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風の国のお伽話  作者: 花時雨


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第72話 反逆

今回、人が死ぬシーンがあります。

お嫌いな方は御注意下さい。

承前


坂下


岩に怯えたニードたちが坂の下の曲がり角の先まで逃げ戻り、地面に崩れ落ちて、はあ、はあ、ぜい、ぜい、と息をついていると、領都で雇った傭兵四人がやって来た。

何事かと思ったら、中で一番年嵩の男がニードに言い放った。


「あんた、わかってんだろう。この戦いは圧倒的に不利だ。上の連中はこっちと違って準備万端だ。一度領都に戻って仕切り直すべきだ」

「そんなことはできん。この坂を登ってしまえば、こっちのものだ。あんな奴等、ボロボロにしてやる」

「じゃあ、仕方がない。俺たちはもう降りる。ここから先は、あんたたちだけで行けばいい」

「何だと? 今頃何を言ってるんだ。そんな事は認めん。契約と違うだろうが!」


ニードは何とか立ち上がって男を睨んで怒鳴りつけたが、男は動じず言い返して来る。


「それはこっちのセリフだ。俺たちは衛兵のふりをするだけと言われて来たんだ」

「ああ、ふりだ。反逆者を討伐するのも衛兵のふりのうちだ。ちゃんとやってもらおうか」

「勝手なことを言うな。そんな屁理屈のために命を投げ出す奴はいない。俺たちは帰る」

「おい、傭兵風情が付け上がるなよ。ギルドに報告して、二度と働けないようにされたいのか?」


ニードは男に詰め寄って胸倉を掴もうとしたが、男は素早く跳び下がってとぼけた声を出した。


「あれ? これはギルドを通さない自由契約じゃなかったか? いやそれ以前に、金のやり取りはまだしてないぞ。どうせ、終わった後には値切るつもりだったんだろうしな」

「くそっ、おい、こいつらを取り押さえろ!」

「旦那、怪我で人数が減ってるのよ。ここで仲間割れは拙いわ」

「旦那じゃない、代官様だ!」


言い合う二人の様子を見かねて口を出したボーゼに対してニードは言い返したが、確かにここで割れては反逆者共の思うつぼだ。

ニードは思い直して、無理にも声を和らげて傭兵のリーダーに言った。


「お前たちの言い分は分かった。契約の、さらに倍額を出す。間違いなく払うから、ここで降りるのは考え直せ」

「いいだろう。但し、即金だ」

「そんな金が今あるわけないだろ? はっ、考えればわかりそうなもんだ」


ニードは呆れて、思わず相手を馬鹿にした声を出してしまった。

それを聞いて、今まで平静だった傭兵のリーダーの声が冷たくなった。


「だったらごめんだ。あんた、坂の上の連中の話じゃ、契約を破って増税しようとしているんだろう? 俺たちとの契約を破らないと言う保証がどこにある?」

「おいおい、あいつらを信じるのか? あれは出鱈目だ。子爵様を讒訴しようとしてるんだ」

「上の連中は、契約を守れ、暴力を罰しろと言っていた。筋が通っている。あんたは、殺されたくなければ言うことを聞け、だった。どっちが信用できそうかは、『考えればわかりそうなもんだ』」


リーダーの男は最後はニードの声音を真似て言う。


「貴様……」

「信じて欲しければ、全額を即金で払ってくれ。荒事は予定外だが、金の分は働く。傭兵だからな」

「そんな金はない」

「なら、話はこれまでだな。みんな、行くぞ。あんたらも、こいつについて行っていいのか、考えた方が良いぞ」

「おい、待て。待ってくれ」

「どうせ俺たちは傭兵風情だ。いてもいなくても、大して変わらないだろ。じゃあな」


リーダーの男が言い捨てて先に立つと、残りの三人の傭兵も後ろを警戒しながら道を下って去って行った。



どうすることも出来ずにニードが苦々し気に四人の後姿を見送っていると、抜き身の剣を傍らに置いて座り、兜を外して水を飲んでいたボーゼが恐る恐る話しかけた。


「旦那、いや代官様、どうするの?」


ニードは一瞬悩んだが、他に選べる道は無い。


「もう一度行くんだ」

「いや、無理でしょ」

「何だと?」

「あの傭兵たちも言ってたでしょ。上の奴ら、十分に準備して待ってたのよ。何の策もなく進んでも、怪我人が増えるばかりよ。今度は死人も出るわよ。別の道を切り拓いて背後を衝くとか火攻めとか、何にせよ一度領都に戻って何か準備をしないと無理よ」

