X特捜
ここは、特殊捜査室――通称**X特捜**とも呼ばれる――のミーティングルームである。今、幹部三人のミーティングが終盤に差し掛かろうとしていた。
室長の**神山一輝**を始め、三人とも二十代半ばといった若さだが、その雰囲気からは只者ではないことが窺える。
神山一輝が、最終的な説明をしていた。
「手榴弾とミニロケット弾を使用した犯人を探し出す手がかりは、今のところ皆無だ。犯人は必ず関森康夫氏に接触してくるものと推測されるが、現状、氏がどこにいるのか全く不明な状況にある。急いで見つけ出さなければならない。また、犯人が関森康夫氏に接触してくる目的も依然として不明だ」
神山一輝の妹であり、副室長を務める**神山明衣**が質問した。
「それでは、まず現場から?」
「いや」
一輝はそう答えると、もう一人の方へと視線を向けた。
「中原、この写真から居場所を掴めないか?」
一輝は一枚の写真を差し出し、中原と呼ばれた男に手渡した。写真には、関森康夫の姿が写っている。
中原は写真に目を落とし、尋ねた。
「この写真は?」
「警察署の防犯カメラに写っていたものを、写真にしたものだ」
一輝が説明した。
「この写真では、だめです。**念**が入り込んでいません」
中原は首を振った。
「関森康夫氏の住所は分かりますか?」
「分かっている」
「後で教えてください。意識を飛ばして、関森康夫氏を追跡する手がかりを見つけに行きます」
中原は、その顔に一切の迷いを見せずに言った。
「分かった」
一輝は、彼の能力を信頼するように頷いた。
中原は住所を教えてもらうと、ミーティングルームを出て、別室へと移動した。
別室に入ると、彼はコンピュータのキーボードに、教えてもらった関森康夫の住所を入力し、詳細な地図を表示させた。
「ここが、駅で……ここがバス停か、それから……」 彼はそう呟きながら、脳裏に地図の情報を焼き付けていく。
その時、部屋のドアがノックされた。
「谷です」
低い声が聞こえる。
「入れ」
中原が答えると、部下の**谷**と名乗る男が入ってきた。二十代前半といった若さだ。
「ここに腰掛けろ」
中原は隣の椅子を指差した。
「今から、意識を飛ばす。ナビゲーターをやってくれ」
「分かりました」
谷は、行き先となる住所を確認した。
「始めてください」
中原は静かに目を閉じた。その姿は、まるで深い瞑想に入った修行僧のようにも見える。
彼の脳裏には、先ほど見た地図が鮮明に浮かび上がる。既に方角は把握済みだ。彼の意識が、肉体を離れた。しかし、全ての意識が離れるわけではない。それは、あくまで意識の分身だ。まるで「目」に相当する部分だけを肉体から切り離し、自由に飛ばすような感覚である。だからこそ、肉体に残された意識で、ナビゲーターの谷との会話も可能となるのだ。
意識の分身は、空を高速で移動し始めた。
やがて、速度を落とし、低空飛行へと移る。地図で見ていた駅を瞬時に見つけ、次いでバス停へと移動した。さらに速度を落とし、まるで獲物を追う鷹のように、関森康夫の家を目指す。
「家を見つけた」
中原は、肉体に残された意識を通して、ナビゲーターの谷に知らせた。
関森康夫の家の玄関前に着地し、中へと入る。意識体なので、玄関を開ける必要はない。壁を通り抜けることは、彼にとってあまりにも容易なことだった。
彼は家の中の各部屋を巡り、そこに残された**思念**を探る。まるで犬が鋭い嗅覚を使い、匂いの跡を辿っていくように、中原は人間の思念を探り、その軌跡を追うことができるのだ。
しばらくして、中原は北の方角に、強い思念の痕跡を感じ取った。
「北には何がある?」
「山があります」
谷はコンピュータの地図を見ながら、即座に答えた。
「山?」
中原は確認した。
「はい。ちょっと待ってください」
谷はコンピュータの地図をあちこちに移動させ、関連する情報を集めた。
「山の地下は、鍾乳洞が広がっているようです」
「鍾乳洞か。入口に誘導してくれ」
中原の意識は、新たな目的地へと向かう。
谷は地図を見ながら、中原の意識を的確に誘導した。
「関森康夫氏の仕事は、鍾乳洞のガイドだな」
「はい」
鍾乳洞は夕方を過ぎ、観光客の姿はどこにもなく、静まり返っていた。その闇の中を、中原の意識は入口へと向かって移動した。
「自宅に残っていた思念と一致するものを感じる。関森康夫氏の思念に違いない」
中原は確信した。彼はその思念の情報を、自身の意識の深層へと擦り込んだ。
「戻るぞ」
中原は谷に告げた。意識が肉体へ戻るのは、飛ぶよりもはるかに容易だった。肉体側の意識と常に交信しているため、一直線に、迷うことなく戻って来れるのだ。
中原は意識が肉体に戻ってきたと同時に目を開けた。そして、大きく息を吐き出した。
「コーヒーを持ってきてくれないか」
そう言うと、彼はぐったりと椅子にもたれかかった。意識を飛ばすという行為は、途方もなく大きな精神力を必要とするのだ。今回は往復で二千キロ以上もの距離を飛んだ。
谷が淹れたてのコーヒーを運んできた。
中原はゆっくりとコーヒーを味わい、消耗した精神力を回復させるようにリラックスした。
「さて、仕事にかかるか。谷、後は一人でいいぞ」
中原の顔には、再び集中した表情が戻っていた。
谷が部屋を出ると、中原は再び目を閉じた。意識に擦り込んだ関森康夫の思念を頼りに、そのサーチを始める。まるで池に石を落とした時に波紋が広がるように、彼の検索範囲は三百六十度、徐々に広がっていく。
先ほど意識を飛ばしたばかりで精神力は消耗している。しかし、日本国内に関森康夫がいるなら、必ず探し出す自信が中原にはあった。
探し始めてから5分ほど経っただろうか、中原はゆっくりと目を開け、内線電話をかけた。相手は室長である神山一輝だ。
「見つけました。関森康夫氏は東京にいます。顔の確認もしました」