組織 一.
塚田俊也は、ぼんやりとした意識の中で目覚めた。気持ちの良い目覚めではない。頭の中に重い靄がかかっているようで、覚醒しきれていない感覚が彼を包み込んでいた。
なんとか体を起こし、周囲を見回す。そこは、天井も壁も真っ白で、柔らかな絨毯が敷き詰められた、清潔で気持ちの良い部屋だった。中央にはダブルベッドが据えられ、対面には大画面のテレビ、少し小さめのテーブルとソファが配置されている。ただ一つ奇妙なのは、窓が一切ないことだった。
ふらつきながら立ち上がり、部屋の中を歩き回る。テーブルの上にはポットが置かれている。その傍らには、コーヒーや日本茶のティーバッグが丁寧に並べられていた。
飲んでも大丈夫だろうか──そんな思案が頭をよぎった、その瞬間だった。
いきなりドアが開き、屈強な男が二人、部屋に入ってきた。二人とも分厚い胸板と高い身長を持ち、一目で並外れた体力の持ち主だとわかる。塚田俊也では、素手で歯向かっても、数秒と持ちこたえられないだろう。彼らは無言で、部屋の中に警戒の目を走らせた。
その後、さらにもう一人の男が入ってきた。こちらは、最初に入ってきた二人には劣るものの、それでも服の下には引き締まった肉体を持っていることが窺える。
三人とも、寸分の隙も見せない。最初に入ってきた二人は二十代に見えるが、最後に入ってきた男は四十代といったところだ。
最後に入ってきた男が、真っ直ぐに俊也を見据えて話し始めた。
「コーヒーもお茶も、お湯にも、毒など入ってはいない。安心して飲むといい」
その声は、感情の起伏がほとんどない、無機質な響きを持っていた。
なぜ、自分が飲むのを迷っていたとわかったのだろう──。塚田俊也は不思議そうな顔をした。
「そんなに不思議そうな顔をするな。この部屋は、監視している」
男は、その表情を見透かしたかのように言い放った。
「あなたは?」
俊也は、警戒しながら尋ねた。
「私の名は加藤。ここの責任者だ。そこに掛けたまえ」
加藤と名乗った男は、ソファを指差した。彼自身は、ベッドの縁に腰を下ろす。他の二人の屈強な男たちは、加藤の両脇にぴたりと立ち、警戒の姿勢を崩さない。
「君は今、我々の囚人となっている。この部屋は、囚人部屋の中でも最高の部屋だ。ここに居続けることができるか、それとも鉄格子の牢に移るかは、君次第だ」
加藤の言葉は、有無を言わさぬ冷徹さを含んでいた。
「僕次第……?」
俊也は、その言葉の意味を測りかねた。
「そうだ。君が我々に快く協力するなら、我々も君を厚遇しよう。そして、忠誠を誓い、我々の目的に貢献をするというのであれば、徐々に自由も与えることも考える。しかし、協力を拒むのであれば、容赦なく鉄格子の牢に移ってもらうことになる」
「いったい、あなた方は、何者なんですか?」
俊也は、彼らの正体を探ろうとした。
「我々は**理想郷**を創ろうとしている」
加藤の言葉には、揺るぎない確信が込められていた。
「理想郷……?」 俊也は、その言葉に、わずかな混乱を覚えた。
「そうだ。今、地球は悲鳴をあげている。環境は激変し、罪のない動植物たちは、絶滅危惧種が増える一方だ。その最大の原因を作っているのは、他ならぬ人間だ。十九世紀の産業革命以来、有毒ガスをまき散らし、ここ二、三十年で急激にその量を増やしている。有限な資源を無駄遣いし、食料にも深刻な危機が迫っている。しかし、それでも人間の乱獲は止まらない。人間の数は増えすぎた。このままでは、自然と淘汰されていくだろう。地球は絶滅への道を転がり落ちていくことになる。我々は、そうならないための研究をするために、**四石**を探している。塚田君の頭脳は、我々の崇高な理想郷実現のために大いに役立つ。ぜひとも、我々に協力してほしい」
加藤の目の奥深くには、微動だにしない、氷のような冷たさが感じられた。彼の言葉は、まるで機械がプログラムを読み上げるかのように淀みなく、一切の感情を伴っていない。
「四石が、そんなに役立つのですか?」
俊也は、彼の言葉の真偽を測りかねていた。
「それは、手に入れてみないと、はっきりとはわからない。だが、我々は可能性が非常に高いと信じている」
「私は何をしたらいいんですか?」
俊也の口から、協力の意思を示す言葉が漏れた。
「では、協力してくれるのか?」
加藤の声に、わずかな肯定の響きが混じったように聞こえた。
塚田俊也は、ここで断るべきではないと直感的に考えた。もし協力をすれば、いずれ必ず逃げるチャンスが巡ってくるに違いない。そう自分に言い聞かせ、彼は選択を下した。
「はい、協力します」
「差し当たり今は、何もすることはない。ゆっくり休んでいたまえ。いずれ、指示を出す。それでは、これで失礼する。必要な物があれば、そこのインターホンを使いたまえ。できる限り、応えよう」
そう言うと、加藤は立ち上がり、他の二人の男たちと共に足早に部屋を出ていった。重いドアが閉まる音と共に、カチャリと鍵がロックされる音が響き、俊也は再び一人、部屋に取り残された。
部屋を出て間もなく、加藤の両脇に控えていた男の一人が、加藤に話し掛けた。
「先ほどは、塚田に全ての話をされませんでしたが、今後も隠し続ける方針ですか?」
「まだ、話す時期ではない。塚田との話を全幹部に伝えておけ。三宅副支部長と林田司令官には、私が直接話しておく。夏目、お前は今後、塚田の監視役を命ずる」
加藤の声には、一切の迷いがなかった。
「わかりました」
夏目と呼ばれた男が答える。
加藤はもう一人の方に視線を向け、話し掛けた。
「桐生。お前の部下たちは、手榴弾とミニロケット弾を使ったそうだが、それを使う必要はあったのか? 環境破壊につながる行為は慎まねばならない」
加藤の言葉は、まるで誰かを評価するかのような響きがあった。
「使う必要があったと判断します。もう少しで警察に捕まるところでしたから」
桐生は、冷静に答えた。
「面倒なことは起きないだろうな?」
加藤の視線が、鋭く桐生を貫いた。
「はい、ご心配ありません」
「そうか。ところで、関森康夫は見つけたか?」
「いえ、現在捜索中です。今しばらくお待ちください」
「急げよ。もうすぐ人選が終わる。それと同時に地球の浄化も始まる。地球が必要とする人間たちだけの世界の誕生も近い」
加藤の言葉には、彼の狂気にも似た確信が込められていた。
「はい」
桐生は、ただ頷くしかなかった。
彼らが支部長室の前に着くと、加藤だけが中へと入っていった。
夏目と桐生は、その場で大きく息を吐いた。二人の額には、脂汗がにじんでいる。
「支部長といると、寿命が縮む思いがするな」
桐生が、額の汗を拭いながら、小さい声で漏らした。その声には、疲労と、ある種の恐怖が混じっていた。
「まったくだ」
夏目が相槌を打ち、二人はそれぞれの持ち場へと別れていった。