鍾乳洞 三.
「なるほど、塚田君から、ここを聞いてきたんだね」
関森康夫は、まるで先ほどの苦しみが嘘だったかのように、しっかりとした口調で青島孝と関森由紀に語りかけた。彼の顔には生気が戻り、その声にも力強さが戻りつつある。
「そうよ」
由紀が答えた。その表情には、伯父を救えた安堵と、まだ康夫の体に残るかすかな疲労を感じ取ったことによる、わずかな影が混じっていた。
「塚田君は、どうしている?」
康夫は、智石を託した青年の安否を気遣った。
「すっかり良くなって、元気にしているわ。でも、智石のパワーはもうないけど」
由紀の言葉に、康夫の顔色がわずかに変わった。
「もうない、だと?」
彼は信じられないというように、由紀を凝視する。智石のパワーは、一度宿れば死ぬまで離れることはない、それが彼の知る常識だったからだ。
「私が治療をしたら、なくなったの」
由紀は淡々と答える。彼女自身も、それがなぜ起こったのか、明確には理解できていないようだった。
「智石のパワーは、死ぬ以外に無くなることはないはずだが……」
康夫は呟き、困惑したようにあたりを見回した。そして、ふと由紀に視線を戻す。
「私には、智石がここにあると感じるわ」
由紀は確信を込めた口調で話す。彼女の感覚は確かに智石を感じていた。
「ということは、智石のパワーは塚田君から抜けて、ここまで帰ってきたというのか……数百キロも、飛んできたというのか……?」
康夫の問いに、由紀は半ば冗談めいた、しかし確信を含んだ口調で返した。
「帰巣本能でもあるんじゃないの」
「伯父さんは、どうして塚田君に智石のパワーを得させたの?」
由紀は、改めて康夫に問いかけた。その言葉には、伯父の行動への疑問と、智石の持つ重みへの探求心が込められていた。
康夫は、少しの間、沈黙した。彼の脳裏には、俊也の顔と、亡き息子の面影が重なる。
「……塚田君には、悪いことをしたと思っている。だが、私は早く肩の荷を下ろしたかったのだ。智石のパワーを誰かに継承させれば、もう私が智石を守らなくて済む。彼が次の継承者を見つけてくれれば、それで良いと考えていた。後から、全てを話すつもりでいたんだ。……やはり、**『抗石』**のパワーを先に得させるべきだった」
康夫の言葉には、深い後悔と、未だ明かされない謎が混じり合っていた。
「石を守るとか、抗石のパワーとか、一体何の事なの?」
由紀は眉をひそめた。彼女の知らない、大きな秘密が隠されていることを感じ取ったからだ。
「やはり由紀ちゃんは、お父さんから何も聞いていないんだね。もう智石の事も知ったことだし、今こそ話しても良いだろう」
康夫は意を決し、長く封印してきた秘密を語り始めようとした、その瞬間だった。
「静かに」
由紀が、ぴしゃりと康夫の言葉を遮った。彼女は小声になり、その鋭い視線が闇の奥を見据える。
「誰か来る……四人よ。智石を探している……」
由紀の声には、確かな焦りと、かすかな恐怖が混じっていた。
「一人は脅されているわ。逃げないと、危険だわ。私たちが入ってきた方向から、こちらに向かってきている!」
康夫は、由紀の言葉に素早く反応した。彼の瞳に、長年智石を守ってきた者としての冷静さが宿っていた。彼は瞬時に近くの石を拾い上げると、ほとんど聞こえないほどの小声で青島と由紀に告げた。
「こっちだ。来なさい!」
そう言うと、康夫は由紀と青島が入ってきた方向とは真逆の奥へと、迷いなく歩き始めた。由紀と青島も、その緊迫した空気に気圧され、康夫の後を追う。
康夫が向かった先には、二つの支洞が左右に口を開けていた。彼は迷うことなく、左側の闇へと足を踏み入れた。