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風の国のお伽話  作者: 花時雨


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第14話 二人の父

本話と次話はケンの話になります。

王国歴222年6月(ケン18歳)


ピオニル開拓村の塔に吹き付ける風は、今日は湿気を含んだ南風だ。

春は終わり、初夏から夏へと季節は移ろうとしている。

植物は今の季節を逃すまじと、精一杯に枝葉を伸ばす。

農村にとっては猫の手も借りたいほど忙しい季節だ。


この日、ケンは久し振りに塔に登っていた。


ケンは三年前に15歳の誕生日を迎えて村の教会で成人の儀を行い、大人扱いされるようになった。

それからは村長仕事の手伝いや村の雑用、畑仕事などが忙しく、塔に登る回数はめっきり減った。

今日は朝の仕事の後のちょっとした手空きに、思い付いて登ってみたのだ。

太陽はまだ東に低いが、雲の少ない空から照り付けている。

風は弱く少しじめっとして、吹かれていても気持ち良くはない。

初夏のこの季節は森の獲物が豊富で、黒狼もめったに草原には出てこない。

折角登ってみたのだが特に良いこともなく、ケンは小さく溜息をついた。


草原から山の方に視線を動かそうとしたときに、反対側からの物音に気が付いた。

峠を越えて麓のフーシュ村に続く道を、馬に乗った人が駆けて来る。

良く見ると、隣領で代官をしている実父エデューの配下のジョンだ。

ジョンは村長の家の前で馬を止めて飛び降りる。

ちらっと何かを言いたげにこちらを見上げたが、馬を繋ぐと急いで中に入っていった。

何事が起きたのかとは思ったが、自分には直接関係ないことだろう、そう考え、ケンはふたたび草原に目を向けた。

少し風が強くなってきた。まだ雲は多くないが、明日か明後日には久しぶりに雨が降るだろうか。


「ケン、またここにいたの? 父さんがお呼びだよ!」


怒気を含んだ声を下から掛けられた。

見下ろすと、この家の息子のレオンが見上げている。

赤い顔をしているのは、髪の毛の赤が映ったものではないだろう。

目を少し吊り上げ、口はへの字になっている。


「聞こえないの? さっさと降りて来てよ!」


ちょっとムッとしたが、何も言わずに梯子を降りた。


「屋敷中捜し回ったんだよ? 面倒をかけないでよ」


レオンはこちらを睨んでいる。

捜し回るとは大袈裟な、そもそも屋敷といえるほどの代物でもないだろうに。

周りの百姓家よりは大きいかもしれないが、所詮は辺鄙な開拓地の村長の家にすぎない。

どれだけ時間が掛かるっていうんだ。

そう言い返してやろうかとも思ったが、こいつは村長である父親をひたすらに尊敬しているだけなのだ、そう思い返して言葉を飲み込んだ。

それに自分はこの家にとっては厄介者だ。

面倒を掛けている、と言われればその通りだ。

喧嘩をすれば、ますます両親に迷惑をかけてしまうだけだ。


「悪かったよ。ごめん」


ケンが謝ると、レオンはフン、と横を向いた。


「義父さんは仕事部屋?」

「ああ、早く行けば。僕はジョンの馬の世話も言い付けられていて、忙しいんだ」


義理とはいえ弟のくせに態度が悪いが、こいつは最近は、ずっとこんな感じだ。

今更何を言っても仕方がない。


「わかった」


ケンはそう言って村長の仕事部屋に向かった。

後ろで舌を出している気配がするが、気にしないことにした。


「ケンです、入ります」


