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東京 一.

 青島孝と関森由紀、そして関森康夫の三人は、今、東京にいた。


 関森康夫は、あの事件後、自宅に戻ることに言いようのない気味悪さを感じていた。その不安を由紀に話すと、由紀と青島孝が顔を見合わせ、話し合った結果、しばらく二人の仕事場に寝泊まりするようにと勧められた。由紀はワンルームに住んでおり、人を泊める余裕はない。青島孝も母親と二人暮らしで、赤の他人である康夫を泊めるなど、とても母親には言い出せなかった。


 そこで提案されたのが、関森由紀と青島孝が仕事場として借りているビルのワンフロアだった。


 仕事場近くの駅で電車を降り、そこから十分ほど歩いてきた。

「あのビルの角を曲がると、もうすぐですよ」

 青島孝は、隣を歩く関森康夫に声をかけた。


「駅からそんなに遠くないのに、賃貸料は随分高そうだね」

 康夫が、周囲のビルを見上げながら呟いた。


「ええ、その通りです。大変なんですよ。でも、由紀さんがいつも頑張ってくれるから、なんとかやっていけています」

 青島孝は、由紀に感謝の視線を送った。


 すると、突然、関森由紀が「アッ!」と小さな悲鳴を上げた。

「その角を曲がったらダメ! 仕事場のビルが見張られているわ!」


「なんだって!」

 思わず大きな声を上げた青島孝は、慌てて声を落とす。

「まさか、この前、手榴弾を使った犯人か?」


「そこまでは、まだよく分からない……でも、とにかく警戒が必要よ」

 由紀は、不安げな表情で答えた。


「知り合いの警察に電話しよう」

 関森康夫が、蒼白な顔で提案した。


「無駄よ。信じてもらえないわ。私の特殊な能力なんて。それに、ここは管轄が違うから、余計に手間取ると思うの」

 由紀は首を振った。


 青島孝も頷きながら、由紀の意見に同意する。

「しかし、見張られているとなると、康夫伯父さんに仕事場に寝泊まりしてもらうわけにはいかないな……」


「そうね……」

 由紀も困惑したように言った。


「なんとか母を説得するから、僕の家に来てください!」

 青島孝は、思い切った提案をした。


「君のお母さんにまで迷惑はかけられないよ」

 康夫は、遠慮がちに辞退した。


「気にしないでください。由紀さんがいつも頑張ってくれているから、僕も助かっています。その恩返しといってはなんですが、どうか気楽について来てください」

 青島孝の言葉に、由紀も続いた。

「伯父さん、この際、甘えましょうよ」


「僕の家で、今後のことを考えましょう」

 青島孝は、再び強く促した。


 関森康夫はしばらく考え込んだ後、ためらいがちに言った。

「……そうだね。甘えさせてもらうよ」


 青島孝を先頭に、三人は来た道を引き返し、駅に戻った。


 青島孝の家は、電車で三十分ほどかかる距離にある。  

 電車に乗っている間、三人とも無言だった。度重なる危険と移動で、疲れが溜まっているのだろう。窓の外を流れる景色を、ただぼんやりと眺めていた。


 駅を降り、三人はトボトボと歩いた。やがて、青島孝の家が近づくと、青島孝は少し元気を取り戻し、声をかけた。

「もうすぐです」


 その時だった。関森由紀が、前を歩く青島孝の腕を強く引っ張った。

「ダメ! 見張られているわ!」


「なにっ。家も!?」

 青島孝の声が、驚きで上擦る。


「ええ、感じるわ。孝さんが帰ってくるのを、待ちわびている……」

 由紀の顔には、明確な不安と焦燥が浮かんでいた。


 三人はすぐに引き返した。駅に戻る途中の、中間地点あたりで青島孝は立ち止まり、携帯電話を取り出して自宅に電話をかけた。


「もしもし、……ああ、元気にしているよ。何か変わったことは? ……それならいいけど。……実は、母さん、悪いんだけど、家を出て、父さんのところに行ってもらいたいんだ。……そこに居ては危険なんだ。……いや、母さんの言いたいことは分かるけど、本当に危険なんだ。今、近くにいるけど、近寄れないんだ。父さんのところが安全だと思う。僕を信じて! ……僕は大丈夫だから。……父さんによろしく」

