第41話 関税官
承前
暫く行くと、ピオニル子爵領側の町が見えて来た。
旅人や荷馬車が関所の手前側で列に並び、自分たちの順番を待っている。
先頭では先程の商人の荷馬車が脇に寄せられ、役人が荷台に乗って荷物を調べている。
商人は役人の長と思しき男と、何か激しい言い合いをしている。
商人の訴えを、役人の男は首を振って聞き入れない様子だ。
その横を後続の旅人たちが通過していき、ノーラたちの順番になった。
ノルベルトが荷馬車を進めると、先の商人とは反対側の道脇に誘導された。
荷馬車を停めてノルベルトとノーラが御者台から降りたところへ、役人の女が手を息で温めながら近寄ってきた。
その息は白く、手に狭霧がかかったように見えなくもない。
「こんにちは、御機嫌よう。ピオニル子爵領へようこそ」
「御機嫌よう。お寒い中、お役目御苦労様です。よろしくお願いいたします」
「お二人ですか。失礼ですが、親子でいらっしゃいますか?」
「はい」
「お仲の良いことで羨ましいです。我が家の息子は私の言う事を聞かなくて困ります。積み荷は何でしょうか?」
「塩と鉄くず、それから野菜の種が少々です」
「値の張る品は無さそうですね。荷を改めさせていただいても?」
「はい、もちろん」
女役人は脚立を使って荷台に上がり、荷物をざっと確かめるとすぐに下りて来た。
「はい、有難うございました。塩は無税ですが、それ以外は関税がかかります。仕入れ値はおいくらでしたか?」
「鉄くずが2ヴィンド、種は1ヴィンドでした」
「そうしますと、関税が4%ですので、12リーグのお支払いをお願いいたします」
「この領では関税は2%と伺っていたのですが」
「申し訳ありませんが、つい最近、4%に上がったのです」
「4%は高いのではありませんか? 私は随分と方々に行商をしておりますが、これまで最も高い所でも3.5%、それも街道補修のための臨時税率でした」
「お嫌であれば、引き返していただくしかありませんね。それが当領の方針です」
女役人は声を大きくして高飛車に言う。
ノルベルトはリーグ銀貨を一枚、周りから見られないように、そっと渡そうとしながら尋ねた。
「そこを何とか、減税を受ける方法はないものでしょうか?」
女役人は銀貨に目をやると左右を素早く見廻し、それを右手でノルベルトの方に押し返して首を小さく横に振り、道の反対側で太った商人を怒鳴りつけている役人をちらっと視線で示してから声を潜めて言った。
「領の当主様が代替わりして、種々の税が上げられたのです。我々としても困っているのですが、領主様も代官も、『領を開発して豊かにするには金が要る』としか言わないのです。代官やその手先は新しい領主様が王都から連れて来たんですが、質の悪い連中です。御不満でしょうが、目を付けられないうちに、早く通ったほうが良いですよ」
そしてその後に声を張り上げて続けた。
「嫌なら帰る。通るなら払う。どちらにするか早く決めてください!」
「承知しました。お納めいたします」
ノルベルトは財布を懐から引き出し、10リーグ銀貨一枚と1リーグ銀貨二枚を渡した。
「12リーグ、確かにお受け取りしました。領内ではこれをお持ちください」
女役人はほっとしたような声で言い、木片に人数、支払額と日付を書いた入領証を渡して来た。
「入領と納税の証明です。無くさないようにお気を付けください。確かめようとするのは代官の手先ぐらいですが、そちらにもお気を付けて。領を出られる際には、そこの役人にお返しください」
「有難うございます」
「父さん、これ」
横からノーラが小さな袋包みを出す。
ノルベルトはそれを取って女役人に差し出た。
「王都の飴です。よろしければ、情報料ということで」
「あら、まあ、お気遣い有難うございます。では遠慮なく」
「どうぞどうぞ」
「では、お通り下さい。道中の御無事と良い御商売をお祈りいたします」
「お役目御苦労様です。有難うございました」
ノルベルトとノーラは荷馬車に戻り、女役人に手を振ると荷馬車をゆっくりと進めて道に戻し、もう一度手を振って街道を進んで行った。
それを見送ると、女役人は袋の口を緩めて中身を見た。
確かに飴だ。家に持ち帰れば子供たちが喜ぶだろう。気の利いた商人だわね、と思う。
ニコッとして袋を縛り直すとポケットに入れ、次の順番を待っている旅人の所に急いで向かった。
ノーラたちが街道をしばらく行くと、例の商人の荷馬車が追いついて来た。
今度は邪魔をしないよう端の方に寄せて待つと、商人は馬車を隣に止めた。
顔が赤い。まだ相当怒っているようだ。