声をかけて仕事部屋に入ると、息子と同じ赤い髪をした壮年の男がこっちを向いた。

この男がケンの義父である村長だ。


「義父さん、何か御用でしょうか」


ケンは言ってから村長の顔を見てはっとした。

普段から仕事疲れでやつれて見える顔が少し青ざめている。

その前に立っているジョンも口を歪めてこちらを見ている。

どうしたのか、と思っていると、村長が言った。


「ケン、お父上が御病気だ。お悪いらしい。すぐに行くんだ。私も一緒に行く」


父の所へ行くのには、村長が荷馬車を出してくれた。

ジョンが馬に乗り先に立ち、村長は荷馬車の御者席で手綱を取る。

俺はその隣に座り込み、これまでのことを考えるともなく思い出していた。



俺は元はこの領の隣のクリーゲブルグ辺境伯領にあるトリニール町の生まれで、代官の三男だった。

父はクリーゲブルグ領のうち子爵領に接する部分を任されており、子爵領に近いトリニール町に駐在している。

上には二人の兄、一人の姉がいたが、三人とはかなり歳が離れて生まれた。

母は俺を産んだ後の肥立ちが悪く、一か月もしないうちに亡くなった。

子供を産むにはこの世界では高齢であったことも、悪かったのだろう。


俺は姉に面倒を見てもらい、ヤギの乳で育てられた。

父も兄たちも可愛がってくれたらしい。

ただ、代官の三男では、将来の見込みは立たない。

考えた父は、養子の口探しをクリーゲブルグ辺境伯に願い出た。

当時から辺境伯とピオニル子爵との仲は良く、その縁でネルント開拓村の村長に養子を持ち掛けた。

村長夫婦はネルント村の開村前に結婚して五年以上経っていたが、まだ子供がなかった。

このまま子供ができない可能性もある。

そう考えた村長はこの話を受け、俺は一歳の誕生日を過ぎた頃にこの村に送られてきた。


間が悪いことに、その後すぐに村長の妻が身籠り、レオンが生まれた。

俺は村長夫妻を実の父母と思っていたし、あいつも俺に良く懐いていた。

ところが、俺が十歳のある日、誰から何をどう聞かされたか、あいつが俺と血のつながりが無いことを知り、俺に言って来た。


「お前なんか兄さんじゃない。兄さんのフリをするな、インチキ野郎」と。


村長夫婦はそのことを知るとレオンを厳しく叱り、俺とレオンに本当の事を話した。

村長夫婦はそれ以降も変わらずに接してくれるが、何となくぎくしゃくするようになってしまった。

レオンとの間は、推して知るべしだ。

表面上は兄弟として過ごしているが、以前と違って、つっけんどんな態度になっている。


あいつの気持ちもわかる。

俺がいなければ、自分が村長の跡継ぎだ。

血の繋がりもない男のために、将来はただの農民にならざるを得ないのだ。

もっとも、こんな辺鄙な村の村長に、どれほどの価値があるのかはわからないが。

この村しか知らないあいつには、重大なことなのだろう。


自分の出自を知ってから、俺は実の父やきょうだいたちに何度か会った。

村長が、年に一回の領主への挨拶や、開発の相談で領都に行く際に俺を時々伴ってくれ、その帰りに隣領の父の所まで足を伸ばしてくれたのだ。


父は俺が事情を知ったことを聞くと、一緒に暮らせなかったことを謝り、俺にとって良かれとしたこと、今でもそう思っていることを話してくれた。

俺は自分が養子であったことを聞いても、それほどショックを受けなかった。

大したことじゃないと思った。自分にとっても、家族にとっても。

貧しい村では子供を養子に出すのは珍しいことではない。

人買いに子供を売る事すら、何十年か昔は普通にあったらしい。