 青島孝は、必死に母親を説得し、電話を切ると大きくため息をついた。


「青島君、私のせいで皆に迷惑をかけて、本当にすまない」

 関森康夫が、申し訳なさそうに言った。


「いいえ、そんなことは言い切れません。伯父さんだけが原因ではないかもしれませんし、もしかしたら、このこととはまったく関係がないかもしれませんから」

 青島孝は、康夫を気遣うように言った。


 三人は疲れた足を引きずって、駅が見える場所まで来た。

「足が棒のようだ……。どこかで休憩していきたい」

 関森康夫が、心底疲れた様子で二人に訴えた。


「駅前のホテルにレストランがあるので、そこで休みましょう」

 青島孝が、提案した。


 レストランはそれほど混んでいなかった。ボックス席に三人は腰掛け、軽食をオーダーし、今後のことについて話し合った。


「由紀さんを送っていきましょうか」

 青島孝が、由紀の自宅へ向かうことを提案した。


「由紀ちゃんのところも、見張られている気がする……」

 康夫が、不安げに呟いた。


「私もそう思うわ」

 由紀も、康夫の感覚に同意した。


「とにかく行ってみましょう!」

 青島孝は、意を決したように言った。


「もし、また見張られていたら、どうする?」

 康夫が、心配そうに尋ねた。


「その時は、思い切って、こちらから出向いてやる。コソコソするのは、性に合わないんだ!」

 青島孝の言葉に、苛立ちが混じっていた。


「ダメよ! 相手が何者か、まだよく分かってないんだから。それに、手榴弾を使った犯人の可能性が高いと思うの。もしそうだったら、どんな武器を携帯しているか分からないんだから!」

 由紀は、青島孝を強く制止した。


「私も同意見だよ。相手のことがよく分からないうちは、慎重に行動した方がいい」

 康夫も由紀に加勢した。


「分かりました……」

 青島孝は、仕方なく二人の意見に従った。


 三人は小一時間ほど休憩を兼ねて軽食を摂り、関森由紀の自宅へと向かった。


 しかし、やはり関森由紀の自宅も、見張られていた。


 行き場を失った三人は、仕方がないので、ビジネスホテルに予約を入れることにした。運良く、シングルを三部屋取ることができた。


 ビジネスホテルにチェックインした三人は、一つの部屋に集まり、明日からの行動について話し合った。


 椅子に関森康夫が腰掛け、青島孝と関森由紀は並んでベッドに腰掛けた。


「明日、実家に行きたいんだけど、どうかしら?」

 由紀が、青島孝に尋ねた。


「**抗石こうせき**のことか?」

 青島孝は、由紀の意図を察した。


「ええ、両親と話したいの」


「私は一緒に行かなくてもいいだろう?」

 康夫が尋ねた。


「伯父さんはどうするの?」


「塚田君の家を尋ねて、巻き込んでしまったことをお詫びしてこようと思う。その後は、家に帰るつもりだ」

 康夫は、塚田俊也への責任を感じているようだった。


「また、あの犯人が現れるかもしれないわ」

 由紀が、康夫を心配して言った。


「確かにそうだが、警察の警戒が厳重になっているから、もう大丈夫だと思えるようになった。それより、君たちの方こそ、気をつけた方がいい」

 康夫は、由紀と青島孝の身を案じた。


「確かにその通りだわ。私達も狙われている。見張っていた人たちは、きっと私達を待ちわびていたんだわ」

 由紀は、改めて自分たちが危険な状況にあることを認識した。


「一体何者なんだ……」

 青島孝が、苛立ちと同時に、相手への不気味さを口にした。


「分からないわ……」

 由紀も、その問いに答えられない。


「そうか。相手のことが分からないというのは、気味が悪いな」

 康夫は、顔をしかめた。


「そうね」


「ところで、人の考えが分かるという能力は、どのくらいの距離まで分かるんだ?」

 青島孝が、由紀の能力について尋ねた。


「さあ、よく分からないけど……数百メートルかな」

 由紀は、正確なことは言えないながらも、おおよその範囲を答えた。


 三人はホテルのレストランで夕食を済ませると、それぞれの部屋に戻り、長い一日の終わりに安堵の息をついた。



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