第48話 週遅れの礼拝
暴力描写があります。御注意下さい。
王国歴223年3月
ノーラたちがネルント開拓村を去ってから約二週間が過ぎた。
一度春風が吹くと雪の大部分は消える。
本来なら農作業が忙しくなる時期だが、今年に限ってはそれだけではない。
多くの事をやらなければならないし、やり過ごさなければならない事もある。
その一つ、フーシュ村から司祭が礼拝に来る予定の日、ネルント村の村人たちは緊張して待っていたが、司祭は来なかった。
みんな肩透かしを食らったように感じたが、ほっとすると同時に不安にも思った。
だが、司祭の来村予定が狂い一週間遅れるのは、これまでにも無かったことではない。
案の定、司祭は次の週にやって来た。
再び村人たちは緊張したが、司祭はそれに気付かず、あたふたと礼拝を済ませた。
礼拝の後、村長は教会の控室で司祭に礼を述べ、村からの僅かながらの献金を渡した。
「司祭様、本日は有難うございました。先週来られませんでしたので何かあったのかと思いましたが、お元気そうでほっとしました」
「ああ、先週は来られませんで、相済まぬ事でした。何、急な葬儀ができてしまいましてな」
「フーシュ村でどなたか亡くなったのですか?」
「ええ、エヴァン爺さんですわ」
「あのエヴァン爺さんですか?齢は取っていても矍鑠とした、元気な爺さんでしたが。急な病でも?」
「いや、事故のようなもので」
「事故……のようなもの?」
村長の問いに、司祭は声を低める。
「聞いた話で大きな声では言えんのですが。実は、代官たちに殴り殺されたみたいなもので」
「なんでまた? 代官に楯突くような爺さんではなかったと思うのですが。気のいい、優しい人だったと思うのですが」
「そう、作物の害虫以外に対しては。あの爺さん、機嫌が良い時は、自分の畑の側を通りかかる人に誰彼なく話しかけておりましたな」
「ええ、耳が悪くて、人の言うことはまるで聞いていませんでしたが」
「そうですな。勝手に一人で自分の作物自慢をして、気が済んだらでっかい大根やらキャベツやらを押し付けて、にこにこしておりました」
「不作だと誰にでも当たり散らすことを除けば、気の良い人でした」
村長の答えに、司祭は首を振り振り話を続けた。
「それが災いしましてな。代官が、通りすがりに道を爺さんに尋ねたらしいんですが、聞こえなかったようで。間が悪いことに、その時に爺さん、ヨトウムシに食い散らかされたニンジンの処分をしていて、大声で『この害虫野郎が』とやってしまったそうです。それを代官が自分に言われたと思って激怒して、殴る蹴るの目に遭ったんだと」
「それは気の毒に……。代官の側には止める者はいなかったんですか?」
「それも酷い話で、一緒にいた衛兵、両頬に傷のある人相の悪い女が代官と一緒になって暴力を揮ったそうです。近くにいた息子が慌てて止めに入ったんですが、間に合わんで女に六尺棒で頭を殴られていて。その時はまだ息はあったんですが、翌日に亡くなって、知らせが来ましたわ」
「それは……お気の毒に」
「家族はわんわん泣いておりましたわ。それで休日は葬儀になり、こちらに来れんかった次第です」
「何もできない年寄りをよってたかって殴るとは、あまりに非道じゃないですか。息子さんたちは、訴え出ないのですか?」
村長は憤りのあまり、思わず言ってしまった。
まずい、と思ったが、司祭は特に気にした様子もなく問い返す。
「誰に訴えるんですかな?」
「……それは」
「領主は王都で、代官と衛兵の仕業ですぞ。訴え出る先はありませんな。代官に無礼を働いたと言われれば、もうどうしようもありますまい」
「た、例えば領都の司教様から王都の教会本部にお願いして、国に働き掛けることはできませんか?」
「無理でしょうなあ。国も貴族も、教会が政治に口出しすることを極端に嫌いよります。三代前の女王様を、当時の教会が破門して退位させようとして逆に討伐を受けたことが、今になってもまだ響いとりますわい」
「そうですか」
司祭はさらに声を潜めて続ける。
「それに、ここだけの話ですが、代官が、領内の教会への寄進に税を掛けると言い出しましてな」
「寄進にですか? 商人ギルドや職人ギルドとかからの?」
「それだけでなく、礼拝時の信徒からの献金にすら、です。10%と言ってきているようで」
「それも酷いですな。来世の幸福への願いにまで課税とは」
「ええ。領都の司教様は、その対応をどうするかでもう手一杯でしてな。私のほか、領内の司祭全員に相談を持ち掛けておられるぐらいです」
「そうでしたか。大変な事、不信心にもほどがありますな」
司祭は『ふーっ』と息をつき、声を戻した。
「全く、文字通り神をも畏れぬ所業です。そのような次第で、司祭全員が当分多忙になると思いますのでな。恐らく事が片付くまで、少なくとも来月は礼拝に来られぬと思います。申し訳ありませんが、あらかじめ御承知くだされよ」
「わかりました。どうぞお気になさらないでください」
「申し訳ありませんのう。それと、ここでお話ししたことは、御内分にお願いいたしますぞ。いずれ噂として広まるでしょうが、私の口からとは知られたくありませんからな」
「もちろんです。御安心ください」
「よろしくお願いしますぞ。それでは、本日はこれで失礼するとします」
言いたいだけ言うと司祭は帰って行った。
村長の「訴え」という言葉には何も反応せず、村長はほっとした。
それにしても、あの代官はどこへ行っても暴虐を繰り返しているようだ。
我々のやろうとしていることは間違っていない。
きっと神もお認め下さるだろう。村長は決心を固め直した。
重たい話が続いて済みません。
一息つきたいので、次話はユーキ側の軽い話を入れます。




