表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風の国のお伽話  作者: 花時雨


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/112

第43話 すれ違い

今回も代官ニードの暴言があります。お嫌いな方は御注意下さい。

承前


ネルント開拓村で無法と暴力を存分に揮った代官ニードは、上機嫌で衛兵長と衛兵たちを引き連れて馬で峠を下り、麓のフーシュ村の近くまで来た。

衛兵長はずっとニードの様子を窺っていたが、そろそろ頭も冷えた頃だろうと、乗馬をニードの馬の横につけて詰った。


「あそこまでする必要はないだろう」

「ん? 何を言っているんだ? お前らが散々農民どもを甘やかしたから、あんなに付け上がったんだろうが。お前らの怠慢で生まれた甘えん坊どもを俺様が矯正してやったんだ。感謝して欲しいもんだな」

「幼い子供を奪おうとしたのはどういうことだ。拐かしも同然じゃないか。重罪だぞ」

「本気じゃないさ。ああすれば、反抗的な奴が前に出て来る。そいつを懲らしめれば全員が思い知る。俺様の思った通りだ。浅はかな連中だ」


ニードはまるで取り合わず、ニタニタと笑っている。

なんて奴だと衛兵長は相手を睨みつけた。


「何を言う。彼らは当たり前のことを言っているだけだ。それを、鞭打つ、棒で滅多打ちにするとはどういうことだ」

「ふんっ。俺様に逆らったらどうなるかを教えてやったまでだ。田舎者の農民など、頭より体の方が憶えが良かろうよ。あれであいつらも懲りただろうさ。ははっ」


ニードの嘲笑に、衛兵長は怒りを抑えて反論した。


「俺にはそうは思えんな。反感を買っただけだ」

「そうだろうな。だが最初は反発しても、時間が経てば経つほど自分の身への痛みが怖くなる。みんな自分と家族の事だけが大事になって、逆らう気力が失せていく。わざわざ時間をやったのはそのためだ。見てろ、三か月後には素直に肯くだろうよ」

「そうならなければどうするつもりだ」

「もしまだ逆らえば、今度は鞭でも棒でもなく剣を振るまでのことだ。血を見なければわからないのなら、たっぷりと見せてやる。はは、楽しみなことだ。そうだな、むしろ逆らって欲しいぐらいだ。お前は農民の味方をして子爵に楯突きたいのなら、そうすればどうだ? 次に俺の鞭の餌食になるのは誰かな?」

「……お前には付いて行けん」

「付いて来れないなら、来なくていい」

「ああ、そうさせてもらおう。もう何度目だ。どの町でも村でも、機会があれば鞭や棒を揮ってるじゃないか。もうたくさんだ。俺は、もうお前と動くのはごめんだ。子爵様にもそう言う」

「勝手にするがいいさ。お前が来ないなら、来る奴を見つけるだけのことだ。容易いことだ」


あまりの言いように、衛兵長はあきれてニードから馬を離して後ろに下がっていく。

ニードは鼻先でふんっと笑うと、視線を道の先に移した。

この領はどいつもこいつも甘ちゃんばかり、まあ俺様の邪魔はさせんと、嘲笑は一向に顔から消えないままだ。




しばらくすると前方から、一台の小型の荷馬車がやって来た。

この道は開拓村への一本道だ。あんな辺鄙な村に商人か?

