付けの奨励金交付などが可能かと。また、その料理法を広めるのも良いでしょう。我々王族が率先してそれを食してみせれば効果は大きいと思います」
「畏れながら、その際には、我々もお相伴させていただきたいものですな」
シェルケン侯爵がニコニコ笑いながら言う。
「ふむ。ユークリウス、この策は自分で考えたのか? それとも博士に教えてもらったのか?」
「はい。作付けの状況について、また、作況と価格の関係について博士から習いました。その際に、これらから導き出される問題について考察するように課題を出され、これはその私なりの解答です」
「ふーむ、正直な男よのう。ここは、『全て自分で考えた』と胸を張るのが王族・貴族というものだが」
一同がまたどっと笑った。
「正直は美徳だが、その上に『馬鹿』がつくと、侮りを受けるぞ? まあ良い。その策は実施するには様々な問題があるが、それは仕方がない。この先、政の仕組みを学べば、さらに具体的に考えることもできるようになるだろう。お前が普段から国の事、国民の事を真面目に考えているのは良く分かった。この先こそが本番だ。王族の本分を忘れず、国民のために励め」
「はっ」
「威厳を保つのも忘れずにな?」
「……はい」
もう一度笑いが広がる。
国王は再度威儀を正した。ユーキも今一度、背を伸ばす。
「ユークリウス、改めて、成人を祝う。本日は大儀であった。下がってよい」
「ありがとうございます。失礼いたします」
ユーキは最後まで胸を張り、謁見室を辞した。
ユーキが退室するのを見届けると、宰相が国王に尋ねた。
「次はツベル男爵の継嗣ですが、一休みされますか?」
「ツベルか。疲れるのう。まあ良い、通せ」
ユーキは謁見室を出ると、控室に向かった。
途中、廊下で若い貴族とすれ違った。
ユーキと同い齢だろうか、少し上だろうか、やや背が高く、濃い茶色の髪をしている。
すれ違う際に相手は無表情の青い目でこちらを上からちらっと見下ろして通り過ぎた。
王族を無視するとはと、ちょっと驚いて振り返ると、謁見室の前で服装を正している。
「ツベル男爵継嗣、ファイグル・ツベル様!」
名前を呼ばれ、謁見室に入っていく。
恐らく、陛下への謁見の直前で、緊張して周りが目に入らなかったのだろう。
ユーキはさっきの自分を思い出して、同情した。
「頑張って」
つぶやくと、再び控室に向かった。
次話、謁見の後刻のお話です。