ウエノ大迷宮 3
四階層、五階層と立て続けに踏破してゆく。
まあ、移動しているだけだからスピードは速い。
シリングに言わせれば、こんなの探索じゃないって怒りそうだけど。
口伝として伝わっているウエノ大迷宮の構造をたよりに突き進んでいるだけなんだから。
どれほどの宝物を見逃したのかと思えば、シリング悔しくて泣いちゃう。
「シリング」
ちいさな声とともに、くいとミクに服を引っ張られる。
「どした?」
「前方の生体反応が大きい。警戒して」
「なんだか判るか?」
「マザーからもらったデータと合致するものはないわね」
小声で言葉を交わしながら、慎重に歩を進める。
やがて、シリングの探知範囲にもそれが入った。たしかにでかい。そしてたぶん人型ではない。
数は、おそらく一。
動き回っているため確証はないが、そもそもなんでそんなに激しく動くのか。
「戦闘の回避は?」
「無理でしょ。下への階段はこの先なんだから」
「だよなぁ」
最短ルートで移動しているのだ。
ここで回り道する理由はない。
なんだか良く判らないが相手が一匹なら数の差で押し切れる。
一行は戦闘態勢を取りつつ接近する。
見えてきた。
鳥のようななにか。
造型としては鳥に近いが鱗で覆われた鳥というのは、そう滅多にいない。
羽だけ薄紫に輝いた羽毛だが、これはこれでグロテスクではある。
「ほほう。ジャブジャブバードとは珍しいのう」
感心したようにヴォーテン卿が白い髭をしごく。
「知ってるんですか?」
「愉快な見た目じゃが侮れる相手ではない。ゆめ油断はせぬことじゃ」
魔導師の説明によると、ブレスを吐いたり石化光線を出したりなどはしないそうだ。
だが、ものすごくすばしっこいし、鋭いクチバシは人間の頭くらい簡単に粉砕する。
傭兵とトレジャーハンターが頷き、素早く展開する。
前衛はザガートとリリア。
シリングとミクは後退し、ヴォーテン卿を守るポジションに入る。
その間にも魔導師の詠唱は進み、杖の先からほとばしった光弾がジャブジャブバードを一打ちした。
とどろく絶叫。
この機を逃さじと傭兵たちが突き進む。
「ふむ。この一撃で死なないとはなかなかじゃのう。モンスターレートは百くらいありそうじゃ」
白い髭を老人がしごいた。
ザガートとリリアは互いにフォローしあいながら怪鳥と互角以上の戦いを演じている。
よほどのことがなければ、傭兵たちは少しずつジャブジャブバードを追いつめてゆくだろう。
「モンスターレートってなに? おじいちゃん」
「怪物の強さを数値化したものじゃよ。目安としての」
ミクの質問に笑いながら魔導師が答えてくれた。
失礼さを咎めたりしないのは、大人物ゆえか。
ともあれ、強さの指標というのは必要で、たとえば小鬼程度の相手だって、どのくらいの強さなのかと判らなければ対策の取りようもない。
戦ってみれば判るさ、というのは残念ながら作戦とはいわないのである。
そこで登場するのがモンスターレート。
具体例なら、小鬼だと三十とされている。
これは大人の男が一人で、あるいは怪我をするかもしれないが、なんとか倒すことができる、という値だ。
ヴォーテン卿が口にしたように、ジャブジャブバードのモンスターレートが百だとするなら、ザガートとリリアの二人では勝てないという計算になる。
「とはいえ、あくまで数字は数字じゃ。人間の潜在能力は数字だけでは計れぬし、なによりわしがいるでのう」
ふぉふぉふぉと笑うヴォーテン卿。
最初に当てた攻撃魔法の一発で、ジャブジャブバードの動きはあきらかに悪くなった。
それこそモンスターレートでいうなら、百だったのが五十くらいまで一気にさがった、という感覚だろうか。
「俺からも質問良いですか? ヴォーテンさま」
「なんじゃ? シリング坊」
「ヴォーテンさまは魔法を出し惜しみしてるように見えるんですが」
一回の戦闘での魔法使用は多くて一回。