いきなりノルベルトに向かって大声で話しかけて来た。
「訳が分からん。関税が6%だと?聞いたことがあるか?」
「6%、とおっしゃいましたか?」
「ああ、最初は5%と言っていたくせに、儂の荷の中身を聞いたとたんに、贅沢品は6%だと言いやがった。有り得ないだろう」
「有り得ませんね。税率も、贅沢品とか言って高い税をかけるのも」
「そうだろうとも。何が贅沢品で何が違うのか尋ねても、まともに答えようとせん。儂の荷は贅沢品だと、それを繰り返すばっかりだ。あんたの荷は安物だから5%で済んだんだろうが」
「はあ」
人を見下して気が済んだのか、商人は少し落ち着いて来た。
「しかし、あの糞役人め、出すものを出せば、普通品扱いの5%にしてやると言ってきやがった」
「出したんですか?」
ノルベルトが尋ねると、商人は、得意げに答えた。
「出したとも。ただし、5%では出せないと突っぱねてやったら、あの糞役人、4.5%に下げおった。まあデール大銀貨一枚出してやったんだから、そんなもんだろう。儂でなければ、普通品とやらの税率より下げさせることはできんかっただろうけどな。あんたはどうだったんだ? 出したのか?」
「いいえ。銀貨一枚出そうとしたんですが、断られました」
「やり方が下手だったんだろう」
「そうかも知れませんね。税率は4%でしたが」
「何だって?」
「無税品以外は全て4%だそうです。交渉しようとしたんですが、役人にもどうしようもないと断られまして、そのまま払いました。余計な金は出さずに済みましたが」
「全て4%……あの野郎、騙しやがった。25リーグ分も出させた上にさらに0.5%……」
「お気の毒です」
「くそっ、文句を言いに行く。馬車を戻せ!」
商人が怒気を放って御者に馬車を戻させようとする。
ノルベルトは慌てて引き留めた。
「落ち着いてください! それはお止めになった方が。どうか落ち着いて。渡された鑑札には税額だけで、税率は書いてありません」
「それはそうだが……」
「難癖をつけたと逆に絡まれるだけです。相手の男の顔を見ましたが、いざとなったら権力をかさに、暴力を揮いかねないような輩です。これ以上は関わり合いになられない方が良いのでは」
「そうかもしれん。……悔しいが仕方ない。もう、こんな領、二度と通るものか! 辺境伯領までは、西回りでも行けるのだ。多少時間はかかっても、こんな領を通るよりましだ」
「西回りは、最近、北部で盗賊の噂が絶えませんよ」
「この領だって、どうなるかわかるものか。あの関税では、すぐに寂れて盗賊の格好の棲家になりかねん」
「それはそうですね」
「くそっ、こんな領で物を売ってやるものか……いや、領都で思いっきり吹っ掛けて売ってやる。どうせ二度と来んのだ。傷物を正規の額以上で売りつけてやる。そうでもせんと気が済まん。じゃあな。二度と会わんだろうが、元気でな」
商人はそう言うと、御者を急かせて行ってしまった。
その音を聞いてノーラが荷台の幌の下からそうっと首を出す。
頬を膨らませて不満そうだ。
「父さん、何アレ。止めてあげたのに、お礼の一言も言わずに」
「そう言うな。金を役人にむしり取られて、頭に血が上っているんだろう。無理もない」
「私たち、ツイてた?」
「いや。多分、高そうな荷を沢山積んでいそうな荷馬車を選んで集っているんだろう」
「今回は小型の荷馬車で来て良かったね」
「ああ。あの男の言ったことにも一理ある。こんなことをしていると、この領を通る商人がいなくなる。そうなると、寂れるのは早いぞ」
「かもね」
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商人たちが去った関所では、太った商人に集っていた男の役人が、ノーラたちを通した女役人に声をかけていた。
「おい、お前」
「はい、何でしょうか」
「お前、さっきの商人の娘から賄賂の金を受け取っていただろう」
「いいえ」
「嘘を言え。包みを受け取るのを見てたぞ。上に報告されたくなければ、半分出せ」
女役人は呆れたが、ノーラから受け取った袋を出した。
「どうぞ」
「ほら、見ろ。俺を誤魔化そうなどと思うなよ」
役人はニヤッと笑って袋を開けたが、中を見ると「何だ、飴かよ」とチッと舌打ちをして突き返すと詰め所に戻って行った。
あいつも代官が王都から連れて来た男だ。
商人だけじゃ飽き足らず、仲間からも上前をはねる性悪連中め。
女役人は不愉快そうに顔を歪めた。
詰所の方には顔を向けないように注意して。
暫く不愉快な話が続きますが、お許しください。




