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風の国のお伽話  作者: 花時雨


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第101話 国王への直談判

前話翌朝


国王と王妃は、国王の執務室で二人揃って困惑していた。

昨日、ピオニル子爵領の臨時領主を引き受けたユーキが朝早くに謁見を願い出て来た。

今日の午後に任命を控えているというのに、しかも『国王陛下と妃殿下に内密に相談に乗っていただけないだろうか』とのことだ。


家に戻って両親に反対されたとか、一晩経って決心が揺らいだとかではあるまいか。

しかし領に関することであれば、妃に同席を望んだりはしないだろう。

一体どういうことであろうか。


二人は午前の政務のうち急ぎのものを手早く済ませて国王の執務室に集まると、ユーキを呼ぶように侍従に命じた。


「ユーキのやつ、何事であろうか。やっぱり止めたいとか言い出さぬであろうな」

「ユーキはそのような、前言を簡単に翻すような者ではないと思いますわ。ですが、何事かは、妾も思い当たりませぬ」

「厄介事でなければ良いのだが……」


二人がいらいらしながら待っていると、ほどなく侍従がユーキの来室を告げた。


「ユークリウス殿下がいらっしゃいました」

「おお、来たか。早く入れろ」


国王の声に応じてユーキが入って来た。

だが、いつものユーキとは様子が違う。

背は丸まり頬は赤く、扉の所でもじもじしていたかと思うと、同じ側の手と足を同時に動かしてぎこちなく歩いて来て二人の前に立った。


「お、お早うございます」

「挨拶は良い。どうした、ユークリウス」

「はい、陛下。実は、お願いしたいことができまして。昨日のお言葉に甘え、参りました」

「うむ、何だ。言ってみよ」

「はい、二つあります。一つは、陛下が昨日の御裁断を件の村にお知らせになられる際に、御使者にその村の住人宛の私信を託したく、そのお許しをいただきたいのです」

「何だ、そんな事か。それなら儂に言うまでもなく、使者に直接頼めばよかろうに」

「いえ、陛下の御名代を無断で私事に使うのは良くないと思いまして」

「お前は相変わらず糞真面目だのう。そんな些事、気を遣う事も無かろうに。ピオニル領の黒縮病では果敢に焼却を独断したくせに、成長しているのかしていないのか、全くわからんな」

