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不審者 三.

 二台のパトカーが爆発炎上した後、鍾乳洞の入口では、もう一つの、熾烈な攻防が始まっていた。


 関森康夫からの通報を受けた警察は、不審者排除のため、自宅と鍾乳洞の双方へ緊急要請を出していた。その結果、合計六台のパトカーが派遣され、そのうち二台は関森康夫の家へ、残りの四台は鍾乳洞入口へと急行したのだ。


 鍾乳洞の入口と出口は、実はごく近くに位置している。昼間ならば、鍾乳洞から出てきた観光客は、その入口へと続く道を歩き、やがて入口前の道に合流する。そこから両脇にずらりと並ぶ露店の間を抜け、駐車場かバス停へと帰るのが常だ。


 しかし、今は鍾乳洞の営業時間はとっくに過ぎ、あたりはひっそりと静まり返っている。昼間の観光客で賑わっていた喧騒は嘘のように消え失せ、残るのはただ山の中の静寂だけだ。付近に民家は一切なく、人気のない闇が広がる。


 今夜は、いつもの静かな夜とは違った。広い駐車場には四台のパトカーが停められ、その周囲には制服と私服の警察官、合わせて八名が警戒態勢で鍾乳洞入口へと向かって歩いている。不審者が入口から出てくるか、それとも出口から出てくるかは不明だったが、どちらから出てきても必ず入口前を通らざるを得ないため、彼らは入口前に待ち構えることにしたのだ。


 入口に近づき、少し歩けば鍾乳洞の内部が見える。そこを覗き込んでみた警察官たちは、消灯された洞内が真っ暗で何も見えないはずだったにもかかわらず、闇の中に幾筋かの光が動いているのを目にした。それは懐中電灯の光だ。全部で三本の光が見える。通報のあった不審者たちに違いない──。警察官たちの間に、一瞬で張り詰めた緊張が走った。


 一方、鍾乳洞内を入口へと向かっていた不審者のリーダーと、その部下二人、そして連行されている塚田俊也もまた、外界に射し込む幾筋かの光を目にしていた。部下が迎えに来るはずはない。ましてや連絡もしていない。リーダーは試しに無線で連絡を取ろうとしたその時、逆に部下からの連絡が入った。


「リーダー、リーダー!」

 イヤホンから、焦りを帯びた声が聞こえてくる。声の主は、例のサブリーダーだ。


「どうした?」

 リーダーが、冷静に応答した。


「鍾乳洞の入口に警官が来ています!」

 サブリーダーは、鍾乳洞入口の駐車場に停まるパトカーをいち早く視認し、こっそり偵察を行っていたのだ。


「なに、警察だと……!?」

 リーダーの声に、明確な苛立ちが滲む。


 塚田俊也は「警察」という言葉を聞いた瞬間、全身から力が抜け、安堵の息を漏らした。だが、その安堵は一瞬にして消え去る。次の瞬間、彼の目の前が暗転し、意識が途絶えた。リーダーが素早く彼の首筋に手刀の一撃を加えたのだ。前のめりになる俊也の体を、部下の一人の肩に担がせた。


「麻酔弾を使って、警察の方々を、しばらく眠らせろ。準備を急げ!」

 リーダーは、冷酷な命令を下した。


「了解!」

 サブリーダーは、返事をすると部下たちに麻酔弾弾頭付きのミニロケット弾を警察官たちに向けて発射する準備を急ぐよう命じた。


 一方、リーダーは、同行の部下たちに、緊急用の携帯酸素発生器を準備し、すぐに使用できる状態にしておくように指示を出した。


 ミニロケット弾は、ワンボックスカーの天井に巧妙に備え付けられている。今、麻酔弾の弾頭装着が完了し、発射の時を待つばかりとなっていた。天井が大きく開口し、照準の微調整が行われ、準備は整った。


 「麻酔弾の発射準備ができました」

 リーダーのイヤホンに、サブリーダーからの連絡が入る。


「分かっているだろうが、携帯酸素発生器は五分しかもたないからな。機敏に動けよ」

 リーダーは同行の部下たちに注意を促し、発射のタイミングが来るのを待った。


 警察官たちは、再三にわたって鍾乳洞から出てくるように忠告を続けたが、一向に動きがない。業を煮やした警察官たちは、痺れを切らし、一斉に鍾乳洞内への移動を開始した。彼らが鍾乳洞の入口へと足を踏み入れた、まさにその瞬間、リーダーの発射命令が下った。  

 麻酔薬の拡散を少しでも防ぐため、彼らが外気から洞内へ入りきるギリギリの線まで引きつけたのだ。


 一定の間隔を置いて、三発の麻酔弾が立て続けに打ち込まれた。圧縮された麻酔薬が気化し、あっという間に洞内に充満する。警察官たちは、その強力な麻酔薬を吸い込み、意識が朦朧とし始めると、次々とその場に倒れ込んだ。全身麻酔を経験した者なら分かるだろうが、麻酔薬の効き目は早い。しかも、この麻酔弾の麻酔薬は、空気中での拡散性も考慮され、特別に改良されたもので、その効き目は驚くほど素晴らしいものがあった。


 リーダーはすぐに、携帯酸素発生器を使用するように命令した。部下の一人が、意識を失った塚田俊也を肩に担ぎ直す。リーダーが先頭を歩き、麻酔で倒れた警察官たちの側を無慈悲に通り過ぎ、露店の間を抜け、ワンボックスカーに乗り込んだ。


「撤退するぞ!」

 リーダーが、力強い声で命令を下した。


「こいつ(塚田俊也)は麻酔薬を吸い込んだはずだ。昼まで眠るだろう」

 リーダーは、担がれた俊也を指差しながら、部下たちに、彼をそのまま眠らせておくように指示した。


 リーダーは、サブリーダーより、関森康夫が戻ってこなかったことと、手榴弾を使用したことの報告を受け、苛立ちを込めて呟いた。

「手榴弾にミニロケット弾まで使ったが、何の成果もあげられなかった。上から大目玉は免れないな。減給でもされたらたまらない。……それにしても、警察はなぜ俺たちのことを嗅ぎ付けたんだ?」


 ワンボックスカーはその後、誰にも邪魔されることなく、夜の闇へと逃げ去っていった。



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