ニードは近づいて来た荷馬車の前に馬を横ざまに立ち止まらせて道をふさぎ、御者席の男を誰何した。


「止まれ。何者だ」

「お役目、御苦労様です。行商人です。ネルント開拓村へ商いに参ります」

「本当か? あんな村に、売りも買いもなかろうに」

「はあ、恐れ入ります。ですが塩はどこでも入用かと思いまして」


それを聞いてニードは不機嫌な顔になった。

塩は命を繋ぐのに必須なので、どんな辺鄙な村でも買う。

命に関わる塩が高騰する事のないよう、無関税と国が定めている。

その代わりとして塩の卸元が一括して国に多額の税を納めており、そのため卸元は王城の上層部にも顔が利き、その一方で信用のおける商人にしか卸さないようにしている。

塩を扱える商人に迂闊に手を出すのは剣呑だ。

因縁をつけて小銭でも巻き上げてやるつもりだったが、あてが外れた。


「ふん、精々無駄足にならないようにすることだな」


ニードは言い捨てて去って行った。

その後を追って、憤然とした顔をした衛兵長と衛兵たちの馬が荷馬車の横を通り過ぎていく。

荷馬車の御者の男、ノーラの父ノルベルトは小さく頭を下げてそれを見送った。




どうやら隊列の先頭の不遜な男は、関所の女役人が言っていた代官か、あるいはその配下か。

後に続いた衛兵たちとの仲は随分と険悪なようだったなと、ノルベルトは首を振る。

以前に聞いていたこの領の様子とは随分違う。

その話では、温厚な領主の下で、役人たちは丁寧な仕事をしているとのことだった。

近頃領主が代替わりしたらしいが、悪い方に変わったようだ。

だが、ここまで来て引き返す手はない。

ノルベルトはネルント村へとまた荷馬車を動かした。



山道の九十九折を進んでいると、荷台からノーラが顔を出した。


「父さん、道が随分険しくなってきたね」

「ああ、この先は峠までずっと登りが続く。下の村で聞いた話では、峠の直前の坂は特に勾配がきついそうだ」

「私、降りて歩く?」

「いや、まだいい。峠の手前になったら声をかけるから、その時は頼む」

「わかった」



やがてたどり着いた峠の直前で、上り坂を見上げて二人は顔を見合わせた。


「これは……すごいな」

「……登れる?」


九十九折が終わり、最後の曲がり角の先の坂は、70~80ヤードほどの間に20ヤードを軽く超える高さを登らなければならない。

湾曲は緩くほぼ真っ直ぐな道だが、雪も積もっており馬車には非常に厳しい。


「まあ、荷物を軽くすれば、登りは行けそうかな? 下りが厳しいな。空荷でブレーキを掛けっ放しで少しずつゆっくり下るしかないんだろうな」

「幅も結構厳しいね」

「あれの意味がわかったな」


ノルベルトが道の横を見る。

急坂の下、道が少し広くなったところに、雪を被った大八車が置いてある。


「荷物が無理だったら、アレに積み替えて少しづつ運べ、ってことね」

「もう少し道を広くして、勾配を緩めて欲しいもんだな」

「幅は無理でしょ」


左側は山、右側は谷、どちらも切り立っており、広げる余地があるようには到底思えない。


「これ、天然の要害よね。ファルコが好きそう」

「今はファルコどころじゃないよ。荷を少し下ろすから、手伝ってくれ」

「はーい」


荷の一部を大八車に移し、二人がかりで真冬にもかかわらず汗をかきながら峠の上まで運ぶと、そこは少し開けたちょっとした広場になっていた。

そこに荷を置いて荷馬車に戻ると、馬を励まし、馬の前に回って手綱を引くことで、何とか坂を登らせることが出来た。

馬に水を飲ませてしばらく休ませ、その間に荷を積み直す。

これでは、開拓村に荷を運び込むのは大変だろう。

村人の苦労が痛いほど良くわかるとノーラの父が思いながらふと見ると、ノーラはやってきた坂道の上で、しゃがみこんだり立ったりしながら見下ろし、何かぶつぶつ言っている。

この娘はまた、変なことを考えているんだろうな、と苦笑いした。


「乗りなさい。そろそろ行くぞ」

「はーい」


道は下りに変わった。

峠までに比べると、勾配はかなり穏やかだ。

この分だと開拓村は、経由してきた麓の村よりもかなり標高が高いかもしれない。


しばらくすると、ノーラがまた荷台からやってきた。


「この先も、村へは一本道よね?」

「ああ、そうらしい」

「村へは、他には道は通ってなくて、行き止まりなのよね?」

「そのようだ」

「ふーん」

「……何を考えているんだ?」

「うーん。さっきの峠以外にも、九十九折りの途中に、谷越しに矢を射掛けやすい場所が何か所かあったよね。守りやすい、領主にとって良い保障になるかなーとか」

「保障?」

「有事の際に立て籠れる、安全な場所」


やっぱり、こんな事を考えていたか。


「逃げ込んで再起を図る場所か」

「そう。遠くの味方が駆けつけて、敵を挟み撃ちにできるようになるまで抵抗できるように、準備をしておく場所」


話している間に下り坂を曲がると、前方の眺望が急激に開けてきた。

向こう側の真っ白い峰々は相当遠く、盆地にはかなりの広さがある。

道は曲がりながらまだ続き、下りきったところに民家が立ち並んでいるのが見える。

民家からは畑が広がり生け垣があり、そのさらに先に川が流れている。

川の向こう岸には雪野原が広がり、さらに向こうの森まではかなりの距離がある。

どこもかしこも白雪に覆われている。


ノルベルトは暫く荷馬車を停め、ノーラと共に絶景を見渡した。

呟くようにノーラが言う。


「……広い。この土地を拓こうとした領主は、大した慧眼の持ち主ね。あの峠に無理やり道を通した価値は十分にあるわ。開拓が進めば、それなりの軍勢が長期間立て籠れそう」

「領主に、そういうつもりがあったどうかは知らんがな。十分に開拓の余地はありそうだな。町、いや、都市ができそうなぐらいに広いな」

「保障にするつもりがあるなら、税とか補助金とかをできるだけ優遇して、領主の印象を良くしているはずよ。住民に裏切られたら、立て籠るも何も、お話にならないから」

「まあ、そうでなくとも開拓の初期は、住民は食っていくのが精一杯だから、税は免除するのが普通だな」

「それはそうね」

「村の人に、そんな話はするなよ? 変に思われるからな」

「うん、次から気を付ける。商売に差し支えるからね」

「そうだ。もっとも、今回はここで儲けようとは思っていない。でも、将来、もっと開拓が進んで人口が増えれば、良い得意先になるかもなあ。あるいは、面白い特産品ができるかもしれない。今は顔繋ぎだけで十分だ」


二人が話し続ける中、ノルベルトの手綱に応じて荷馬車は再びゆっくりと動き出す。


「でも、作物を運び出すのが大変ね」

「ああ、そもそも大規模に開拓したいなら、あの坂を何とかしないとだめだろう。それに麓の村まででも、結構時間がかかる。領都ならなおさらだ。領主としては、他領へ売れるようなものも作りたいだろうが、鮮度が必要な作物は無理だな。ましてや、あの坂道だ。量は稼げない。少量でも高く売れる加工品が欲しい所だ」

「村では何か考えているかしら? 何か教えてあげる?」

「そこらへんは、顔を繋いでからだ。とりあえずはマーシーさんのところへ行って、村長さんとか、村のめぼしい人を紹介してもらおう」

「マーシーさん、元気かなあ」

次話は村人たちの苦悩と、ノーラの村への到着です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