「畏れ入ります」

「まあ良い。おい、手配を頼む」


国王が侍従に向かって言うと、侍従は頭を下げて了解を示した。


「それで、もう一つは何なのだ? 同じような詰まらんことではあるまいな?」


国王に催促されて、ユーキはいきなり不自然に反らんばかりにまで背を伸ばした。

そして顔を赤らめ、咳払いを繰り返す。

手はそわそわと落ち着きなく動き続ける。


「えーと、ゴホン、私には詰まらなくはないのですが、オホン、陛下と妃殿下にとっては詰まらないことかも知れません」

「む? 何だ?」

「ゴホン、はい、あの、コホン、えーと、実は」

「早く申せ」

「はい、あの、できればお人払いを願わしく……」

「それほどの重大事か?」

「えーと、オホン、重大事ではないかもしれませんが、人前では申し上げにくく」

「いったい何事なのだ」


国王は訝しげにしながらも、侍従たちに合図した。

侍従たちも不審げな顔をしていたが、頷いて次々と部屋を出て扉が閉まった。


「さあ、これで良かろう?」

「はい、有難うございます。実は、その、えーと」

「まだ言いにくいのか。まあ座れ」

「はい」


呆れ声の国王の命に従い、ユーキは応接用のソファに移動して浅く腰を掛けた。

国王と王妃も移動してきて、ユーキと向き合って座る。


「深呼吸せよ」

「……はい」

「もう一度だ」

「……」

「少しは落ち着いたか?」

「はい」

「では、思い切って言え」


ユーキは思い切り息を吸うと、両膝に手を置き、頭を下げながら言った。


「実は、妃を娶りたく、お許し下さい!」


聞いていた二人の目が点になった。

国王は無言で固まっている。

王妃は扇を広げて口元を覆っているが、こちらは口が開いたままになっているようだ。


「いえ、今すぐということではなく! いずれではありますが、御許可と御相談をお願いしたく参りました!」


ユーキは言い切ると、頭を下げたまま口を一文字に結んで、目だけで二人の方を見上げている。

頬は真っ赤になったまま、いやもう顔全体から首まで赤を通り越して紅に染まっている。

国王と妃は、ゆっくりと互いに顔を見合わせた。

目と目で頷き合ってユーキに向き直ると、国王がなんとか問い返した。


「『き・さ・き』と申したか?」

「はい!」


間髪を入れずユーキが答える。


「結婚したいと申すのか?」

「はい!」

「お前、いったい、いつの間に……相手は、どこの家の令嬢だ?」

「いえ! 貴族の令嬢ではありません!」

「では誰なのだ?」

「菫さんと申します! 花園楼と言う妓楼の禿です!」

「か、むろ……」


また国王が絶句した。

すると替わりに王妃が尋ねて来た。


「ユークリウス、声を下げなさい。頭を上げて。その者と、好き合うておるのですか?」

「はい」

「本当ですか?」

「はい」

「妃と聞きましたが、側室ではなく正室、正妃なのですね?」

「はい」

「事情を話しなさい」

「実は、幼い時に出会い、ひと目で好きになりました。その後は長らく会えなかったのですが、昨年ようやく再会し、私の想いを受け入れてもらえました。その後は手紙を交わして互いに想いを確かめ合ってきましたが、ピオニル領に赴任すると当分会う事も手紙を頻繁に交わすこともできなくなると思い、この際、将来妃になってくれるようにと昨日に望みを告げ、受けてもらった次第です。私の、いえ、二人の想いは確かなものです」


ユーキがか細い声で恥ずかしそうに語ると妃は目を細めて頷いた。


「……そうですか。全く知りませんでした。幼い時から想い続けていたのですか」

「はい。再会が叶うとは思っていなかったのですが、偶然にまた出逢うことができました」

「良く隠し通しましたね……」

「はい。メリエンネ様には見破られましたが」

「そうですか。それで、その後も想いを確かめ合っているのですね」

「はい、想いを込めた手紙を何度も交わしました」


ユーキの答えに、妃は微笑みながら何度も頷く。

すると国王がまた立ち直って気遣わしげに尋ねて来た。


「ユークリウス、世の中には、傾城、傾国ということがある。妓楼の娘ならば、言いたくはないが、その者の手練手管に掛けられているのではないか?」

「いえ。そのようなことはありません。先方から、何かを求められたことはございません。そもそも、菫さんはまだ妓女ではありません」


胸を張って答えるユーキに国王は「むぅ……」と唸ったが、問いを続けた。

今度は声が厳しい。


「もし儂がだめだと言ったらどうする? ピオニル領を投げ出すとでも嚇すつもりか?」

「いえ、そのようなことは致しません。領政に精一杯努めて栄えさせ、陛下にお返しした後にお許しを得て王族からお放ちいただき、庶民となって菫さんの所に参ります」

「そうなる前に、お前の妃を儂が決めると言ったなら?」


ユーキは肩を一瞬びくりと動かしたが、胸を張ったまま堂々と答えた。


「陛下に従います」

「何と?」

「私は生涯、菫さん一人だけを愛し抜きます。また、言うまでもなく、陛下の命には従います」

「意味がわからん。どういうことだ?」


首を捻りながら訝しげに問い返す国王に、ユーキはぎこちないながらもにっこり笑って答えた。


「私の成人の儀の際に、陛下は『妃を愛せよ』と諭して下さいました。であれば、私が愛せぬ者を妃にせよと陛下が命じられるはずがない。私は陛下を心から信じ奉っております」