村の大人たちはみんな俺の事情を知っているはずだが、変に俺に気遣ったりせず、他の子供たちと同じように扱ってくれた。

いたずらをしたら怒られ、手伝いをしたら褒められ、危ないことをしたら叱られた。

禁じられていたのに子供だけで川に遊びに行き、流れに足を取られて溺れかけた時には、近くにいた粉挽きのフレースが飛び込んで助けてくれた。

胸まで水につかりながら肩に担いで川岸まで運び、腹を抱き上げて背中を叩いて水を吐かせてくれた。

息ができるようになったのを見届けると、抱き着いて涙を流して無事を喜んでくれた。


もっとも、その後でお仕置に一同全員尻が赤くなるまで叩かれた。

フレースは普段の仕事で重い粉袋を大量に運ぶため、力が強いのだ。

もう、二度とすまいと誓う気持ちと、もう一度川に行って尻を冷やしたいという気持ちが半々で、みんなで泣き笑いした。


フレースの娘のマリア姉ちゃん(今はもう『おばちゃん』に近い齢だが、『姉ちゃん』と呼ばないと殴られる)は、手が空いた時はよく一緒に遊んでくれた。

マリア姉ちゃんと遊ぶときには、大概、マーシーも一緒だった。その理由は後でわかったが。


フレース一家だけでなく、村全体がそんな風に家族みたいだったので、村長家族と多少ぎくしゃくしても、特に寂しくはなかった。

開拓村の日々の暮らしが厳しくても、この村に養子に出されたことを、恨む気持ちは毛頭なかった。

大したことではない。それに今更だ、終わったことだ。そう何度も考えた。

父には他にも家族がいる。育ててくれた村長にも家族がいる。

誰を恨んでも仕方がないのだ。


ケンはそんな事を道中ずっと、繰り返し繰り返し考えていた。

考えが頭の上にのしかかって来て押しつぶされそうな気がした。


フォンドー峠の急な下り坂で荷馬車から降りて歩いた時も、領境に着いた時もケンは上の空だった。

領境の警備所の衛兵は二人とも、以前ケンがここを通った時にもいた、背の高い男と太った男だった。

通る際にジョンと村長が声をかけると二人はケンの顔を覗き込んだが、事情を知っているのだろう、何も言わずにすぐに通してくれた。



ジョンは馬をかなり急がせたが、父のいる町に着いたのは日も西に傾いた頃だった。

荷馬車の片づけはジョンに任せて、俺は村長と一緒に代官役場である父上の家に入る。


「ネルント村からケンを連れてまいりました」


村長が声をかけると下の兄であるブルーノが迎えに出てきた。


「村長、どうぞ。ケンはここで俺と少し待ってくれ」


村長がうなずいて父の寝室に向かうと、ブルーノは「ケン、こっちで座っているといい」と言い、自分も廊下に何脚かおかれた椅子の一つを引き寄せて座った。


「父さんの具合は? ずいぶん悪いの?」

「ああ、悪い。ずっと以前からそう頑丈な方じゃなかったんだ。しばらく前から、息が切れるとか、胸が痛い、とか言っていて、俺もアルフ兄さんも、気にはしていたんだ。それが、ここ最近、この領のあちこちで悪党の出没とか、他にもいろいろあったりしてな。その対応で、かなり無理をしたのがたたったらしい。お前も知っているかもしれないが、父さんは酒も好きだからな。最近は度が過ぎることも多かった」

「それは知らなかった」

「そうか? お前も酒には気をつけろよ、といっても、まだ酒の味がわかる齢じゃないな。すまん。まあ、飲むようになっても、絶対に飲みすぎるなよ」

「わかったよ」

「一週間ほど前から、あまり夜も眠れなかったらしい。昨日の朝、起きてきて胸が痛いと言って、そのまま倒れたんだ。医者が言うには、心臓がかなり悪いらしい。今は少し落ち着いているが、今度発作が起きたら危ないということだ」

