第73話 投降
今回、人が死ぬシーンがあります。
お嫌いな方は御注意下さい。
承前
坂上
ケンたちは耳を澄ませていた。
坂には敵の姿は無い。
二度目の敵の攻撃は、引き付けて砂で足を滑らせたところを狙って丸石を落として押し返した。
最後は大岩を敵に見せ付けるように坂上に持ってきたのが決め手になったようだ。
岩が動かなくなった時は少し焦ったが、押していた連中をベノがうまく落ち着かせてくれ、少し戻して楔になっていた小石を取り除いた後はスムーズに動いてほっとした。
敵はあと少しという所で逃げ戻らざるを得なくなって、気落ちしているだろう。
次はどう出て来るだろうか?
敵が坂下に逃げ帰ってから、何人かのかすかな話し声や物音はするが動きは無い。
ケンは空を見上げた。
戦いが始まってから太陽はまだそれほど動いておらず、樹々の隙間から強い日差しを落としている。
30分かそこいらしか経っていないのだろうが、もう何時間もこうしているようにも思える。
喉がひりひりする気がして、また水を飲む。
緊張を切らしちゃだめだ。仲間は俺を見ている。
戦いがうまく行っているだけに、俺が緊張を切らしたらみんなが油断をする。
もう一度引き締めるために、声を掛けて回った方が良いだろう。
その間の監視を隣にいるジーモンに頼もうとした時、坂の下から聞き覚えの無い女の声が聞こえて来た。
「上の者、聞こえる!? もう止めよ、降参するわ!」
ケンたちは驚いて顔を見交わした。
どんな手で攻めて来るかとは考えていた。諦めて引き返していく可能性も考えたが、降参して来るとは思わなかった。
聞き間違いか?
「聞こえないの?! 降伏するって言ってんの!」
坂の下では、黄色っぽい髪の女が一人、口の周りに手で筒を作りながらこちらを見上げている。
聞き間違いじゃない。何が起きたかわからない。
だが、何か返事をしないと。みんなが俺を見ている。
「お前は誰だ! 代官はどうした?!」
「あいつは死んだわ! 私は衛兵伍長! あんたたちには恨みはない! 全て代官が悪いのよ! もう戦うつもりはないわ! そっちの指示に従うから、どうすれば良いか言って!」
「ちょっとそこで待て!」
ケンは仲間たちを見回した。
ニードが死んだだって? 坂を転げ降りる間に、頭でも打ったのか?
半信半疑の者、ホッとした顔をしている者、様々だ。
だが、全員が戸惑ってどうしていいかわからない様子だ。
違う、みんなを見ている場合じゃない。
しっかりしろ、俺が何とかしないといけないんだ。
「みんな、油断するな。本当に降伏するつもりか、それとも罠かまだわからないが、降伏なら相手を全員捕まえるぞ。ロープをありったけ集めろ。縛るのに使えそうなら、蔦でも何でも構わない。足りなければ、網でも何でも使え。それから馬で急いで村へ知らせをやって、追加の荷馬車を持って来てもらえ」
そう指示をしておいて、ケンは下に向かって叫んだ。
「武器を全部そこに捨てて、鎧を脱げ! それから、一人ずつゆっくり上がって来い! 最初はさっき叫んだ女からだ!」
「私は下でここの連中に指示をするわ! 最後にして!」
「駄目だ! 何を企んでいるのか知らないが、リーダーが最初だ! お前から来い! そうでなければ、降伏と認めない!」
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坂下
最初に上がって来いと言われて、ボーゼは小さく舌打ちした。
自分が最後で一人になれれば悠々と逃げ出せたんだけど、そうはいかないようね。
まあ、仕方がない。ここにいようが上にいようが、隙を見て逃げ出すだけなのは変わらないわね。
代官殺しは死罪に決まってる。もう後は何人殺しても同じ。