「それは……」


国王がポカンと口を開けたまま、三度(みたび)言葉を失った。

王妃は二人のやりとりを黙って聞いていたが、国王の呆け顔を見てお腹に片手をやって笑い出した。


「ホホホホホ……」


なかなか止まらない笑いに、国王もつられて笑う。


「ハハハハ……」「ホホホホ……」


暫く止まらない二人の笑いにユーキが当惑していると、王妃が国王に言った。


「これは陛下の負けですね。陛下のそのお口、久々に拝見しましたわ」

「いや、これは参った。ユーキ、笑って済まなかった。嘲笑うておるわけではない。何だか嬉しくなってしもうてな」

「妾もです。ごめんなさいね、ユーキ」


笑いがようやく収まると、国王と王妃はユーキに笑顔で言った。


「ユーキ、もちろん相手の意向は確認せねばならんが、真に好き合うているのなら、是非もない。エルフと依木を割くような真似は、儂にはできんわい」

「ユーキ、このことは両親やお祖母様もお認めに?」

「いえ、両親にも祖母にもまだ報告しておりません。菫さんと再会したこと、手紙を交わしていることは知っているようなのですが」

「まったくマルガレータもマレーネも儂らに秘密にしおって。あやつらめ、さては儂らを驚かすつもりだったな。全く油断ならん連中だ。だが、ユーキ、なぜ儂らに先に?」

「はい、王族の婚姻はまず陛下と妃殿下のお許しが必要と思いまして。両親には知らせずに参りました」

「何とまあ。お前らしいが、どこまで真面目なのか……」

「陛下、嬉しいことではありませんか。陛下と妾をそこまで大事に思ってもらえるとは」

「うむ。マレーネたちの呆気に取られる顔が目に見えるようだな。うむうむ。そうだ、そうだな。うむ、良くやった、ユーキ」


満足そうに何か考えている国王に、ユーキはまたもじもじとしながら願い出た。


「陛下、それで相談させていただきたいことが」

「何だ?」

「菫さんは庶民、それも妓楼の生まれです。王族と結婚するのにどう事を進めれば良いか……」

「ああ、そんなもの、どうとでもなるわ。心配するな」

「ユーキ、妓楼出の者を側室ではなく妃とするとなると、貴族や国民からいろいろ言われることになるでしょう。その覚悟はできているのですね?」

「はい! 誰に何と言われようと、菫さんを護ります!」

「むぅ……この部屋、熱いな……窓は開いているはずだが……」


国王は左手で襟元を拡げ、右手で顔をパタパタ扇いでみせる。


「陛下、お静まりを。ユーキも静かに。その言葉、確と聞きました。後は妾に任せなさい。その菫とやら、心根が確かなら適当な貴族家の養女にさせ、王城で侍女見習いとしてしばらく修行させましょう。そなたに相応しい者となるよう修養を積ませ、もう良いとなればそなたに嫁がせましょう」


王妃の申し出にユーキは驚いた。

王城の侍女やその見習いは、なまじなことではなれない、貴族令嬢のエリートコースだ。

妓楼出であっても、王家に仕える者にそうは悪口も言えないだろう。

格別の配慮である。


「お心遣い、有難うございます」

「その菫、今、いくつですか?」

「13です」

「ならば成人の儀まで暫しの間はありますが、急いだほうが良いでしょうね」

「うむ、どこぞの貴族に知られると、妙な邪魔が入るやも知れん」

「ええ、今日中に手を打ちます。その者の心中をきちんと確かめ次第こちらに引き取って、マレーネたちにもこちらから知らせます」

「妃殿下、花園楼には私も共に参り、彼女の側におりたいのですが」


王妃が手筈をすらすらと述べるのを聞いてユーキが口を挟んだが、王妃はきっぱりと否を言った。


「ユーキ、その気持ちはわかります。ですが、なりません」

「なぜでしょうか。私は、何者からも彼女を護ると誓いを立てたのです」

「それとは別の事です。良く考えなさい。いかに愛しくても菫の心は菫だけのもの。違いますか?」

「いえ」

「もし仮に菫が正妃ではなく側室を望んでも、客と妓女でおりたいと思っていても、貴方がいてはそうは言えますまい? 貴方が側におれば、何を言っても貴方に気を遣ったと思われてしまうのです」