傭兵たちが、よほどのピンチにならないかぎり使わない。
「ふぉふぉふぉ。良く気付いたの。たしかにわしは魔法を節約しておるよ」
老人がにこにこと笑う。
お手伝いを成功させた孫たちを見るような目で。
魔法というのは万能の力ではないし、使えば術者は消耗するものなのだ。
しかも、チキュウ世界のゲームみたいにマジックポイントなんて便利な数値はない。
自分があとどのくらいの魔法を使えるのか、魔法使いたちは常に自ら把握しておかなくていけないのである。
「わしの場合は、こいつにある程度の魔力消費を肩代わりさせておるが、それでもまったく疲れないというわけにはいかんでのう」
杖を掲げてみせる。
シリングが頷いた。
魔法使いたちのもつ杖は、すごく特別なものなのだと聞いたことがある。
「けっしてさぼっているわけではないんじゃよ。シリング坊、ミク坊」
『はーい。先生』
声を揃える少年少女たちだった。
ばかなことをやっている間にも戦いは進み、傭兵たちが怪鳥にとどめを刺す。
剣についた血を拭い、額ににじんだ汗を拭きながら戻ってくるザガートとリリアを、ミクがねぎらった。
「ふたりとも怪我はない?」
「大丈夫よ。鎧で止まってるわ」
微笑する女傭兵。
やはり戦うことを生業として栄達した人々は強い。
彼らにとって剣とはただの鉄の棒ではなく、その殺傷力を最大限に引き出すことができる。盾とはただの金属の板ではなく、きちんと使いこなすことができるのだ。
武装しているだけのど素人、ではないのである。
「コカトリスなんかと戦うよりはラクだったさ」
「そいつは重畳」
うそぶくザガートとポジションをかわり、ふたたびシリングが先頭に出る。
とてて、と、小走りにミクが横に立った。
「この下の階層から、駅構内に入るはずよ」
「つまり、本番ってことだな」
「ウエノ駅はそんなに複雑な構造じゃないわ。シンジュク駅やトウキョウ駅と比較して、という意味だけど」
「ほう?」
「それでもニホンではダンジョンって揶揄されていたけどね」
ミクの言葉に苦笑するシリング。
文献によれば、ニホンというのは平和な国でモンスターなんかは出なかったらしい。
それでもダンジョンが作られるのだから、人間というのは業が深い。
そうまで何を守ろうとしていたのか。
シンカンセンというレッシャは、よほど大切なものだということなのだろうか。
やがて、下への階段を発見したシリングが後続メンバーに手を振って教えた。
雰囲気が変わった。
階層全体にのっぺりとした魔力がたちこめ、ヴォーテン卿などはそうとう気持ち悪そうにしている。
「あちこちから気配がするな。妙な雰囲気のせいで場所の特定は無理そうだ」
シリングも肩をすくめた。
さすがは大迷宮。待ちかまえる敵も半端ではないのだろう。
「そのへんにいるような気もするし、まだ遠い気もする」
「私もそんな感じかな」
気配探知に優れたふたりがこの状態では、傭兵も魔導師もどうしようもない。
不意打ちをされないよう全方向を警戒しながら、慎重に進むこととなった。
そしてそれは、シリングにとって本領発揮でもある。
店舗などの跡地から、いくつかの宝物を発見した。
「迷宮の奥深くで、ずっと外気に触れてこなかったってのが良かったのかもな。みてくれよ。この人形の保存の良さ」
そうやって運び出してきたのは、三十センチほどの大きさのヌイグルミである。
白黒の毛並み持った謎の生物を模したものだ。
「パンダだね。チキュウでは珍獣って呼ばれてたんだよ」
訳知り顔のミクが頷き、背負い袋にヌイグルミを放り込む。
なぜか物欲しそうな目でリリアが見ていた。
「けど、なんでそんもんがウエノ大迷宮にあるんだ?」
「ウエノといえばパンダだからだよ」
首をかしげるシリングに、さも当然の顔でミクが応え、一同はよりいっそう頭を捻った。
なんでウエノとパンダが結びつくのだろう。




