発端 四.
久しぶりに自宅へ戻った塚田俊也には、まだ一つの楽しみが残されていた。日本各地から自宅宛に送っておいた、採取した石の欠片たちの整理だ。中には残念ながら採取できなかった石も多数あり、**智石**もその一つである(能力は得たものの、智石そのものはもらえなかった)。
智石のパワーを得てからというもの、俊也の勉強法は一変した。以前のように、暗記のために同じ箇所を繰り返し覚えるという煩わしい作業は、もはや必要ない。ただ、関森康夫の忠告だけは心に留めており、脳細胞を極端に活発に動かすような使い方は避けていた。
しかし、夏休みが終わればすぐに前期試験が控えている。
石の旅に没頭しすぎて、うっかり勉強時間を削ってしまった。
「目一杯頑張らないと、さすがにやばい……!」 彼は自分にそう言い聞かせた。
早速、ノートを開く。彼のノートはいつも几帳面に整理されており、ポイントが分かりやすくまとめられているため、大学内では評判が高かった。試験前ともなると、普段ほとんど話したことのない学生からも、「ノートを見せてほしい」と声がかかるほどだ。もちろん、彼らの目当ては俊也のノートそのものだった。
ノートの内容を改めて確認し、暗記に取り掛かる。一度読むだけで、情報が頭の中に吸い込まれていくように記憶されていく。しかも、読み進むスピードが桁違いに速い。ページの文字が意味を伴った情報として、脳に直接流れ込んでくるかのようだ。
俊也は、その信じられない脳の働きと、差し迫った試験勉強のプレッシャーに、すっかり我を忘れていた。関森康夫の「能力をすぐに百パーセント使うな」という忠告は、彼の中から完全に抜け落ちていた。 次から次へと知識が脳に詰め込まれていく。そして、一度記憶した情報は、取り出す際に全く遅滞しない。まるで高速で情報を処理する機械のように、ノートのページが次々にめくられていく。
その時だった。 突如、俊也の頭に、まるで脳髄が引き裂かれるかのような、激しい痛みが襲いかかった。それは、彼の脳が限界を超え、焼き切れる寸前であるかのような感覚だった。 「あーっ!! 頭がっ……頭が割れるっ!」 絶叫にも似た叫び声が、静かな部屋に響き渡る。
次の瞬間、塚田俊也は椅子からすっくと立ち上がったかと思うと、そのまま糸が切れた人形のように、後ろへ真っ逆さまにひっくり返った。脳を襲う激痛に耐えきれず、意識を手放したのだ。
十分後。
失神から目覚めた塚田俊也の顔には、奇妙な薄笑いが浮かんでいた。
「ひひひひひ……ははははは……」
彼の口から漏れる笑い声は、どこか空虚で、正気を失ったかのようにも聞こえる。
塚田俊也の脳は、智石の途方もないパワーに耐えきれず、ついにオーバーヒートしてしまったのだ。彼の意識は、もはや以前の彼とは異なる、別の領域へと足を踏み入れていた。