不審者 二.
関森康夫と関森由紀、そして青島孝の三人は、酒井宅の勝手口から右手の方向へ足を進めていた。しかし、その瞬間、由紀の能力が再び発動する。彼女は不審者が車に乗っていることを察知し、その車が彼らに気づく前に回避すべく、慌てて酒井宅の陰へと身を隠した。
康夫は、このまま進むのは危険だと判断し、反対側の、自身の家へと向かう道を提案した。由紀と青島に異論はなく、すぐにその提案に同意した。
三人は姿勢を低くし、慎重に足を進める。不審者の車からは酒井宅の陰になり、彼らの姿は全く見えないはずだ。裏門を抜け、勝手口の鍵を静かに開けて家の中へと滑り込む。
靴を脱ぐ音さえ立てないように細心の注意を払う。電灯をつければ不審者に気づかれてしまうため、つけるわけにはいかない。康夫を先頭に、手探りで家の中を進んだ。やがて座敷に着くと、三人はそこに座り込んだ。
息を殺して外の様子を伺う。何一つ物音は聞こえない。まるで世界から隔絶されたかのような静寂が、彼らの緊張を際立たせた。
やがて、遠くから車が走ってくる微かな音が聞こえてきた。その音は彼らの家の前で通り過ぎ止まったようだ。三人の間に、張り詰めた緊張が走る。
「たぶん、警察よ。不審者を探しているわ」
由紀が、ひそやかな声で囁いた。彼女の言葉に、康夫と青島はわずかに安堵の息を漏らす。
「サイレンを鳴らしていなかったな」
青島孝が、同じく囁き声で応じた。おそらく不審者に気づかれないように配慮しているのだろう。
程なくして、もう一台、車が近づいてきて、先ほどの車の近くに停まった。
「また警察だわ」
由紀が、再び囁いた。
わずかな間を置いて、さらに一台の車がやってきた。それは、関森康夫の家の前あたりに停車したようだった。
「いけない、罠よ! 警察官が……危ない!」
由紀が、突然、切羽詰まった声で囁いた。彼女の顔は、読み取った情報からくる焦燥で歪んでいる。
その直後、けたたましいクラクションの音が夜の闇に響き渡った。そして、その数秒後、鼓膜を揺らすような激しい爆発音が轟く。さらに間髪入れずに、もう一度、爆発音が聞こえてきた。家の中にまで衝撃波が伝わり、窓が微かに震える。
三人の間に、重苦しい沈黙がしばらく続いた。青島孝と関森康夫は、由紀が口を開くのを待っていた。由紀には、危機が去ったかどうかを感じ取ることができるからだ。
やがて、由紀がゆっくりと口を開いた。
「危険はなくなったわ。不審者は鍾乳洞の入口に行ったみたい。でも……警察官が負傷しているから、助けに行かないと」
彼女の声には、安堵と同時に、新たな使命感が宿っていた。
三人が外に出ると、既に酒井夫婦が家の前で立ち尽くし、呆然とした表情で爆発が起こった方向を見つめていた。ショックを受けているのが見て取れる。 関森康夫は酒井夫婦に近づき、大丈夫だと説得し、あとは自分たちに任せて家に入って休むよう促した。夫婦を家の中へと付き添わせた後、康夫はすぐに酒井宅から出て、警察に電話をかけた。
その間、関森由紀は爆発現場へと駆けつけ、倒れている警察官たちの負傷状況を確認していた。特に重傷を負っている警察官には、ためらうことなく癒しの光を施している。一方、青島孝は由紀の傍らで、携帯電話を取り出し、救急車の手配をしていた。
やがて、遠くからサイレンの音が近づき、次々と救急車が到着した。負傷した警察官たちは、手際よく病院へと搬送されていく。
「重傷だった二人は、私の治療で楽になったはずよ」
由紀は康夫に報告した。その顔には、わずかな疲労の色が見える。
康夫は頷いた。
「警察には詳しい状況を連絡しておいたから、もうすぐ到着するはずだ。これから、いろいろと事情を訊かれることになるだろう」
関森康夫と関森由紀、そして青島孝の三人は、後から現場に到着したパトカーに乗り込み、警察署へと向かった。彼らの物語は、まだ始まったばかりだ。