第44話 戦うべきか戦わざるべきか
承前(前話同刻)
マーシーの家で村長を囲んでの話し合いは、果てしもなく続いていた。
狭い家に多くの村民は入れず、大勢が家の前の道にも座り込んで口々に話を巡らせている。だが話は発展せず、潮が満ち干を繰り返すように、堂々巡りをしていた。
「黙って増税を受け入れざるを得ないんじゃないか? それ以外に何ができるっていうんだ」
「いや、あの税率ではやっていけない。今年は蓄えから払えても、来年は苦しい。再来年は、生活することもできん。断るしかないぞ」
「断ってどうするんだ? あの代官は正気じゃない。何をされるかわからないぞ。物納でも何でも、何とか納めた方が良いんじゃないか?」
「物納だと相場の半分で、実際にはあいつが決める、ということだぞ。どんだけ取られるかわからんぞ」
「そうだ。それに小麦は自分たちで食う分ぐらいしか作っていない。そもそも、ここは寒くて、小麦にはあまり向いていない。実の付きが悪すぎる。話にならん」
「じゃあ、労働40日か?」
「それも無理だ。年にひと月以上も取られたら、開拓どころか、今の畑も維持できない。いっそのこと、離村するか?」
「離村して何をするんだ。この領にはいられなくなる。どこか他の領に移るあてがあるか? 領主が許すわけがない。それとも盗賊にでもなるか?」
「馬鹿を言え。この村の人数を養えるような盗みをしてみろ。あっという間に討伐隊がやって来る。それこそ全員縛り首だ。そんなことはできん。ここで頑張るんだ。それしかない」
「じゃあ、ここでどうするんだ。黙って増税を受け入れるか?」
こんな調子で、同じ議論が何度もぐるぐると繰り返される。
みな倦み飽きてきたが、結論は出ない。
村長は黙って、ただ皆の話を聞いている。
マーシーも黙り込んでいるが、こちらは痛みをこらえるので精一杯だ。
そのうちに一人、また一人と声を出さなくなり、場が静かになった頃にケンが立ち上がって言い出した。
「俺は、戦いたい」
皆、びっくりしてケンの顔を見る。
「俺たちは何も悪いことはしていない。義父さん、いや村長も、みんなも、前の子爵様との約束を守って一所懸命ここを開拓してきた。生活が苦しくても頑張って、俺たちを育ててくれた。領主様が代替わりしたからって、どうして搾り取られたり、殴られたり、逃げ出さざるを得なくなったりしなきゃならないんだ。それじゃあ、生きてる意味がない。それなら、戦う。その方が良い」
「でもケン、領主様への反逆は、縛り首だぞ」
「反逆じゃない。契約を守ってもらう。それを訴える戦いだ。自分たちを守る戦いだ。領主様を倒すのが目的じゃない」
ケンは言葉に力を込めるが、年嵩の者たちは頷こうとしない。
「そうは言ってもなあ。俺たちは農民で戦いは素人だ。獣を追っ払うのが精々で、人と戦うなんて、恐ろしくてできねえよ」
「ああ、だからみんなは戦わなくていい。俺は戦う。一緒に戦いたい者だけが戦えばいい。何とか抵抗するんだ」
「抵抗、か」
「この村は簡単には言いなりにならない、っていうことを示すんだ。俺たちは死ぬかもしれないが、相手も少しは考え直すだろう。領主だろうが糞代官だろうが、やりすぎると自分たちも痛い目を見る、そうわかれば無理難題は言えなくなるだろう」
「そりゃ駄目だ、ケン。お前たちを死なせて、俺たちだけがましな思いをするわけにはいかん。この村はみんな家族なんだ。見殺しにはできん」
「見殺しじゃあない。俺はみんなを守りたいんだ。マーシーはハンナを守るためにあいつと闘って傷ついた。俺はマーシーに剣を習っている。俺もみんなを守るため戦う」
「そうだ、ケン。俺も戦うぞ」「そうだ、そうだ」「俺もだ、俺も戦う」
ケンがさらに力強く言うと、若者たちが目を輝かせて賛同し始めた。
「いや待て、みんな落ち着け」
「そうだ、勝てる見込みがない戦いだぞ」
「縛り首にはなりたくねえ……」
また全員が口々に自分の考えを言い出して収拾がつかない。
その騒ぎの中、ノーラたちの馬車が村に着いた。
普通ならどの村でも、見慣れぬ荷馬車が来たら誰かが様子を見に来るものだが、ほとんど人がいない。
僅かに道行く人もこちらに注意を払わない。
ノルベルトは、小走りに急ぐ女の人に声を掛けた。
「済みません、行商の者なのですが、村長さんはどちらにおられますでしょうか? それから、マーシーさんという傭兵の方のお宅をお教えいただけませんでしょうか?」
「マーシーさんのお知り合いの方ですか?」
「はい、行商を営んでおりますが、以前にマーシーさんにお世話になりまして」
「そうですか。マーシーさんの家はこの先の角を左に行った先ですが、お会いになれるかどうか」
「何かあったのですか?」
「それはちょっと、私の口からは。村長さんの家はずっと行った先の右側の大きな家ですが、今はマーシーさんの所にいると思います。私も行くところですので案内します。そちらも取り込んでおりますが、事情はそちらで尋ねてもらえますか?」
何事かが起きたらしいが、詳しくは聞き出せそうにない。
ノルベルトは、黙って女の後について荷馬車を動かした。