「それはそうかも知れませんが……」

「それに、自分の心を告げるのに貴方の支えが必要などと、弱いことでは王子の妃は務まりません。菫とは、そのように情けない娘なのですか?」

「いえ、そのようなことはありません」

「そうでしょうね」


そこまで言って、王妃は一度口を閉じた。

そしてユーキに微笑みかけ、優しく諭した。


「ユーキ、その娘を心から愛しているのでしょう? 本当に信じているのでしょう? それならば、自分一人で、自分の言葉で、自分の道を選ばせてあげなさい」

「わかりました。お教え、腑に落ちました。私は彼女を信じております。よろしくお願い申し上げます」


ユーキは得心したのだろう、今度はしっかりと強い口調で答えた。


「心配するな、ユーキ。お前の選んだ娘に間違いはない、儂はそう思うぞ。気は揉めるだろうが儂らに任せて、領の方の準備に全力を尽くしてくれ。ああ、マレーネ達には、こちらから知らせるまではまだ何も言ってはならんぞ。今日の事を何か尋ねられたら、領政についていろいろ相談していたと言っておくのだ。良いな?」

「承知しました。有難うございます。何卒、よろしくお願いいたします」

「うむ、首尾は追って知らせる。下がって良い。また午後に任命の場で、な」

「はい、失礼いたします」


そう返事をして胸を張って立ち上がり、確かな足取りで出て行くユーキは、入って来た時より随分と背が高く見えた。



ユーキが去って扉が閉まると、国王は妃に向かって慨嘆した。


「何とまあ、あのユーキが……まだ18だろうに」

「18と言えば、陛下は遊び盛りの頃でしたわね」

「オホン、あー、何だ、早くに身を固めて政に精を出してくれるなら、何も言うことは無い。国にとっても喜ばしい限りだ。だが、貴族の中には、ユーキを狙っていた娘共もおっただろう」

「おりましたでしょうねえ。妾もいくたりかの奥方から縁繋ぎをそれとなく相談されましたから」

「そうだったのか?」

「ええ、マレーネに全て素っ気なく断られましたが、こういうことだったのですね」

「してみると、その菫とやら、恨まれるだろうなあ」

「それは誰を娶っても同じです。少なくとも庶民には受けが良いと思いますわ」

「そうかな? 妓楼の禿だぞ?」

「ええ。身分を超えて燃え上がる恋……素敵ですわ。妾もこの齢になっても憧れます……」

「そ、そうか、ほどほどにな。しかし、まさかユーキが妓楼の娘を見初めて口説き落とすとは。この齢になっても、人とはわからぬものなのだな」

「あの子の事ですから、ひたすら真面目に想いを伝え続けたのでしょうねえ。ただ、花園楼というと、十年ほど前にショルツ侯爵の所の継嗣の事件があったような」

「そう言えば、そうだな。だが昔の話だし、先代のショルツもあの頃にもう無関係だと言っておった。何があっても問題なかろう」

「そうですね。先代は、夫人が体面を非常に気にしていました。当代は話がわかりますから、もし関係があっても大丈夫でしょう。一応こちらでも調べておきます」

「頼んだぞ。しかし、見事にやられたな。ユーキ、確かに成長しておる。認めざるを得んな」

「陛下のあのお口、マレーネの時以来ではありませんか?」

「全く、ユーキはマレーネには似ておらんと油断しておったが。何のことは無い、真面目な分、マレーネより質が悪い。まあ良い。その分も加えてマレーネたちに仕返ししてやるとしよう」

「あらあら。それにしても、複雑な事になる前に話してくれて良かったですわね」

「全くだ。結局のところ、恋とかいうものは、隠れてこそこそやっていては碌なことにならん。フェブラーも、ユーキのように堂々と言って来てくれていれば、あんな面倒にはならなかっただろうに」

「過ぎた事を言っても仕方ありませんわ。結局、ユーキはマレーネたちが真っ直ぐ育てたという、それだけのことでしょう」

「それも認めざるを得んな。だが、この好機は逃さんぞ。マレーネめ、見ておれよ」

「あらあら。どうなることかしら」

お読みいただき有難うございます。


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よろしくお願いいたします。

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