領都に送られて吊るされるわけにはいかないわ。
この領では結構楽しませてもらったけど、もう用は無い。
早いとこ、どこか別の領に逃げないと。
「あんたら、聞いたわね? 私は先に行くから、あいつらの言う通り、順番に来て。変な事は考えない方が良いわ。一度降伏したんだから、逆らったり逃げたりしたら殺されても文句は言えないわよ」
周りの衛兵たちにそう言い捨てると、上に向かって叫んだ。
「わかった! 言われた通りにするわ! 鎧を脱いで行くから、ちょっと待って!」
ボーゼは重い鎧をさっさと脱ぐ。
ニードの返り血を浴びて生臭かったので、せいせいした。
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坂上
ケンは周囲に槍を持った仲間を集めて、坂を見下ろしていた。
一人の女がのろのろと登って来る。
顔をよく見ると両頬に傷がある。
あいつだ。マーシーを不意打ちした女、ボーゼだ。
ケンはボーゼが坂を登り切る前に声を掛けた。
「上がったら腹這いになって、手を後ろに回せ」
「ええ、わかったわ。兄さんがここの頭?」
「黙って言う通りにしろ」
「そう言わないでよ。ほら、これでいい?」
指示通り腹這いになるのを見て、手を縛るように仲間に指示を出す。
その間にもボーゼは気安く声を掛けて来る。
「声が若いとは思ったけど、思ってた以上だわね。まだ二十歳にもなってないんじゃないの? 大したもんだねえ、参ったわ」
「話は後で聞く」
ケンはボーゼを相手にせず、指示を続けた。
「連れていけ。あっちで足も縛るんだ」
「愛想のないお兄ちゃんだねえ……はいはい、引っ張らなくても大人しく行くよ。後でたんと相手しておくれよ」
ボーゼは笑いながら連れて行かれた。
ケンは坂の下に向かって叫んだ。
「次の奴、上がって来い!」
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結局、衛兵全員が坂を上がって捕縛されるまで、二時間以上が掛かった。
怪我をして一人で歩けない者は、別の者の肩を借りて上がって来させた。
よろよろとよろめき、足を滑らせながら急な坂を登るため、時間が掛かる。
ケンは上がって来た者の顔を一人一人確認したが、ニードの姿はまだ無い。
16人目の者は、坂を登り切ると疲れ切った様子でケンに声を掛けてきた。
「俺が最後だ」
「代官はどうした?」
「坂の下で転がってるよ」
そう答えた後に小声で付け加えた。
「ボーゼが殺した」
その男が連れて行かれた後、ケンは周囲にいた仲間たちに指示を出した。
「捕虜を村へ連れて行く。歩けない奴だけ馬車に乗せるんだ。歩ける奴は歩かせる。足の縄だけ外して、四、五人ずつ繋ぐんだ。但し、あの女だけはそのままにしておいてくれ。俺は、坂の下を確認してくる」
ケンは仲間が指示に従って動き出すのを見てから、ゆっくりと坂を下った。
太陽は中天を通り過ぎ、西に傾き始めた。
戦いの際には日陰だった坂に陽光が当たり始めているが、緊張しているためか暑さは感じない。
坂の下は静まり返っていた。
下り切って曲がり角からそっと覗くと、男が言った通り、ニードは死体になって転がっていた。
既に蠅が沢山集っており、二羽のカラスがつついている。
ケンは顔をしかめて、まだ持っていた槍を振ってカラスを追い払う。
と、飛び上がりざまに、一羽が口から何か光る物を落とした。
拾って見ると、何かの鍵だ。
それをポケットにしまい、ニードの亡骸を転がして傷口を確認した。
ニードは左の脇腹を一突きに刺されている。
左の掌にも深い切り傷があるが、これは刺された剣を掴んだのだろう。
