第35話 恋文(二)
シュトルム様参る
(殿下とお書きした方が良いかと迷いましたが、貴方様のお文のままにこう書かせていただきました。)
拝復 お元気でいらっしゃいますでしょうか。
私も、心利いた言葉が思いつかず、頂いた言葉を拝借する事に致しました。
私は息災にしております。
お逢いした事が朧のように思われ、未だ夢見心地の中におります。
お文をありがとうございます。
疑ってはならぬと思いながら、お文を下さるというお言葉がお気まぐれでなければ良いと、願っておりました。
本日、姐様に呼ばれてお文を渡された時には胸が高鳴り、読んだ時にはもっと、胸が破れるかと思うほどでした。
ああ、下さったお言葉は本当の事だったのだ、夢ではなかったのだと、嬉しうございました。
また、私の事をこんなにもお優しく思っていて下さるなんて、ありがたく、本当にありがたく思っております。
私の許しを得たいとのこと、とんでもないことでございます。
妓楼の禿という卑しい身を、あの時に貴方様は何の躊躇もなく「友達だ」と言って下さりました。
そのお姿は、とても大きく力強く頼もしく見え、はしたなくも「そう、私のお友達なの、お友達になりたいの」と声の限りに叫びたく思いました。
また湯殿でも、私が涙を流してしまった時は、辛い気持ちよりも安らぎの方がより大きかったのです。
貴方様のお言葉が私の心を励まして下さり、お背中に縋りついた時は、こうしていれば大丈夫だ、この方は私の心を大切にして下さるのだ、と。
あい、私は貴方様のお背中に、貴方様に頼りたかったのです。心を打ち明けたかったのです。
ですからどうか、許しを、などとおっしゃらないで下さい。
ここまで書いたものを読み返して、とても恥ずかしくなりました。
こんなに心の内を明け透けに書いて、はしたない娘と貴方様に思われはしないか心配です。
でも、書き直さずにこのままにします。
貴方様のお優しい御心をありがたく思う気持ちから書いたものですので。
貴方様と初めてお目文字した時のこと、柏から聞かされました。
私がさる方の御葬儀の献花の列でむずかり、人に押されて転んだときにクルティス様があやしてくださり、貴方様が私の手を引いて祭壇まで導いて下さったとのこと、今更ではありますがありがとうございました。
お話を聞き、貴方様はその頃からお優しく頼もしいお方だったのだなと感激致しました。
自分では憶えが無く、もし憶えておれれば大事な思い出になったのにと残念です。
でも過ぎたことを悔やんでも仕方がありませんので、これからのこと、それから特に昨日のことを忘れぬように、大切に大切に胸に刻みます。
貴方様にお願いが一つございます。
会いたいと思って下さること、本当にありがたく、私もお目文字しとうございます。
ですが、どうか、私の事でお務めにお差支えが無いようにお願いいたします。
貴方様は国の御宝、大切なお体と承知しております。
御身を国のために捧げられるのがご本分、その妨げになりましては私は国の大罪人となってしまいます。
どうか、お学び、ご修練の際には私の事はご放念ください。
お文も、どうかご無理はなさらないで下さい。
私には、何かの折にほんの少し思い出していただくだけでも、身に余る幸せなのです。
私も、今はともすれば貴方様のお姿を心に浮かべ、空耳にもお声を探してしまいます。
未だ修行中の禿の身にありこのような事ではならぬと知りながら、つい貴方様の事で心が一杯になってしまいます。
ですが、これではならじと、気を引き締めます。
そしていつの日か、皆様のお許しを得て、貴方様のお目文字を得ることを励みに、お稽古に、椿姐様のお世話に、力を尽くします。
貴方様もどうかくれぐれも御身大切にお励みくださいませ。
かしこ
菫女
二人の文通はまだ続きます。
次話はユーキからの第二信です。