「そんなに悪いのか」

「医者は、俺たち家族は覚悟を決めておくように、と言っていた」

「そこまで……」


ケンは言葉を失う。


「父さんも、そのことは知っている。そのつもりで会ってくれ」

「わかった」


そこまで言うと、ブルーノは口をつぐんだ。

ケンも何も言わずに座ったまま待った。



しばらくして、村長が部屋から出て来て、ケンに声を掛けた。


「ケン、待たせたな。お父上が待っておられる。行きなさい」


ケンはゆっくり立ち上がると、村長と入れ替わりに父の部屋に入った。


父はベッドに横たわったまま、こちらを見ていた。

前に会った時とはまるで別人のようだ。顔色は蒼く、眼に力がない。

ベッドの足元の横にはアルフ兄さんが椅子に座り、兄嫁のブリギッテは立って口吸いで父に水を飲ませている。

アルフはケンを見ると、黙ったまま隣の椅子を指差し、座るように促した。

ケンは、ブリギッテが水を飲ませ終わって場所を空けるのを待ち、椅子に座った。


「ケンか」


声も、弱々しくかすれた。以前の父の、太く良く響く声を思い出してせつなくなった。


「遅くなってごめん」

「何を言うか。ジョンに聞いてすぐに来てくれたんだろう」

「それはそうだけど」

「まあいい。逞しくなったな。18歳だったか。見違えるようだ」

「そう?」

「ああ。元気に暮らしているようだな。良いことだ」

「うん」

「儂にはもう余り時間が無いようだ。今のうちにお前にやりたいものがある。アル」


父がアルフの方を見ると、アルフは立ち上がり、細長い包みを父の仕事机の上から取って来て、ケンに渡した。

ずしっとした重みがケンの手に伝わる。包みを開かなくてもわかる。剣だ。


「お前は養子に出た身だ。この家は閣下の許しを得てアルが継ぎ、他のものはアルとブルーで分けることになる。お前にやれるものは、すまないが、その剣だけだ。まあ、大したものではないが、それなりのものでもある」

「ありがとうございます」


そう言うと、父がにこっと笑った。

父の笑い顔を見たのはいつ以来だろう。ひょっとすると初めてかもしれない。そう思いついて驚いた。


「以前から村長に聞いていた。剣術が好きで上達しているそうだな」

「それほどでもないけど」

「謙遜することはない。マーシーが褒めていたそうだ。あいつは、結構腕が立つ傭兵だ。あいつが褒めているなら、大したものだ」

「マーシーは優しいから。気を遣って褒めてくれたんだと思う」

「そうかもな。それでも構わんさ。もう一つ、村長から聞いた。村長の後を継ぐか、迷っているようだな」

「……」


村長も気づいていたんだ。


「義弟との折り合いが良くないことも聞いていた。お前は人の気持ちに良く気が付くそうだ。義弟の事を考えて、遠慮する気持ちもあるんだろう。わかるよ」

「……」

「構わんさ。村長の後を継げば安心だ、などと思って養子に出した儂の考えが浅かったんだ。それも済まないと思っている」

「そんなことは無い。あの村に出してくれて、良かったと思ってる。村長の義父さんは大事にしてくれるし、村のみんなも優しいし」

「それは良かったな。だが、だからといって、儂の言葉や村に縛られることはない」

「……うん」

「村長の後を継がなくてもいい。これは、村長とも話をした。剣術が好きなら、傭兵になっても良い。血なまぐさい稼業だがな。領主様の許しを得て他領に出ても良い。人の道に外れるような事でなければ、何をやっても構わない。好きに生きなさい。大切に思えるものを自分で探して、それのために生きると良い。母さんも、それを望んでいるだろう」

「村の事、村のみんなの事は大切だと思ってる」

「ああ、それが掛け替えの無いものと思えるなら、村を守って生きるのも良いだろう。悔いの無いよう、好きにしなさい」

「わかった」

「そうか。病気には、くれぐれも気をつけてな」

「うん」


そこまで言うと、父はアルフの方を見て、「話し続けて疲れた。少し眠る」と告げた。

アルフは頷いて立ち上がり、「ケン、お前も来い」と促して部屋から出た。

ブリギッテがケンの代わりに椅子に座り、眼を閉じた父の見守りを続けた。

次話に続きます。


展開の遅い話で申し訳ありません。

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