道のあちこちに鎧や剣があるが、大半が綺麗にまとめて置かれているのに、亡骸の近くにだけはばらばらに落ちているものがある。
これがニードのものなのだろう。
着ていたはずの革鎧には穴は開いていない。
剣は鞘に納まったまま剣帯ごと転がっており、持ち主のものらしい血を被っている。
何かの都合で革鎧を脱いだ時に、不意を突かれて刺されたのは明らかだ。
こんな傷はさっきの戦いでは負うはずがない。
これは戦死じゃない、ニードの近くにいた奴による殺人だ。
さっきの男の言った通りだろう。
ボーゼがやったのだ。
上官殺しか。何て奴だ。こんな女を、村に連れて行くわけにはいかない。
自分が逃げ出すためなら、隙を見て村の女子供でも平気で人質に取って、用済みになったら殺しかねない。
ケンはしばらくして峠の上に戻って来た。
怪我人は荷馬車に乗せ終わっている。
今は、みんなで他の連中を集めて繋いでいるところのようだ。
ケンは離れた場所に一人でポツンと座っているボーゼの所に行き、その前に立った。
ボーゼは両手を後ろに回し、両膝を立てている。
長袖、長ズボンを着ているがあちらこちらが土で汚れており、ズボンは右の太腿の上の方が大きく破れている。
足を縛ったはずの縄は、誰が外したのか、見当たらない。
ボーゼはケンを見上げて笑って言った。
「はは、兄ちゃん、ずいぶん待ったわよ。あたしはどうすりゃいいんだい?」
ケンが答えずに黙ったままでいると、ボーゼは喋り続ける。
「それにしても兄ちゃん、すごいねえ。見上げたものね。座ってるからだけど?」
馴れ馴れしく話してアハハと笑うと、周りを見回した。
「あの小屋は見張り小屋兼、装備置き場かい? この前に来たときは影も形も無かったわねえ。さっき片付けてた網は、こっちが固まって進んで来たら一網打尽にして、動けなくなった所を鎧の上からあの大鏨でドスン! ああ怖い、怖い。降伏して正解ね。それからそこらの地面に埋め込んだ丸太は、さっきの岩を動かすときのガイド用だね? それに加えて、もしもあたしたちに登られた時にも、足を躓かせることも考えたんだろうねえ。あんな岩、丸く細工するだけでも大変だったろうに、こんな山の上まで持ち上げて来るなんて、御苦労様。他にもまだまだ仕掛けがあるんでしょ? ニードみたいな馬鹿じゃ、逆立ちしても勝てる訳なかったわね」
ボーゼは一頻り勝手に話すと、声を低くした。
「で、あたしをどうしようっての?」
「他の連中は、村に一度連れて帰る。怪我人は手当てする。その後、都の監察使が来たら引き渡す」
「そうかい。勝手にしな。で、あたしは? 連れて行ってもらえないの?」
「縛り首だ。ここで吊るす」
ボーゼは笑い顔を保とうとしたが、その表情が一瞬消えたのをケンは見逃さなかった。
「あら、何の冗談? 悪いのはニードでしょ。あたしはあいつに命令されて付いてきただけの下っ端よ。責任を擦り付けられちゃたまらないわ」
「この間、マーシーを袋叩きにしたろう。頭を殴ったのはお前だ。俺は見ていた」
「マーシー? ああ、この前ここに来た時に揉めた男? ごめんね、あれは、ニードにあらかじめ命じられていたのよ。逆らう奴がいたら叩き伏せろ、容赦するなって」
「フーシュ村のエヴァン爺さんを殴り殺したのもあんただろう」
「あの爺さん、死んじゃったの? 可哀そうに……でも、それもニードの命令ね。私に責任は無いわ」
「そのニードも殺した」
「……それはあんたたちに関係無い、私たちの内輪の問題よ。あんたに裁かれる筋合いは無いじゃない。それに、ニードがいなくなったから、降伏できたのよ。あたしがいなかったら、まだ戦いは続いていた。あんたたちも誰かが死んだかもしれないわ。感謝されこそすれ、縛り首なんて、ありえない!」
