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風の国のお伽話  作者: 花時雨


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第108話 知らせ

王国歴223年6月(ケン19歳、ユーキ18歳、菫13歳、ノーラ20歳)


菫が国王の許しを得てユーキの許嫁となり、またリュークス伯爵家の養女に迎えられたという知らせは、花園楼にもテレーゼからの使いによって、国王の褒美と共にもたらされた。

さらに、ユーキの母、マレーネ王女からもクーツが遣わされた。

こちらは内々にではあるが、結納の品々持参である。

もう前々からマレーネが準備させてあったらしい。


「薄様、椿様。殿下は御自身が来るという言葉通りにできなかったこと、深くお詫びして欲しいとの仰せでした。申し訳ございません。いつになるかわかりませんが、機会があり次第、必ずお礼に来られるとのことです」

「いえ、それよりも肝心要の、国王陛下とお家から菫のことのお許しを得られるという、大切なお約束を殿下は果たして下さいました。楼一同、心より感謝いたしております。御領地入りを目前にしたお忙しいお体、どうぞお気になさいませぬよう、お伝えください」

「しかるべく。それでは結納の品々、どうぞ幾久しくお納めください」

「有難うございます。謹んでお受けいたします。どうぞ末永く、菫をお願いいたします」

「確かと承りました。時に、内密にお話があるのですが……」


「……」


「……いや、あれはちょっと」

「そこを押してのお願いでございます」

「……考えさせてください」

「よろしくお願いいたします」



クーツが帰った後、広間に山と積まれた品々を柏を始めとした若衆達が整頓する中を、菖蒲や他の禿達が飛び回っている。


「すごーい。さすがユー様んち、質も量も桁違い」

「本当だね」

「菖蒲、お前らもちょろちょろすんじゃねえ。あっちへ行ってろ」

「大丈夫。そっちも見たい。あ、足に当たっちゃった。えへへ」

「菖蒲、ちょっと私の部屋へ来なさい」

「婆様、ごめんなさい。許して。えへへ」

「来なさい」

「お願い」

「いいから……」


有無を言わさず首根っこを薄婆に掴まれ、『えへへ』と言いながら引きずって行かれる菖蒲を見て、他の禿たちは首をすくめる。

柏は「あれは治りやしねえよ。無理だろ……」と呆れて見送った。


------------------------------------



「ノーラ、ピオニル領の領主が交代になるらしいぞ」

「父さん、本当? どういうこと?」

「今朝ギルドへ行ったら、噂になっていた。どうも領主が罰せられて、交代させられるらしい」

「じゃあ、ケンたちの訴えが通ったのね? 良かった……」

「多分、そうだろうな。新領主にはユークリウス王子が就くらしいぞ」

「そうなんだ。ユークリウス王子って、カチカチの堅物だって噂だよね。ケンたち大丈夫かなあ」

「わからん。とにかく、早いうちにまたピオニル領へ、ネルント村へ行けるようにしよう」

「うん。村の人たち、どうか亡くなったり怪我したりしていませんように」


------------------------------------



国王の御裁断の結果を知らせる使者が主街道を通ってピオニル子爵領へ、ネルント開拓村へと急ぐ。

道中、ローゼン大森林の側も通り過ぎて行く。

その様子を(さと)ったウンディーネがローゼンに話し掛けていた。


「ローゼン、ローゼン、あの子、領主様に御出世してこっちの方に来るみたいね」

「それがどうしたの? 子爵領の領主ぐらいじゃ、ユーキには出世のうちに入んないでしょ」

「そんなことわかってるわよ。違うわよ、肝心なのは、こっちの方へ来るってことよ」

「それが何か?」

「飴、持って来るわよね?」


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数日後、国王の御裁断の結果を知らせる使者はようやくネルント開拓村に到着した。

既に衛兵長から、監察団は村からの訴えの正当性を確認して帰都したと聞いてはいたが、村長を始めとして村の全員がどうなるかと気を揉んでいたところだった。

さすがに今回は、使者をフォンドー峠で誰何して止めたりはしなかった。

衛兵長からの早馬の知らせを受けて、村長自らが麓のフーシュ村で出迎え、開拓村へと案内した。


村長の家で村の主だった面々一同が平伏する中、使者は国王の御裁断の結果を告げた。


「村長、訴人以下、一同揃ったか?」

「はい、揃いましてございます」

「うむ。では申し渡す。畏れ多くも国王陛下にあらせられては、今回の其の方らからの訴えおよび領主・代官との衝突に対し、以下の御裁断を下された。謹んで聞くように」

「ははっ」

「ひとつ、税率に関する訴えについては訴人に理由あるものとする。既存の契約書を有効と認め、税率等の税の一切を従前に戻すことをピオニル領領主に命じる。ひとつ、領主と事を構えんと、村民一同が紛争の準備をし代官との闘争に及んで死者を出した事、誠に遺憾であり厳しく叱り置くものである。しかしながら、該代官により不当なる暴力を受けた事、および該代官が領内諸所にて粗暴の振る舞いを繰り返していた事に鑑みると、幼き者達を守らんとの思いには汲むべきものがある。前領主も領政不行き届きについて代官の所業を理由として罪一等を減じられたことを考慮し、この件については今回に限り罰せぬ事とする。なお、前領主は交替を命じられたため、今後の村政については新領主に従う事。御裁断は以上である」


