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風の国のお伽話  作者: 花時雨


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第104話 テレーゼの詰問

承前


「菫さん。実は他にも、確認して王妃殿下に報告しなければならないことがあるのですが。王妃殿下の厳しい御命で、実に大事なことです。決して包み隠さず、きちんとお答えくださいね?」

「あい」


菫が緊張して答えるとテレーゼも上ずった声で尋ねた。


「殿下とはどこまでのお付き合いを?」

「どこまで、とおっしゃいますと」

「手を繋がれたことは?」

「あい、何度か」

「詳しく、最初から」

「最初は、私は良く憶えていないのですが、三歳の時に柏に連れられて行ったある方の御葬儀の席で」

「三歳。殿下は八歳ですわね」


テレーゼは真剣に、菫の言葉にいちいち頷きながら聞き入っている。

できることなら記録を書いて取りたいという風情だ。

その様子に菫も、これは誤りがあってはならぬのだと、ゆっくりと一つ一つ確かめながら答える。


「あい。私が人にぶつかられ、花束を落として泣き出した時に、お微行(しのび)で居合わせた殿下が拾って下さり、手を引いて祭壇まで導いてくださったと、聞きました」

「幼き日の出会い……。二人で手を繋いで歩まれた……その時のお気持ちは?」

「あいにくと憶えておらず、心残りです。ですが、その頃からお優しい方だったのだなと、慕わしく思います」

「そうですね。理解できます。二度目は?」

「数か月前に再会した日に、です」

「何と、再会は約十年ぶりにですか。それは劇的ですね」

「あい、その日、ならず者からお救いいただいた後に、でした」


菫はユーキに助けられた時のことを思い出して、頬をうっすらと染めて答えたが、その不穏な言葉にテレーゼは驚きを見せた。


「ならず者から救われた? で、殿下、お勇ましいですわね。いったいどのように?」

「あい、私がある店でならず者に絡まれ、荒々しい言葉を投げ付けられて気落ちして腕を掴まれたその時に、お微行でおられた殿下が間に入って言い返して下さり相手を怯ませられました。そして襲い掛かった相手をものの見事に投げ飛ばし、私の身も心もお救い下さりました」

「何とまあ。それは、まるでお伽話の王子様……いえ、実際に王子様でしたわね。では、その後に?」

「あい、お礼のために楼においで頂きその席で舞踊をお見せしたのですが、姐様が戯れで、殿下にもお教えするようにと申されまして。真に受けられた殿下のお手を取ってお教えしました」


『真に受けて』。

その言葉にテレーゼは困惑し、よもや王子が嗤い者になったのではと心配げな様子になった。


「真にとは……そ、それは殿下は冗句を投げ掛けられるのには、慣れておられませんから……で、その時にはどのようにお思いに?」

「あい。本当に憶えようとされていて。何事にも真剣に取り組まれるお方なのだなと心動かされ、敬う気持ちで胸熱くなりましてございます」

「そう、そうです! 殿下の御真面目ぶりは、王族、貴族の中でも御評判なのです。それがお判りとは、さすが菫さん、素晴らしいことです。三度目は?」


テレーゼは不安げに聞いていたが、菫の答えに安堵を見せて問いを続けた。

菫にとって、三度目に手を取り合った昨日の記憶はまだ新しく、まざまざと眼の前をよぎる。

頬を僅かに染め、躊躇いがちに小声で答える。


「あの……昨日……」

「昨日? またそこまで間が空くのですか? 殿下にも御事情があったのでしょうが……」

「あい。その間は、お文のやりとりだけでしたので」

「文。会わずに、文通ですか。それはまた浪漫と言うか、純情と言うか……そのやりとりを伺っても?」

「それは、御勘弁下さい……」

「そ、そ、そうですわね。もちろんです。私信ですものね。私としたことが、立ち入ったことを、失礼しました」


つい犯した己の無礼にテレーゼは狼狽したが、菫は取り成そうと慌てて返事する。


「あ、でも! お稽古を頑張りなさいとか、御自身も学びや武術に努められるとかそのような事ばかりで! 互いに励みましょうと、励まし合うのがもっぱらで、礼や品を失うようなことは何もありませんので!」

