第33話 花園楼その後
ユーキが引き揚げた後の花園楼+ユーキたちが帰邸した後のお話です。
承前
ユーキたちが去った椿の間では、薄が静かに菫に諭していた。
「菫、ああはおっしゃっても、殿方のお心はこの国の風のように気ままなもの。徒な望みを持ち過ぎない様にしなさいよ」
「婆様、お言葉ではありますが、殿下はほんにご誠実なお方。私は御心を信じとうございます」
「そうね。でも、それでもよ。貴女たちが今習っている、蝶と花の踊りのようになるかも知れないの。その時の覚悟はきちんとしておきなさい。いいわね?」
「……あい」
「その時は私の順番で」
「菖蒲、貴女は引っ込んでなさい」
「あい。えへへ」
「あの、婆様」
椿が不満げな声を薄に掛けた。
「何? 椿」
「二人の手紙を本っ当に私も読むのですか? 私信、しかも恋文ですよ?」
「ええ、そうよ。それが何か? ああ、そりゃ楽しみかも知れないけど、菫の気持ちも考えて、度が過ぎなければとやかく言わない様にしてあげるのよ。もしも菫が上手く書けないようなら、色々教えてあげてね。妓女なら恋文なんてお手のものでしょ?」
「楽しみだなんて、あるわけないじゃありませんか。何で私が他人の恋路の交通整理みたいなことをしなきゃならないんですか」
声を高める椿を、薄は薄ら笑いを浮かべて突き放す。
「貴女、他人じゃないでしょ、菫の姐でしょ。頑張って妹の面倒を見てあげてね」
「婆様が自分で読めばいいじゃないですか」
「何を好き好んで他人の恋路の交通整理みたいなことを」
「婆様、酷いわ。この人非人」
「遣り手婆なんて、極悪非道じゃなきゃできないわよ。オホホ」
「えへへ」
「菖蒲、あんたはいいから」
「えへへ」
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一方、クルティスは当日の帰邸後に父クーツの部屋をこっそり訪れていた。
「父上」
「なんだ、クルティス」
「今日、ユーキ様が、例の紫の瞳の君と再会されました」
「なんと! 真か! して、お相手は、どこの誰か?」
「花街通りの花園楼という妓楼の、菫様という名の禿です」
「花街か、なるほどあそこは盲点だった」
「父上も捜しておられたのですか?」
「そういう訳ではないが、外出するたびに気には掛けておった。で、どうなのだ、首尾は?」
「上々、と言っていいのかどうか。というか、相手は禿ですが、良いのですか?」
「何が駄目なのだ? マレーネ様も御前様も相手の出自をお気になさるような方ではないぞ。それともその菫様が酷い悪女ででもあるのか?」
「いえ、それならば結構です。菫様は、純情可憐な方です。それで、先方の許しが出るまでは会わずに文通されることになりました。その手紙の往復の使いを私が命じられました」
「それはまた大変な……まあ、頑張れ。ヘレナやアンジェラたちには伝えておく。ついでに適当に遊んで来ても良いぞ。但し自分の金でな」
「……俺の給金で、あんな場所で遊べるはずないだろ」
「それは知らん。ああ、手紙の内容はわからんだろうが、お二人の御様子で大体の状況はわかるだろう。逐次、報告しろ」
「で、マレーネ様と御前様には?」
「儂から伝える。マルガレータ様にもだ」
「そのこと、ユーキ様には?」
「内緒に決まっているだろうが。どうせユーキ様は我々に内緒にされるのであろう? だったらこっちも内緒にせんと、おかしな事になるだろうが。よーし、ユーキ様の毎日の御機嫌を見る楽しみが出来たな」
「うわぁ……」
ユーキは家中一同から生暖かい目で見守られることになりました。
次話からも暫く短い話が続きます。




