第36話 恋文(三)
椿様気付
菫様
再啓 お手紙有難うございます。お元気とのこと、安心しました。
そして読ませていただいて、本当に嬉しかったです。
貴女が書いて下さったお気持ち、私の片思いではなかった、私を思いやって傷つけぬように受けてくださっただけではなかったのだと、天にも昇る気持ち、ああ、これは前の手紙で書いてしまいました。
空を飛ぶような、そう、ワイバーンを乗りこなして空を駆け巡るような心地です。
どこまでも飛んでいけそうな気がします。
でも、貴女の所から飛び去りたくはありません。
私の後ろに乗って、一緒に飛んでくれませんか?
少し文が軽きに過ぎました。お調子者だと貴女に思われない様に、気を付けないと。
学びの件、有難く承知しました。専念して励みます。
導師が教えて下さる内容も、私が齢を重ねるごとにどんどん内容が複雑になっています。
ましてや閣議での政の議論は大変に難しく、私のような若輩にはなかなか付いて行けません。
他の事を考えている余裕はない、というのが正直な所です。
国王陛下の御下問にも、満足に答えられる事が少ないのが実情です。
今日も私の答えに、大臣諸侯が呆れ顔をされたり、溜息をついたりされました。
ですが、今の自分では仕方がないことと思っています。
いくら呆れられようが笑われようが臆せずに、考えられる限りの事を述べていこうと決意しています。
この決意をくれたのも貴女です。
また会う、という明確な目標が出来ましたので。
それに、大臣諸侯の中には、閣議の後で私の所に来て、御下問の意味や私の答えについて、いろいろと教えて下さる方もいます。有難いことです。
陛下も、私の答えに満足そうに頷いて下さることがごくたまにあり、その時には「やった!」と嬉しくなります。
でもその後の追加の御下問でぼろぼろになるのですが。
いずれにせよ、陛下にも諸侯にも全く見放されているのではないと信じて、頑張ります。
暫く前からは大臣諸侯にお願いして、種々の役務の実務方で、見学だけでなく見習いとして実際の仕事に携わらせてもらう事もしています。
一つ一つの仕事が私には目新しく面白いのですが、これらの仕事が国民の幸せに繋がっていると思うと、身の引き締まる思いもします。
役方の皆さんも丁寧に教えて下さいますので、疎かにしないように、一所懸命に学ぼうと努めています。
貴女の方はいかがですか? 修業は励んでおられますか?
ああ、疑うような書き方でごめんなさい。
貴女なら大丈夫ですよね。
あの時の踊り、とても素敵でした。
あの時、折角椿さんが水を向けて下さったのに、私はクルティスのようにうまく言葉にできなくて、残念でした。
クルティスの奴、学術以外は何をさせても私より上手くて、ちょっと悔しいのです。
あの時の貴女の姿は目に焼き付いていてまだ消えません。
手を取って教えていただいた時の感触も、ありありとこの手に残っています。
貴女は、もっともっと高みを目指されているのですね。歌や楽器も。
また、歴史や詩歌も、私とは異なった方向で学びを続けられているのですね。
そう思うと、貴女の事をとても眩しく感じます。
できれば、歌や楽器も聞かせていただけると嬉しいなと思いますが、それもこれも、会える日が来たらの楽しみですね。
夜など、ちょっと時間が空くと、貴女に会えたら何を話そうかとふと考えてしまいます。
二人の事ばかりでなく学びの事、武術の事、それから家族の事、クルティスやアンジェラの事。(アンジェラは私の身の回りの世話をしてくれている侍女です。)
それから椿さんや菖蒲さん、柏さんの事も聞きたいです。
クルティスが言っていましたが、柏さんは体術の達人なのですか?
クルティスが言うには、破落戸の首領のファイグルが逃げ出しそうになった時に抑えたあの身のこなし、クルティスでも体術では敵いそうにないとの事です。
御自分では『ただの若い者』とおっしゃいますが、実は凄い方なのですね。
それやこれや、もし会えたら話をしようと思いはするのですが、一方で、もし会えたら貴女の顔を見た途端に、言葉が出て来なくなるかもとも思います。
それでも貴女となら、黙って一緒にいるだけでも幸せだろうと思えば、どちらでも良くなってしまうのですが。
何だか徒に長く、支離滅裂な文になってしまいました。今日はこの辺にします。
どうかお体を大切に、励んでください。
敬具
シュトルム
追伸 今夜は夕月が綺麗です。
次話は菫からの再返信です。