「だめだ。戻っている暇はない。今日明日にも監察使が到着するんだ。とにかく行くしかない」


ボーゼの提案をニードが突っぱねると、ボーゼの声が低く変わった。

剣を掴んで立ち上がると、片眉を上げて冷ややかに言った。


「そんなに行きたきゃ、一人で行けば?」

「何だと?」

「あの岩を見たでしょ? 今度は怪我じゃ済まない。もうたくさんよ。死にたきゃ、どうぞお一人で」


それを聞くとニードは無表情になって剣を抜き、ボーゼの顔に突きつけた。


「じゃあ、ここで先に死ぬか?」


ニードの声も剣もぶるぶると震えている。どう見ても本気だ。

ボーゼは両手を拡げて剣を落とし、そのまま上に挙げる。声もまた高くなる。


「わかった、わかったわ、悪かったわよ。波風を立てたいわけじゃないのよ」

「わかればいい。とにかく行くんだ」

「でも、岩はどうするの?」

「策がある。今度は縦に一列で固まって行く。さっきのでわかったろう、山に添い、山肌に手を突いて進めば、滑らずに済む。岩は、いくつあったとしても、そんなに早くは動かせない。一度に一個しか来なければ注意していれば避けられる。上から棒で突き落とされそうになったら、逆に引き落としてやれ。後ろの者が前を支えてやれば、できるはずだ」


酷い策だ。

岩を早く動かせないとか、相手を引き落とせるとか、そんなのはただの思い込みに過ぎない。こんなものは策とは言わない。

ボーゼは顔をしかめて他の者を見回したが、皆俯いて何も言わない。

こんな事はできれば避けたいが、もう止むを得ない。他に手が無いなら、そうするしかない。

ボーゼは溜息をついて頷いた。


「わかった、行くわよ。でも、今度はあんたが鎧を着て先に立ってよ。あたしも他の奴も、疲れてるし腰が引けちゃってんの。先頭で手本を見せてよ、そうでなきゃ上手く行かないわよ。あたしが二番目で支えるから」

「……止むを得ん、良いだろう」


ニードは、脚を突かれて血を流している男を剣で差し示した。


「ボーゼ、そいつの鎧を脱がせろ」

「誰か、やってよ。あたしは登るのに杖代わりになりそうな木を切るわ」


ボーゼに言われて他の衛兵が傷ついた男を手伝って鎖帷子を脱がしている間に、ニードは剣を鞘に納めて剣帯ごと外して傍らに置き、今着ている革鎧を脱いだ。

ボーゼはほっとして剣を拾って両手で持ち、適当な木を捜してか、ニードの側で周りを見回している。

ニードは鎖帷子を受け取りながら呟いた。


「結局、頼りになるのは俺様自身だけか」


その瞬間、ニードは脇腹に強烈な痛みを感じた。

力が抜けた手から鎖帷子が滑り、地面に落ちて大きな音を立てる。


「ええ、その通りね、旦那……じゃない、お代官様」


顔を歪め、痛みをこらえて恐る恐る見下ろすと、ボーゼが両手で突き出した剣が脇腹に突き刺さっている。

ニードは呻きながら素手で剣を掴み、声を絞り出す。


「……ぐ……何をする……なんでだ、貴様……」

「偉そうなことを言ってもあんたは所詮チンピラよ。脅しでしか人を動かせないような奴に、命は預けられないわよ、お偉いお代官様」


ボーゼは言い放つと、力を込めて剣を引き斬った。

腹に深々と突き刺さっていた剣が抜けると、鮮血が迸った。

全身から力が抜けて行き、ニードはたまらず崩れ落ちる。


「俺は……貴族に……こんな所で……」


後は言葉にならない。

ニードは意識が消えるまで、自分の夢と命が傷口から流れ去って行くのを感じることしかできなかった。



「ええ、こんな所でよ。お貴族様気取りのチンピラには上等でしょ」


ボーゼは剣を構えてニードが事切れるのを見守っていたが、毒づくと、力を込めてニードの亡骸を道の端に蹴り転がした。

周りの衛兵たちはその成り行きを呆然と立って見ていたが、王都組の一人が呟いた。


「殺しちまいやがった……」


ボーゼは血塗れの剣を肩に担ぎながら、そっちを見て答える。


「あたしがやらなきゃあ、あんたたちも全員、こいつの道連れでえらい目に遭う所だったのよ。違う?」

「そうは言っても、代官殺しは重罪だぞ。どうするつもりなんだ」


別の男が言った言葉には答えず、ボーゼは他の男たちに向かって言い放った。


「今のことは誰にも言うんじゃないわよ。こいつは、坂の上の連中に殺られた。いいね?」


だが、誰も何も答えない。

ボーゼは素早く考えを巡らせた。


どうも口止めは無理そうね。

それどころか、あたしを捕まえると言い出しかねない雰囲気の奴もいる。

こいつら、きっとあたしを衛兵長に突き出して、自分たちはニードの命令に従っていたと言い出すに違いないわね。

ニードの無茶な作戦からあたしが助け出してやったというのに、この恩知らずの男どもめ。

何とかしないと拙いわ。でもこれだけ人数がいると、無理に脅すのは悪手よ。

一人でこの場から逃げ出そうとするのも拙い。

背中を見せた瞬間に飛び掛かって来るだろうし。

主導権を手放したら終わりよ。どうする?

お読みいただき有難うございます。

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[気になる点] >その瞬間、ボーゼは脇腹に強烈な痛みを感じた。 ニードかな
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