そこまで言うと、ボーゼは周りを見回して大声を出した。
「あんたたち! この若いのを何とかしなさいよ! 降伏した女を殺そうとしてるのよ! こんな奴を野放しにしたら、もう、誰も降伏なんかしないわよ!」
「じゃあ、その降伏した女が、ナイフを後ろ手に隠しているのはなぜなのか、教えてもらおうか」
ケンが平然と言い放つと、ボーゼの顔が蒼ざめた。
「……なぜわかったの」
「足の縄が消えてるからな。周りの隙を見て、こっそり切ったんだろう。他の連中の足縄が外されたから、自分の縄も無くなっても気付かれない、気付かれても誰かが間違って外したぐらいにしか思われない、とでも?」
「……」
「手はともかく、足縄は先に外しておかないと、逃げ出せないもんな」
「……それで?」
「生憎、俺は仲間を信頼しているんだ。仲間を平気で裏切るあんたたちと違ってな。俺がお前の縄はそのままにしておけと言ったら、誰も勝手に外したりしないんだよ」
「あんな奴、仲間じゃないわ」
「そうなのか? まあ、俺には関係ないな。ナイフは袖の中から、それともその破れたように見せた腿の所からか? 女だから、体をべたべた触って探されることはない、ということか?」
「……よく見てるわね。気持ち悪い男。女に嫌われるタイプ」
「そうかもな。とにかく、あんたは降伏して、俺たちの指示に従うと自分で言った。それなのに武器を隠し持ち、縛った縄を勝手に切った。俺たちへの降伏を偽った奴には俺たちが罰を下せる。偽降伏への罰は何だ?」
「……」
「縛り首だ」
その言葉を聞くなり、ボーゼは跳び上がるように立ち上がった。
手を縛っていたはずの縄が下に落ち、右手に持ったナイフを二度、三度と振り回す。
ケンは後ろに跳び退ってそれを躱すと、槍を構えた。
近くにいた仲間たちも慌てて武器を手にするが、ケンは注意を叫んだ。
「ナイフ遣いだ! 気を付けろ、投げて来る! 迂闊に近づくな!」
ボーゼはやけっぱちになったように叫んだ。
「ああ、そうよ! マーシーとかいう男も、あの爺いも、頭を狙って殴ったのよ! あの爺い、白目を剝いて泡を吹いて、いいざまよ! ニードだけじゃない、他にも殺したわよ! 人を殴るのが、殺すのが、怯えて苦しむ顔を見るのが大好きなのよ!」
そこで一息ついたが、まだ叫び続ける。
「どうせ最後は死刑台よ、構やしないわ! でも、一人じゃ死なない……そうね、道連れはあんたみたいな若い男が良いわ!」
「俺は、お前みたいな女は嫌だ」
そう答えると、ボーゼは歯を剥き出した。
「あたしが決めんのよ!」
大声で怒鳴ると、また前に出てナイフを振り回す。
ケンが警戒して後ろに大きく下がると、ボーゼは持っていたナイフをケンに投げつけ、その途端に踵を返して坂の方に逃げ出した。
ケンはそれを予期していたように、投げられたナイフを軽く躱すと後を追った。
周囲の者は近づかないようにしていたため、ボーゼは誰にも邪魔されずに坂までたどり着いた。
坂の砂に足を取られて後ろに倒れそうになったが、そのまま尻で滑り降りては立ち上がり、尻で滑り降りては立ち上がり、を繰り返す。
速度はまるで出ないが、足が滑るのは追手も同じだ。
下手に走ろうとして前に転がり、足を挫きでもしたらそれまでだ。
先に下までたどり着ければ、脚の速さには自信がある。
何とか逃げ切れるかもしれない。
そう思った時、ボーゼは横をケンが通り抜けるのを見た。
山際を、腰を落として小股に足を運び、槍を杖代わりに使って速度を殺して転ぶのを防いでいる。
ボーゼは坂の途中で止まろうとしたがつんのめって転がり、こちらに向き直って槍を構えているケンの足下まで落ちてしまった。
ボーゼは、はあ、はあ、と激しく息を吐くと、ケンを見上げて悔しそうに言った。