「なるほど、礼儀正しく、真面目なやりとりを交わし、励ましあっておられたと。良いことですね」

「あと、次に会えたら何を話そうか、でも本当に会ったら何も話せなくなりそうだ、とか……。私も同じ気持ちで……」

「そう、そう、そういう気持ちを通じ合わせようとすること、とても大切です。わかります。わかりますよ」


テレーゼは一度落ち着こうと努めて間を空け、菫にもそう促すかのように深い呼吸を繰り返した。

そしてそうっと尋ねを続ける。


「それで昨日は?」

「あの、殿下が突然会いに来られまして……」

「何をおっしゃられたのですか?」

「その、恥ずかしいのですが……御領主となられ、何年か王都をお離れになると。その間はお役目に全力を尽くされるので、会う事どころかお文もままならぬだろうと。それでもお気持ちは変わらない、それをお伝えに来られたと。それで……」

「それで、それで?」

「いずれ妃として迎えに来たいとお望みいただきました。驚きましたが、嬉しくて、でも不安で。楼の皆とお別れするのもつらくて。そのことをお打ち明けしましたら、私の両手を殿下の御手でお包み下さいました」

「はい、はい、そっと優しく、ですね。そして?」

「そして、殿下が護って下さると。信じて欲しいと。幸せになれば、楼の皆もわかってくれると。王族の務めは大変だけれど、私ならできると力付けて下さいました。受けると一言言ってくれれば、周りは説得して下さると」

「で、で、何とお答えしたの?」

「あの、護られてばかりは嫌ですと。その……一緒に……」

「一緒に?」

「あい。一緒に励んで、殿下の御業を、精一杯の力でお支えさせていただきたいと、……申し上げました……」

「はあ……♡ 良くぞ、お答えされました……殿下はさぞやお喜びだったでしょう」

「あい。私は涙で殿下の御姿が良く見えませんでしたが、殿下は御手絹で拭って下さいました」

「そう……殿下、お優しくてうらや……い、いえ、その時の、お答えした時の気持ちを忘れないで下さいね」

「あい。ありがとうございます」


テレーゼはそこで一呼吸置くとごくりと喉を鳴らし、新たな問いを繰り出した。


「では、接吻は?」

「いえ! ございません!」

「そう、そうなの。残……清い交わりで良かった、と言えば良かったわね。でも、包み隠さずね?」

「あの……それでは……」

「! 何かあったの?」

「昨日、お答えをした後に、その、あの、そのような雰囲気になったのですが……」

「それで? それで?」


菫は椿たちの方をジト目で見た。


「控えの間から婆様たちが障子と共に雪崩れ落ちて来られて……」

「……つまり、そこの皆さんが台無しにした、と?」

「あい」

「なんと不憫な!」


テレーゼはそう叫ぶなり、やにわに薄たちに向き直った。

両の目尻は吊り上がり、こめかみには皺が寄り、口は大きく上下に裂けた。

虎児を奪われた虎母の形相、龍をも睨み殺さん眼力、俄かに立ち昇る黒雲を背負えば巻き起こる旋風は驟雨を呼ばんばかりである。


「貴女方! そこに直りなさい! 真っ直ぐに!」

「は、はい……」


思わずひれ伏す薄を見ても、テレーゼの詰問は容赦ない。


「どういう了見ですか、乙女の一大事をぶち壊すとは!」

「いや、あの、あれは事故と言うか、その、でも、菫はやはり未成人で幼いですから大丈夫かと心配で……止むを得ず……」

「そういうものではないでしょう! 将来を誓い合った後なのですよ? 流れとか! 勢いとか! あるでしょう! 今時、接吻ぐらい、良いのでは!」

「も、申し訳ございません……」


「その位で御勘弁を!」


あまりのテレーゼの剣幕と消え入りそうな薄の声に、見かねた柏が割って入って頭を下げた。


「そこをおどきなさい!」

「コルネリア様、あいすいやせん。この通りでございやす。で、ですが、コルネリア様も今までの問い、王妃様への御報告に本当に必要でやすかい? 手を何回どう繋いだか、それが菫をお妃とするか否かに一体どういう関係がございやすか?」


柏に強く問い返されて、テレーゼの勢いが一時に消えた。

虎への変化は解けて猫となり、視線を床に落としてきょどきょどと見回し、声もどんどん小さくなる。


「! え……それは、えっと、いえ、ほら、その、菫さんはやはり未成人で幼いですから、殿下がいろいろ行き過ぎをしていないかと妃殿下が御心配されて……それに御交際の様子でお二人のお気持ちもわかるだろうと……強い御命で止むを得ず……それに……」

「「「それに?」」」

「妃殿下も私も、恋話聞きたいし……」

「わかる」「わかる」「いや、職権濫用だろ」


呆れる柏の後を菖蒲が引き取った。


「あ、顔、真っ赤。菫がチューリップになってる。可愛い。えへへ」


お読みいただき有難うございます。

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