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風の国のお伽話  作者: 花時雨


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第97話 報告

前話同日


ユーキは国王の命を受けた後は、クルティスを供に、急いで馬車で帰った。

帰り道の途中にある祖母の邸に寄り、臨時領主に任じられたことを報告してからの帰邸である。


玄関ではアンジェラが出迎えた。


「お帰りなさいませ、坊ちゃま」

「アンジェラ、ただいま。母上、父上はいる?」

「はい。お二人揃って、執務室にいらっしゃいます。お客様とかはいらっしゃいませんので、伺われても大丈夫だと思います」

「有難う。クルティス、クーツに話をして準備を始めてくれないか? 僕は二人に報告してくる」

「はい、ユーキ様」

「では、いってらっしゃいませ、坊ちゃま」


ユーキが両親の執務室に向かうと、アンジェラはユーキの『報告』という言葉に反応し、期待で顔を光らせてクルティスを見た。

が、クルティスが顔を素っ気なく横に振ると、肩をがっくりと落として「まだなの、坊ちゃま……」と苛立たしそうに呟いた。



ユーキは両親の執務室の扉をノックして声を掛け、中に入った。

奥の窓を挟んで向かい合って置かれたそれぞれの机で、二人は書類の処理をしていたらしい。

ユーキが入ると二人ともこちらを向いた。


「あら、ユーキ。早かったわね。お疲れ様」

「ユーキ、午前中は大活躍だったようだな。陛下の御用はもう済んだのか?」

「はい、済みました。母上様、父上様に報告する事があります。お聞き下さいますでしょうか」


それを聞いて二人は急いで立ち上がり、緊張と期待に満ちた顔でユーキの方に歩いてくると目の前に並んで立った。


「改まったその物言い、大切なことのようね。聞きましょう」

「はい。私、ユークリウス・ウィルヘルム・ヴィンティア、国王陛下からピオニル領の臨時の領主を命じられました。明日午後に任命を受ける予定です」


ユーキが胸を張り笑顔で報告すると、二人は一瞬意外そうに顔を見合わせたが、同じように笑顔になってユーキに向いた。


「そうですか。おめでとう。領民のために力を尽くし、国王陛下の御期待に応えて見せなさい」

「はい、母上様。有難うございます」

「ユークリウス、おめでとう。領主は見た目とは異なり、なかなかの難役だ。だが、一度引き受けた以上は全力を尽くして見事に果たしなさい」

「はい、父上様。頑張ります」


ユーキが父のユリアンに答えるのを待ちかねるように、マレーネが尋ねた。


「で、他に報告は無いの?」

「いいえ。あ、ここへ帰る道筋でしたので、お祖母様に先に報告しました。順番が逆になり申し訳ありません」

「それは構わないわ。そういうのじゃなくて、他に」

「お祖母様にも、『よかったわね、頑張りなさい。でもそんなのより他に何か無いの?』と聞かれたんですが、何かあるのでしょうか?」

「いえ、無ければ別に構わないのよ。座って少しお話ししましょうか。ペネロペ、お茶をお願い」

「承知しました」


両親は応接用のソファに移り、ユーキもテーブルを挟んで向かい合って座った。


「そう、ピオニル領の領主に。午前中の御裁断の話を聞いていたら、そんな気がしたのよね。やっぱり、という感じだわ」

「そういうものなのですか?」

「ああ、そうだな。貴族には持って行けないし、王族で引き受けそうなのはお前だけだからな」

「自分では、『思い切って』だったのですが、周りから見れば『やっぱり』だったのですね」


ユーキは高揚感がちょっと削がれたように思い、肩を落とした。

それを見て、両親は誤解を解こうと慌てて取り成した。


「あら、ごめんなさい。そういう意味じゃないの。とても難しくて損な役回りでしょ? それでも領民を思って引き受ける気持ちがあるのは、ユーキ、貴方だけだろうと思った、ということよ」

「そうだな。国民のために自分を捨てる覚悟がきちんとできているのはお前だけだったということだ。陛下も分かっておられるだろう。メリエンネ殿下がお元気なら、御自分から手を挙げられたかも知れんが」

「そうよね。メリエンネ殿下、最近はいかがなの、ユーキ」

「初めてお目に掛かった時よりは顔色も良くなられ、随分と明るくなられました。夜もかなり深く眠れるようになられたそうです。車椅子なら、御自分でもかなり移動できるとおっしゃっていました。『車椅子で閣議を傍聴しても良いかを陛下に願い出てみようかしら』とも」