「なんで、あんたは、転ばないのよ」
「山沿い、一人分だけは、砂は、撒いてないんだ。縦一列になって、登って来れば、岩の餌食に、しやすいからだ。気付かなかった、ようだがな。さっき、坂を登って来る時にも、もう一度、砂を払って来た。それに、俺たちはこの坂を、走って上り下りする訓練も、ずっとやって来た。それだけの、ことだ」
答えるケンの息も荒い。
「……どれだけ、用意周到なのよ。ドン引きだわ」
「好きにしろ」
「私が、逃げ出すって、わかったのはなぜ?」
「……黒狼同士の喧嘩で、やたらと吠えて、脅そうとする奴は、実は逃げ出す準備をしているんだ。戦うつもりのある強い奴は、そんなことはしない。いきなり襲い掛かれば、済むことだからな。無駄話はもういいよ。ここで死ぬか、上で吊るされるか、選べ」
「お願い、助けて? 死ぬのは嫌よ。ね、お願い。私の事を好きにしてもいいから!」
ボーゼは転がったまま、いきなり服の襟を広げた。
ボタンが飛ぶのも構わず、豊かな胸を大きく曝して見せる。
ケンが思わず動揺すると見るや、手を服の胸の奥に差し込んだ。
だが、その手が投げナイフを引き出す前に、ケンの槍がボーゼの腹をめがけて突き出された。
革鎧も脱いだ後のただの布の服は、鋭い槍の穂を防ぐことは無い。
槍は深々と突き刺さった。
ケンは槍をボーゼの体から引き抜いて、一歩、二歩と後退る。
「……この手もだめなの……」
ボーゼはそう呟いて血を吐きながら口角を上げて見上げるが、もう視界は夕霧がかかったように薄昏く霞み、そして光を失って暗闇になっていく。
焦点は合わず、ケンの顔は見えていない。
「……リザ……」
最後に誰かの名前を呟いた後に、ボーゼの身体から力が抜けた。
手から落ちたナイフはどす黒く油光りしている。
毒だ。
恐らく最後の奥の手だったのだろう。
ケンはゆっくりとしゃがんで、ナイフの刃に触れないように気を付けて拾い上げる。
「俺たちの村じゃ、赤ん坊の腹が減って泣き出せば、誰が見てようが気にせずに乳を飲ませる。村中みんな家族だからな。胸ぐらい、見慣れてるんだよ」
ボーゼに向かってそう言ったが、その体はピクリとも動かず、もう何も聞いてはいない。
死んだんだ。終わった。
そう思った途端にケンは自分の手が震えだしたのに気が付いた。
ボーゼの身体から鞘を探してナイフを慎重に、慎重に納めようとするが、なかなかうまく行かない。
何とか納め終えて立ち上がると、仲間たちが何人も坂を下りて来て、こちらを心配そうに見ている。
「上に運ぼう、二人ともな。あいつらが捨てた武器とかも拾い集めないと。ああ、馬車の片付けもか……」
仲間に向かって話し掛けたが、声に力が入らない。
いつのまにか独り言のように小声になり、やがてそれすらも出なくなる。
「俺たちがやるって。ケンは先に上がって、上の指示をしてくれって」
スミソンは担架と布袋を持ってくるように一人に言うと、何人かを連れてニードの亡骸の方へ向かった。
ケンが立ち尽くしているとジーモンが隣に来た。
何も言わずに背中を押され、ケンはのろのろと坂を登る。
ジーモンは相変わらず何も言わず並んで歩く。
ケンは何も感じない。だが、寒い筈が無いのに、手の震えは止まらない。
両手をゆっくりと目の前に持ち上げて確認する。
すると手の震えが体全体に広がっていくのを感じ、震えたままの両手で自分の身体を抱いた。
それを見て、ジーモンは自分の腕をケンの肩に回してくる。
そして二言だけ言った。
「大丈夫だ。終わったんだ」
だが、ケンの耳には入らなかった。
何も言わずに坂を登り続ける。
心の中で「殺したんだ……人を殺した……」と呟き続けながら。
お読みくださり有難うございます。




