第45話 戦う覚悟
戦うとは。
承前
村長が村人を代表して尋ねた。
「娘さん、勝てるというのは本当ですかな?」
「私はノーラです」
「これは失礼。ノーラさん、戦って勝てると言われるなら、その方法をお教え下さらんでしょうか」
「勝てる、勝てないの話の前に、皆さんにお尋ねしたいことがあります」
ノーラは背筋を伸ばして顔を上げると村人たちをゆっくりと見回し、落ち着いた、しかし張りのある声で話し始めた。
ノルベルトは驚いた。
喋り方も態度も、普段とは全く違う。この子は人前でこんな話し方ができる子だったのか。
ノーラは続ける。
「皆さんのこれからにとって重要な事です。良く考えて、商人の私たちがこう言うのも何ですが、掛け値なしにお答えください」
「わかりました」
「まず、皆さんは、一つにまとまれますか?」
「……」
「戦う人、戦わない人。税を受け入れる人、受け入れない人。村を出て行く人、出て行かない人。それぞれがばらばらに行動したらどうなるでしょうか」
村人全員が沈黙する中、村長が答える。
「……戦った者や逃げ出そうとした者は、殺されるかあるいは酷い罰を受け、そうでない者は、今言われている以上に虐げられる」
「そうですね。戦うにせよ戦わないにせよ、全員で行動した方が良い。でも、それぞれの意見は違う。自分だけが助かろうとする人が出たが最後、その方も含めて全員が悲惨な目に合うでしょう。どうですか、一つにまとまれますか?」
「……そりゃあ」「村は……」「みんな……」
村人たちは今度はそれぞれに何か呟き始めた。
「戦ったとして、皆さんは、人を殺せますか?」
「……殺すって……」
「戦いは、本当の意味で命懸けです。殺すか殺されるかです。相手を殺すことを躊躇えば、自分、あるいは仲間が倒されます。一瞬の遅れが仲間を死なせるのです。戦いの場で躊躇いは許されません」
「……でもよう」
「でも、皆さんの前に立ちはだかる相手も人間です。代官はともかく、その他の兵の中には皆さんの知り合いがいるかもしれません。その兵が傷つき死んだ時に悲しむ仲間や家族のことも御存じかもしれません。それでも躊躇いは許されません。どうですか、皆さんは人を殺せますか?」
「……」
俯いて黙り込む者もいる。呟き続ける者もいるが、その声はどんどん小さくなる。
「戦う覚悟、殺す覚悟ができたとしましょう。皆さんはその覚悟を持ち続けることができますか?」
「……」
「戦うと今日決意しても、明日になると怖くなるかもしれません。明後日になると別の道を考えるかもしれません、一か月後、二か月後になるとみんなの考えがまたばらばらになるかもしれません。そうすると、元の木阿弥です。また戦うかどうかの議論で堂々巡りを始めてしまい、結局何もできずに三か月後を迎えることになってしまいます」
そう言ってノーラは皆を見回す。もう、誰も何も言わない。
「戦うのであれば、全員でそう覚悟を決めてください。そして誰が戦うのか、戦う人たちとそのリーダー、つまり指揮官を決めてください。その方たちは、人を殺す覚悟を決めてください。そして戦わない人は、戦う人を支える覚悟を決めてください。戦う人たちが戦いに専念できるように、どうやって支えるのかを決めてください。それができますか? これが私から皆さんへのお尋ねです。それができるのであれば、村長さん、勝ちへの道筋、すなわち戦略を皆さんにお売りいたしましょう」
「売る?」
「私共は商人ですので。お代は、皆さんからの信用です。将来、この村が発展した時に、私共を出入り商人として最優先していただければと思います。……後は皆さんで話し合っていただき、結果をお知らせください。私共は、いったん馬車に戻ります。村の表通りにおりますので、結論が出ましたらお知らせください」
ノーラと父親は村人たちの視線が集まる中を通り抜けて馬車に戻ると、ゆっくりと車を動かして表通りに出た。
そこで車を止めると馬に水を与え、山風を避けて荷台で二人で座った。
ノーラはさっきまでの高揚したような表情と打って変わり、少し蒼ざめて俯きがちに視線を泳がせている。
「……ノーラ、あんなことを言って、良かったのかい?」
「……村の人たちを戦いに駆り立てちゃったかもしれない」
「そうだな。たぶん、皆さんは戦うということがどういうことか良く分かっていなかっただろう。お前の話を聞いて、戦うことの意味を具体的に考えざるを得なくなっただろうな」
「マーシーさんの姿を見たら、我慢できなかったの。やったのは、道中ですれ違った馬の男だよね」
「多分な。嫌な男だった。人を人と思わない目をしていた」
「だからといって、村の人を戦わせるのは、違うと思う」
「後悔しているのかい?」
「うん」
「でもな、ノーラ。皆さんがどういう結論を出すにせよ、一つ一つの選択肢を、真剣に考えて選ばなければならないんだ。そのうちの一つに、はっきりとした形を描いて見せたのは、決して悪いことじゃないと思うぞ」
「……」
「まあ、後は待つだけだ。やってしまったことをくよくよ考えない方がいい」
「……」
「『次から気を付ける』じゃないのか?」
「たくさんの人が関わることだから。自分だけのことじゃないから、『気を付ける』じゃ済まない」
「そうか」
「……ねえ、父さん」
「なんだ?」
「もしも村の皆さんが戦うことに決めたら、私も一緒に戦っていい?」
「それはだめだ。お前は村人じゃない。何の関係もないだろう」
「でも、マーシーさんの仇を取りたい」
「マーシーさんがお前にそれを望むと思うか?」
「……ううん」
「だったら、止めておけ。村の人たちは、生活が懸かっている。そこにお前の私怨が紛れ込むのは、皆さんのためにならない。お前がやっていいのは、戦う方法を売ることだけだ」
「わかった」
ノルベルトはノーラの肩を何度か優しくたたいた。
それきり、二人は何も喋らず、それぞれの思いの中に沈んだ。
一時間ほど経った。
話し合いが終わったのか、村人たちがマーシーの家の方から三々五々やって来て、自分の家にと帰って行く。
みんな真剣な表情でノーラたちの方を見る。静かに目礼をして去っていく者もいる。
ややあって、村長とケンが何人かの村人を連れてやって来た。
ノーラと父親が荷台から降りるのを待って、村長が口を開いた。
「お待たせしました。話し合いの結果が出ましたので、お伝えに参りました」
次話、村人の出した結論は。