「そう、良かったわね。一部はあなたのお蔭もあるんでしょうね」

「どうでしょう。メリエンネ様はそうおっしゃって下さいますが」

「今回の件、メリエンネ殿下にはもうお伝えしたのか?」

「いえ、まだです」

「そうか。早目にな。短時間でも直接お伝えした方が良い。きっと喜んで下さるだろう」

「はい。会えなくなることをお知らせし、書簡でのやり取りも頻度は減るでしょうが続けようと思います」

「そうね。似たような件だけど、他に、手紙関係で何か忘れていない?」

「手紙? ……あ、そうか。母上、有難うございます。大事なことを思い出しました」


『ああ、気付いた』という顔をして言い出したユーキの言葉を聞いて、両親は顔を輝かせて身を乗り出した。


「何、何?」「何なのだ、ユーキ?」

「はい、実は、新たに私に仕えてもらいたい者がいるのですが、よろしいでしょうか?」


両親は詰めた息を吐き出して、体を背もたれに戻したが、ユーキに不思議そうに見られて慌ててまた体を起こした。


「あ、あら、誰か良い人と出会ったのね? それは良かったわね。ユーキ、あなたはもう領主なのだから、自分の思ったように人を召し抱えて構わないのよ」

「ああ、その通りだ。相手は貴族家の出か? もしそうなら、当主に筋を通す必要があるが」

「いえ、庶民です」

「それなら問題は何もない。好きにすれば良い」

「はい、有難うございます」

「そうね。似たような件だけど、」

「失礼します。お茶をお持ちしました」


マレーネの言葉を遮るように母の従者のペネロペが部屋に戻り、紅茶を給仕した後にユーキに頭を下げた。


「ペネロペ、有難う」

「もったいない。ユークリウス殿下、この度は領主への御就任、また、独立して一家の主となられる事、併せてお祝い申し上げます。本当におめでとうございます」


父の従者のシュテファンも、立ち上がって「おめでとうございます」と声を合わせた。


「二人とも、有難う」


二人はユーキに向かってもう一度頭を下げ、それぞれマレーネとユリアンの机の隣の自分の席に座った。



「でも、独立? 一家の主?」

「それはそうだろう」


ユーキが聞き返すとユリアンが答えた。


「そういうものなのですか?」

「領の主が、一家の主でなくてどうするんだ。これからは、お前が自分で臣下の面倒をみなければならんぞ。さっきの召し抱えたい者もそうだ」

「やっぱり、大変ですね」

「心配しなくても、クーツがその辺は引き受けてくれるわよ」

「陛下からも補佐役を付けて下さるそうなんですが」

「そちらは、領政の補佐をしてもらうのだろう。クーツは家宰とすれば良い」

「そうね。貴方の周りの他の者も連れて行っていいわよ」

「そうだな。クルティス、ヘレナ、アンジェラ、」

「ヘルミナとヘロイーゼはどうしましょうか」

「それはヘレナと相談だな。家族と共に連れていくか、ここに残して侍女見習の修行を最後までやらせるか。本人たちは兄と離れるのを嫌がりそうだが、ヘレナはそちらでは侍女頭として忙しくなるだろうしな。あと、他にも志願者がいないか募ってみよう。全員が『私こそが』とか言い出しそうだがな」


息子のための段取りを笑顔で語る両親を見て、ユーキは胸が熱くなるのを感じた。

思わず頭が下がる。


「母上、父上、有難うございます」

「いいえ。こちらから連れて行く者だけでは足りないでしょうから、その分は、これまで子爵家に仕えていた者を、引き続き雇ってあげるようにした方が良いわね。いずれ、前子爵が戻って来る可能性があるわけだものね」

「はい。そう考えています。ただ、前代官が雇った者も含め、注意して見る必要はあると思っています」

「王都の子爵邸も引き継ぐのかな?」

「それについては、まだ伺っていません。細かい点は任命式の後になるのだと思います」

「そうね。任命式は明日?」

「はい、午後に」

「そうか。では、早く準備に取り掛かるといい。他にもやるべきことがあるかも知れんし」

「そうね。忘れた事がないように、良く考えてね」

「はい、良く考えてみます。では、失礼します」



ユーキが胸を張って部屋を出て行った後、ユーキの両親は顔を見合わせた。


「ユーキが領主とは、思ったより早かったわね」

「そうだな。だが、あいつなら大丈夫だ。自分で思っているより、十分に準備はできている」

「そうね。私も心配ないと思うわ。でも、もう一つの方じゃなくて、ちょっとがっかりね」

「まあ、気は揉めるが、焦っても仕方がない。こちらも準備はできているんだから、落ち着いて待つしかないさ」

「あの子、忘れちゃってるんじゃないかしら。大丈夫かしら」

「大丈夫だ。もし忘れていても、クルティスが思い出させるさ。あいつ、学術はともかくとして、肝心なことはしっかりしているからな」

「本当に。ユーキも、クルティスがいて良かったわね。でもさっさとしてくれないかしら。気が揉めて、仕事どころじゃないんだけど。もたもたしてると、陛下にばれちゃうわ」

「ここで言っても始まらん。ユーキ次第なのだ。それはそれ、これはこれだ」

「……そうね。仕事に戻りましょうか」


お読みいただき有難うございます。

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