第19話 村
承前
昼間に吹いていた東風は、夕方になると弱まった。
背の低い家々に囲まれただけの村の広場ですら、無風になった。
風が止まると湿気だけが意識され、雰囲気は陰鬱になる。
風と同様に、商隊が広場で開いた市も低調だった。
集まった村人はかなり多く、子供を含めれば全部で百人は超えていたようだったが、売り上げは少なかった。
金がないのかとも思ったが、村人たちの身なりは、特に見すぼらしくはない。
田舎では珍しそうな雑貨に対して興味を示す者もそれなりにいたので、食料との物々交換を持ち掛けてみたが、成立した件数はちらほらであった。
店の横に立っている護衛たちも、それを手持無沙汰そうに見ている。
一時間ほどして人の数が減り始めると、商人たちは誰からともなく、
「今日はこれぐらいで……」「食事の支度がありますので、早仕舞いです」「本日はありがとうございました」と店をたたんだ。
護衛たちも荷物運びを手伝い、村の外に撤収した。
荷馬車に戻り食事の準備をし、商人と護衛とに分かれてそれぞれ明日の打ち合わせをしながら食べていると、村長が二人の村人にそれぞれ小さな鍋を持たせてやってきた。
「今日は何のお役にも立てず、申し訳ありません」
「いえ、とんでもないことです。一度限りの旅の商人に過ぎない我々に、この場所を貸していただけるだけで有難いことです」
「田舎の事で、商人の皆さんにあまり慣れていない者ばかりで。失礼もあったかと思いますがどうぞお許しください。これは田舎の料理でお口には合いますまいが、どうかお召し上がりください」
見ると、野菜と少しの獣肉を煮込んだものである。
二人の村人が商人と護衛の輪にそれぞれ鍋を一つずつ運んでゆく。
「これはお気遣いありがとうございます。宜しければ皆様もご一緒にいかがですか? 少しばかりですが、ブドウ酒もあります」
「ありがとうございます。折角ですが、まだ仕事も残っておりますし、皆さまでゆっくりと寛いでいただければと思います」
村長は薄い愛想笑いを浮かべて固辞し、ノルベルトも無理強いは避けた。
「そうですか、それではそのようにさせていただきます」
「明日はいつ頃お立ちですか?」
「日の出には出発したいと考えております」
「承知しました。今夜はゆっくりとお休みください。では」
村長たちは鍋を渡すと、村の中に去って行った。
彼らの姿が消えた後、商人たちは顔を見合わせていたが、折角出されたものである。
ノルベルトが汁を一さじ掬い、舌先で舐めてみた。
「うん、苦くはないな」
「どれ、私も一口……薄味ですな。塩が足りていないのでしょうか。不味くはないが美味くもない。間に合わせに作った、といったところですか」
「全く食べず捨てるのも不自然でしょう。何人かで分けましょう。ああ、護衛の皆さんは食べないでください。万一、皆さんに何かあると、困ったことになる」
鍋の半分ほどを食べると、残りは穴を掘って他のごみと共に埋めてしまった。
その後、数人を見張りに立ててその夜は眠ることにした。
翌朝、商隊はまだ夜が明けない頃から出発の準備をした。
荷馬車を街道に戻して隊列を整え、日の出と共に出発する。
村を通り、出口に近づくと村長が村役と共に立っている。
ノルベルトは馬車から降りて鍋を返すと、礼を言い、小袋に入れた砂糖をわたした。
「おはようございます。昨日は有難うございました。これは少しばかりですがお礼です」
「これはお気遣いありがとうございます」
「いえ、ほんの心ばかりのものです」
「道中どうぞお気をつけて。御存じかもしれませんが、この先、グレーゼンまでの間に盗賊の噂があります。話によると、こちらからは遠いですが、グレーゼン寄りの山に棲みついているらしいです。全ての商隊を襲うわけではないようですが」
「大変ありがたい情報です。護衛は連れておりますが、用心するに越したことはなさそうですね」
「十分な護衛がいると見れば、襲ってこないでしょう。盗賊も返り討ちにされたくはないでしょうから」
「そうであればよいのですが」
「御無事をお祈りします。また機会があればおいで下さい」
「その時には、もう少し皆様のお気に召す品を持ってくるようにいたします。それでは、また。村長もお元気で」
「皆様も。それでは」
ノルベルトは商隊に出発するように合図すると、最後尾の自分の荷馬車に乗る。
他の最後の荷馬車が動くと、村長にひとつ頭を下げ、馬に手綱で進行の合図を送って横を通り過ぎた。
村長たちはしばらく見送っていたが、やがて無言で引き返して行った。
次話、「襲撃」
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