村人たちが互いに顔を見合わせてざわつき始めるのを制して、村長が使者に恐る恐る確認する。


「あの、ということは……」

「簡単に言えば、お前達の全面勝訴だ。税は元通り、罰は無い。良かったな」


それを聞いて、村長たち一同は一斉に顔を上げて使者を見た。


「は、はい。お使者様、お蔭様を持ちまして、有難うございました」

「私に礼はいらぬ。国王陛下に感謝することだ。それと監察団の王子殿下の方々にもな」

「はい。あの、新領主様にはどなた様が?」

「ユークリウス・ウィルヘルム・ヴィンティア殿下であらせられる。領都には、約一週間後に赴任される御予定と伺っている。お前達も存じておろうが、真面目な優しいお方だ。期待していると良い。それもまた陛下のお蔭だな」


もう村人たちの喜びの声は止まらない。

「良かった。おい、聞いたか、もう大丈夫だ、良かった」と互いに肩を叩き、抱き着き合う。涙を流し始める者もいる。

村長も涙声で使者に応えた。


「はい。国王陛下並びに王家の皆様のお蔭様をもちまして、我々はこれからも平和な暮らしを営めます。みんな、国王陛下に万歳三唱だ!」

「おう!」

「国王陛下、万歳!」「万歳!」「万歳!」


万歳は三唱で終わらず延々と続く中、使者はケンを呼んだ。


「ケン・ファジアと申す者はおるか?」

「俺です」


ケンは使者の前に進み出た。

自分には別に処分があるのかと緊張する。


「これを」


使者は小さな書簡を渡した。


「新領主となられるユークリウス殿下から言付かって来た。個人的な書簡とのことである。返事は、こちらに来られてから直接聞くとのことであった。確かと渡したぞ?」

「はい、有難うございます」


処分ではなかった。

ケンはほっとした。

自分の中に張り詰めていた覚悟が緩んでいくのがわかる。

ケンは書簡を押し頂いたが、個人的なことなら今読むべきではないだろうと、ポケットに入れた。


「では、以上で全てである」

「お使者様、誠に有難うございました」


村長が涙ながらに礼を言い、歓喜の声が続く中を国王の使者は帰って行った。



その日、村はお祭り騒ぎになった。

村長の家やマーシーの家、その他あちらこちらに集まって村人たちが宴に興じる。

ニードとの戦いを指揮したケンは引っ張りだことなり、宴から宴へと連れ回された。

戦いに参加した連中がケンの肩を抱きかかえて戦いを振り返り、ケンの指揮を褒めそやす。

他の者も、口々にケンを讃えて感謝の言葉を雨のように浴びせる。

自分では酒を一口も飲んでいないのに、人々の熱気に当てられて頭がクラクラとして何も考えられない。

ケンは日が落ちる頃になってようやくみんなの目を盗んで一人になると、のぼせた頭を冷やそうと久し振りに塔に登った。


うす暗がりの中、ゆっくりと一段一段確かめながら梯子を登り、登り切ると櫓に座り込んだ。

月は昇っておらず、まだ残る薄暮の明りでかすかに見える村や畑、そして草原や山の方を眺めた。


ここに登るのはこの前、ユークリウス殿下と話をして以来だ。

あの時は、ニードたちとの戦いを振り返り、戦闘報告としてまとめることで頭が一杯だった。

今はもう、考えなければならない事は何もない。

家々から洩れて来る村人たちの喜びの声に混じり、遠くから小さく、季節外れの黒狼の遠吠えが聞こえる。

このところは戦いのことで頭が一杯で、畑仕事や害獣の出没には気が回っていなかった。

各家の家畜小屋はきちんと戸締りをしているはずだが、勝訴の喜びで気が緩んでいる者もいるかも知れない。

後で確認に回ろうか。

いや、こういう仕事もレオンに一緒にやらせて憶えさせないと。


そこまで考えて、ケンは首を振った。

俺がどうこう言うべきじゃない、あいつは村長になるために自分で頑張っている。

その事を頭から振り払おうとして、ケンは昔からの事を一つ一つ思い出した。



村長に連れられて初めてここに登った時の事。

黒狼と銀鹿の闘いを見つめた事。

レオンを連れて一緒に登った時の事。

村長が実の父でないと知って、一人で登った時の事。

レオンに下から呼び戻され、実父の危篤を知らされた時の事。

マーシーとの剣術の修行。

そして村の危機とニードとの戦い。


今は考えなければならない事は何も無いとまた思い返し、可笑しくなり、少し寂しくなった。

これから俺は何をするのだろう。

もうここには戦いはない。

俺はどこで何をすればいいのだろうか。


また黒狼の声が聞こえる。

繰り返し繰り返し、人の名を長く叫ぶような声は、遠くから俺を呼んでいるようにも聞こえる。

急に吹いて来た季節外れの北風に乗り、さっきよりも大きく聞こえて来る。

風の精霊(シルフ)が俺に聞かせようとしているのだろうか。

遠吠えに耳を傾けていると、ユークリウス殿下の顔とここで話した事が頭に浮かんできた。


『ケン、君はここで何をしたい?』


殿下の言葉が頭の中で何度も響く。

俺は何をしたいんだろうか。ここで何がしたいんだろうか。


そこまで考えて、ケンはポケットの中の殿下からの書簡のことを思い出した。

空は既にとっぷりと暮れた。

星明りだけの中、まだ続く黒狼の遠吠えを聞きながら、塔を降りて自分の小さな部屋に戻った。

暗闇の中でランプを点け、粗末な机に向かって座りポケットから書簡を取り出して作業用のナイフで静かに封を開く。

一枚きりの便箋を両手で持ち、そこに流れるような文字で書かれた言葉をケンは何回も何回も読み返した。


「ケン、領都に出て来て私の下で働いてくれないだろうか。君の村だけではなく領全体を守ることに、君の力を貸して欲しい。 ユークリウス」


次話、最終話「出発」。

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