マーシーの家に向かう角を曲がると、かなり遠くから村人たちの大声が聞こえて来た。
戦うだの、縛り首だの、逃散だの、物騒な言葉がやたらに耳に着く。
何か大事件があったことは間違いなさそうだ。
村人たちは話に熱中している様子だったが、やがて荷馬車の音に気が付くと、話を止めてこちらに目を向けた。
ノルベルトはマーシーの家の少し手前に荷馬車を停めるとノーラを手招きして御者台から降りた。
帽子を取ると軽く頭を下げ、誰にともなく尋ねた。
「こんにちは。王都から来た行商の者ですが、村長さんかマーシーさんはおられますか?」
すると村人たちは、黙って家の中を指差す。
ノルベルトはノーラを連れて家の中に入った。
薄暗い家の中は、この季節にもかかわらず人熱れで蒸し暑い。
見慣れないノーラたちを、中にいた全員が一斉に振り返る。
「こんにちは。ノルベルト・カウフマンと申しますが、マーシーさんは御在宅でしょうか? また、村長さんがこちらにおられるとも伺ったのですが」
「カウフマンさん? みんな通してあげてくれ」
弱々しい声が、人垣の中から聞こえる。
人垣が割れ、その先に、包帯を巻かれてベッドに横たわるマーシーの姿が見えた。
ノーラの父親は思わず高くなる自分の声に気付きもせず、ベッドに近づいた。
「マーシーさん? どうされたんですか?」
「お恥ずかしい姿で申し訳ない。代官とのちょっとしたいざこざで、やられちまって」
「『ちょっとした』じゃねえ!」
誰かが強い口調で呟くのが聞こえる。
「いざこざ……ですか。ここに来るまでに、増税がどうとか、小耳に挟んだんですが」
「失礼ですが貴方は?」
ベッドの横にいた、壮年の男が尋ねる。この男が村長だろうか。
「村長さんですか? 私はノルベルト・カウフマンと申します。行商を営んでおります。これは娘のノーラです。マーシーさんには以前に商隊の護衛をお願いをしたことがありまして、お世話になりました。今日はそのお礼がてら、この村と今後のお取引を願えないかとやってまいりました」
「そうでしたか。生憎ですが、御覧の通り、取り込んでおりましてな。誠に申し訳ありませんが、お相手が出来そうにありません」
「そのようですね。マーシーさんの御容体はいかがなのでしょうか」
「……」
「村長、その人は大丈夫だ。その娘さんもだ。こっちの方が世話になったぐらいの人だ」
マーシーが苦しい息で、村長に告げる。
「わかった。実は、代官の横暴な振る舞いを止めようとして、六尺棒で滅多打ちにされたんです。足の骨折と、全身の打ち身です。幸い、命には関わらないで済みそうですが」
「……そうですか。マーシーさんが打ち据えられるとは、信じ難いのですが。その代官は武術の達人ですか?」
「いや、大したことはありませんが、領主に逆らうと全員縛り首だと脅されて、抵抗できなかったのです」
「それは酷い話ですね。よろしければ、詳しい話をお聞かせいただけませんか?」
「……それは内輪の話ですので」
言い渋る村長を、ケンが強い口調で促した。
「義父さん、聞いてもらおう。俺たちだけで話をしていても、堂々巡りをするだけだ。信頼できる人たちなら、余所の人の意見を聞いてみてもいいと思う」
「ケンの言う通りだ。俺たちは悪いことはしていないんだ。余所の人に聞かれたって、恥をかくのは領主と代官だ」「そうだ、そうだ」
「みんな、わかった。お恥ずかしい話ですが、聞いていただけますか?」
村長は、子爵の代替わりの事、増税の事、先代との契約の事、ハンナが攫われそうになった事、それを止めようとしてマーシーが代官たちに袋叩きにされた事、これからどうすべきか意見がまとまらない事をノルベルトとノーラに話した。
「増税を受け入れろと言う者、断ろうと言う者、離村しようと言う者、皆意見が違いまして、まとまりが付きません」
「なるほど。それぞれに一理ありますからね」
「果ては、村を守るために戦う、という者までいまして。戦っても勝てる訳はないのですが」
「勝てますよ?」
今まで顔を赤くして黙って聞いていたノーラが突然口を挟んだ。
村長たちはびっくりしてノーラの方を見た。
「ノーラ、無責任なことを言うのは止めなさい」
ノルベルトが慌ててノーラをたしなめる。
「でも父さん、村の人たち全員が本当に戦う気になれば、勝てる可能性はあるよね?」
「本当か?」「勝てるのか?」
ノーラの言葉に、村人たちがざわめく。
ケンがノーラに詰め寄って尋ねた。
「君は戦いに詳しいのか? どうやって勝つんだ?」
「貴方は?」
「ああ、私の息子で、ケンと言います。戦う、と言い出したのはこいつなんです。ケン、こんなまだ若い娘さんの言うことを真に受けるんじゃない」
「でも義父さん、話はきちんと聞くべきだと思う。若くても、女でも関係ない」
「しかし……」
「村長」
マーシーが痛みを堪えてベッドから声を掛けた。
「その娘さんは、ただ者じゃない。俺が保証する。話を聞くべきだ」
「わかった。マーシーがそう言うなら、話を聞くだけは聞こう。みんな、いいな?」
村長の声に全員がノーラの方を見る。
「娘さん、勝てるというのは本当ですかな?」
次話、ノーラが村人たちに覚悟を求めます。




